Sunshine. 03
「どうしたその腕!?」西兄との再会はその言葉から始まった。まあ腕吊ってるから目立つよね。
他の人たちにもどうしたどうした、と注目されてしまった。
「バイト先でちょっと巻き込まれまして」
「え、労災?労災?みんなも気をつけてくれよな〜」
店長がブルブル震えて周囲に注意喚起した。
「そういえば聞いたことなかったけど、谷山くんってどんなバイトしてんの」
「エッ……とぉ〜」
西兄はこてんと首をかしげる。
ゴーストハンターですって言ったら多分みんなの目がハテナになりそうだったし、霊能者っていうのもあやしげだし。あくまでバイトだし。
「超心理学分野のフィールドワークしてるひとの助手?」
うそじゃない。うそじゃない。
なにそれ、超心理学っていうとどんな研究するの?と聞きたそうにしてた西兄だったけど、ちょうど店の席に案内されて人が流れていったので詳しく聞かれることはなかった。
西兄はテーブル挟んで向かい側の真ん中に店長と隣り合って座ってる。
俺は座敷の出入り口付近で原田さんと光に挟まれて甲斐甲斐しくお世話やかれた。
「光左利きでいいな〜」
「はあ?今しみじみするか」
右腕を使えずに左手で焼き鳥をかじってる俺はぼやく。
光の言う通り、今この作業は全く不便じゃないんだけど。
「勉強が一番しづらいでしょ」
「そう!字がスムーズに書けなくて当分はノートコピーとらせてもらうんです」
原田さんが隣で聞いていて、同情してくれた。
着替えもお風呂も料理も大変じゃないのと言っているが、その点に関しては大半光が手伝ってくれるので問題ないと答える。
「え、じゃあ財前くんが今つきっきり?」
「はい〜頭まで洗ってくれるの〜」
「なになに?財前くんと谷山くんとうとう同棲始めたの?」
「とうとうってなんやねん」
「いつかそうなると思ってたよ俺は」
光がぼそっとツッコミいれたけど、西兄には届いておらず離れた席でウンウン頷いてる。
今たしかに半同棲状態だけどそうじゃない。
「財前くんはいい旦那さんになりそうね、偉いわあ」
原田さんがにこっと笑って俺を通り越した光を褒める。
「え、俺は?俺はどうですか?」
「谷山くんは財前くんほどじゃないかな」
「俺のが一人暮らし歴長いんですよ!」
ていうか今は光が俺の世話をしてくれるからポイントが高いだけであってだな。
俺も原田さんにいい旦那さんになれる認定されたい。
「一人暮らしが長いだけの男なんてだめよ。うちの旦那がそうだったけど、一人長いとどんどんズボラになってって、なきゃないでいいわ〜ってなるの、片付けも家事も」
「はあ、そうなんですか」
「まあでもあたしが手を抜いても怒らないのは楽かな」
「これ何の話?」
「知らん」
光が箸でひょいっと摘んだまぐろを俺の口にぽいっと放り込んだ。
みんなだいぶお酒が回ってきてるようだ。
俺は怪我をしているから、光は俺の面倒見るからそんなに飲まないつもりで冷静なまま。
原田さんは反対隣にいるバイトの女の子に結婚生活について話をしてるので水はささないことにして、俺はおとなしく光と二人でつまみを食べた。
途中で西兄が光のいる席の角、座布団もない所に座って改めて久しぶりだねーと話をしに来る。
「もう二年も見てなかったからさあ、二人が一緒にいるとこ見れてホッとしたよ〜」
「?そんなうっすい付き合いじゃないですよ?俺たち。そもそも大学別だし」
クラス変わったらつるむ奴もかわる、みたいな仲でも環境でもないので首をかしげた。……就職したならまだしも、二人ともまだ大学生だ。
「いや破局してると思ったわけじゃなくて、単に二人の組み合わせが良いなって」
「はあ」
「そうですか」
破局って……と思いつつも口を挟む余地がない。
「地元に帰ったら友達はいるけど、財前くんと谷山くんみたいに仲のいい人いないんだよな俺」
「ははは、俺と光は特別ですよう、かたい絆があってですね!」
「さむ」
光がぶるっと震えたけど気にしない。
「いいなそういうの。仕事してるとどんどん友達に会わなくなってくし、東京の友達ともいつか連絡とらなくなるのかなって」
「え〜西兄そんな寂しいことを……現に友達の結婚式に呼ばれているんだし、そうそう縁切れませんって」
どの口がそんなことをと思われるかもしれないが、西兄は俺の所業をしらないし、良識ある人のフリして一応励ましてみる。
なんだろ、社会の荒波に揉まれてすさんでおられるのかしら。
「はー……おれもはやく結婚したい……」
あっ大丈夫、酔ってただけだ。
西兄はごつっとテーブルにおでこぶつけてビールジョッキから指をはなした。
