Sunshine. 04
光がもぞもぞ起き上がってシャワーを浴びに行ったのを確認して、窓の外を見てみると空がだいぶ白んでいた。ドライヤーで髪の毛を乾かしているような音がして、浴室でふらついて倒れるみたいなアクシデントもなく上がってこられたことを察する。
そういえばご飯買ってなかったな。夜のうちに光の様子を見てもっかい買い物出ようと思ってたのに今の今まで惰眠を貪ってしまった。
布団から起き上がって、髪の毛をなで付ける。立ち上がった毛根を違う方向に押しつぶすので毛穴に変な感覚があるけど、本来の生え方の流れに従ってやがて落ち着きを取り戻す。
光の部屋のパーカーを勝手に羽織り財布だけ持って部屋を出た。
携帯電話を持ってくるの忘れたけど、まあ察するだろう。
コンビニについた俺は自分の忘れ物に対して深く考えない方向にした。
財布を忘れたんだったら救えないけど、携帯なら大丈夫。あでも、光なんか食べたいものあったかもしれない。そうだ、ぜんざい、……白玉ぜんざい買って帰ろう。
コンビニ袋を手にぶら下げて帰ってる途中で、道の向こう側から歩いてくる人影を見た。
結構な早朝なので今までコンビニ店員以外の人間には会わなかったから珍しい。その影はぽつんとひとつ。
早朝から犬の散歩をしてる早起きの老人ではなく、病み上がりの光だった。
「なんだ、食