「あと二人の結婚式には呼んでほし……ぃ」
そう言って寝落ちする西兄に、俺と光はツッコミがなにも思い浮かばずに聞かなかったことにしたのであった。
その日の酒は薄かった。
光は先に寝ている俺と同じ布団に入って来るところまではしたけど、俺の頭の横に肘をついて顔を覗き込んだきり触れて来ることはなかった。
手を伸ばして肩においてみても、薄く目と唇を開いて待っていても。
多分今日の俺たちに、ごまかす自信も、踏み出す勇気もない。
今キスしたらきっと……───いや、どうなるんだか皆目見当もつかないや。
ぼんやり目を合わせたまま、不自然に無言のまま動かなかった。
俺も光も逡巡していた。なにか理由を探して。
でも二人とも見つからなくて、ゆっくり体が離れた。
結局同じ布団にいることには変わりなくて、ここまでしてるのに何を怖気付いているのかと思うかもしれないが、やっぱり一線は超えなかった。
本当に必要なのは理由じゃなくて、多分、覚悟だ。
春が来ると、光が急に体調を崩したと光のバイト先から俺の携帯電話に連絡があった。
その頃には俺の骨も完治しており、光が俺の部屋に泊まり込むことはなくなっていた。
光の場合は実家が大阪で遠いし、店長や他の店員も俺を知ってるから特別に緊急連絡先として登録されているのだ。俺と一緒だね、えへへ。
光はすでに店長が部屋に送り届けていた。
店長は病院にまで付き添ってくれていて、38℃の熱があるが単なる風邪だろうとのことだった。今は薬飲んで寝てるそうだ。
恵まれてんなあとしみじみする。いや俺のバイト先も心配してくれる人すごいいるけどさ。
「谷山くんに頼んじゃって悪いけど、風邪うつされないようにね」
「いえいえ、おつかれさまです〜」
一応マスクしてきたので、店長の心配に返事をして見送った。
部屋に入って光の様子を見ると、しんどそうに布団にくるまっているのが見える。テーブルの上には薬袋と、ペットボトルのスポーツ飲料、薬用の水まである。
別にこれ、俺何もすることねーじゃん……とは思うものの、光の様子が心配なので帰るつもりはなかった。
そっと布団と光の頭の間に手を差し込んで温度を確かめる。
冷えピタ貼ってあるのでほっぺと首筋に触れたけど、熱あるな〜って体温だ。
「……?」
「お?」
まあぐっすりは寝てないか。
俺の存在に気づいた光はうっすらと目を開けた。
「風邪、うつっても知らんぞ」
「マスクしてきたから」
「防げるんかそれだけで」
「手洗いうがいもするしよく眠ってよく食べる」
はっと笑う光を見て、意外と元気そうだなと思った。
熱が高くて怠さや体調不良はあるけど、体力もそれなりにあるもんだから思考がはっきりしていて、平気で口をきく。
「風邪で熱なんて何年振りやろ……」
「あ、俺も俺も、インフルエンザは2〜3年おきくらいにかかるけど風邪ってあんまない」
「なんとかは風邪ひかないってやつやな」
「自分だって滅多にひかないって言ってたくせに……」
むにーとほっぺを引っ張る。
「病人やぞ」
「じゃあおとなしく寝てろよ」
「はあ、……寝るけど」
かすかに咳き込んだけど、ひどい咳が出てるわけでもない。
「熱出ると寂しくなんだっけ?おかんに電話したくなったら言ってね?俺今日は泊まれるから」
「おるんやろ……」
布団から出た手に触れると熱かった。
さびしないわ、と手を握り返される。
「なん───それ、」
キスしてってことかなと思ったけど風邪ひいてることとマスクの存在に気づいて押しとどまる。危うく均衡を崩すところだった。
アルコール以上だな、風邪は。
引かないように気をつけようと思う。
光の体は素直に体調回復のために睡眠を求めた。
冷蔵庫の中身を見て戻ってきたらもうすやすや眠ってたし、買い物行って自分の荷物持ってきてもまだ眠ってた。よしよし。
起きたら軽く食べさして、薬飲んで着替えさせてもっかい寝て、明日にはちょっと落ち着くかなっと。
頬に触れるとやっぱり熱いので回復の兆しなんて見えないけど、大抵一晩寝ればなんとかなる。俺はな。
───ところが光の熱は翌日も下がっていなくて、あらまあと首をかしげた。
幸い日曜だったし、バイトは融通が利くので休めるけれど、明日になってもまだ熱が高いならもう一回病院へ行くとかした方がいいのかもしれない。もしくは明日一日俺も学校を休もう。
考え事をしながら、レトルトのおかゆを準備して光に差し出す。
「さんきゅ……───ん」
「ぁー……んん?なんで?わりと薄味です、よ?」
スプーンに一口掬ったおかゆを差し向けられて、思わずマスクを引っ張って口を開けて食べた。これ普通逆じゃない?
「見とったから……食いたかったんちゃうか」
「ちゃう。考え事してただけ」
「出されたら何でもくうんか、バカ犬」
「え〜光が出したんだし……いやでもなかったので」
信頼のなせる技だもん、と言い訳はしてみる。
「そうゆうとこあるよな」
「どうゆうとこ??」
光はふうと息をついてもう一回バカ犬と俺に悪態ついておかゆを食べ始めた。
ちょっとだけ不機嫌な様子だったので、もしかしたらおかゆを食べさせてもらっておきながら別に食べたいわけじゃなかったのが気に入らないのかもしれない。せめておかゆ美味しい!と言えばよかったかな。
光はおかゆをゆっくりたっぷり食べた後、薬を飲んでまた眠った。
俺はその間に一度家に帰ってシャワー浴びて着替えて光の部屋に戻る。
薄暗い部屋の中で光の姿を確認すると、まだ眠っていた。顔はさほど熱くない。たぶん解熱剤が効いてるんだと思う。
ちょうど身じろぎをして背中を向けた光が場所を空けてくれたので、ごろっと寝転がり布団を掛け直す。
やることもなくて暇なので、俺も少しだけ休むことにした。
隣の寝息につられるようにしてうとうと眠りにつく。浅い眠りの中ではっきりとしない意識が外の様子をうすぼんやりと感じとる。徐々に日が落ちていく様子とか、外を人が通る声や足音だとか、光が寝返りをうつのだとか。
抱き合っているところがとても熱い。
布団が動くと空気が入ってきて、今度は汗ばんでいたところが急に冷えた。
それにしても光がよく動く。あ、おきたのかも。
うっすらと目を開けても部屋が暗いのでよく分からない。
布団に空気が入ってきたのは光が腕を出したからで、その腕は暗闇の中俺の頬を探り当ててひたりと触れる。寝起きのまぶたは重たくて、なんだ光の手かと確認した後また閉じられる。
「?」
声は出ないまま、どうした、と息で尋ねる。
光は深く息を吐くだけで答えないまま、指の腹で俺の輪郭をなぞった。
そういえば寝るんでマスクとってたな、治りかけとはいえ風邪のウイルスはまだあるんだろうに。
まあ俺の体調はすこぶる良いので負ける気はしないが。
隣の光が起き上がって俺に覆いかぶさったことでさらに、布団に蓄えられていた熱と新しい空気がかき混ぜられ、抜けていく暖かい空気に前髪が飛ばされる。
俺に乗っかる胸も顔も唇も、腕を回した背中も首もじゅうぶんに熱いけど、数時間前まであった高熱とは違うのがよく分かる。
ああ熱下がったんだな、よかった。
安堵しながら、掴まる腕に力を入れて顎を上げた。
俺の重みに引き寄せられた光は、浮いた後頭部に手を差し込みうなじを支える。
いつのまにか差し込む、夜の月明かりが光の影を作った。俺は、いつまでもそこに隠れていたいと思った。
next
バカ犬のくだりは、単にヤじゃなかったからキスも応えたのでは、と一瞬考えた財前くんであったがさすがにそれはないこともわかっている。
シラフじゃキスできない二人のはずだったんですけど、あれれおかしいぞ、熱は下がってる。
Oct 2018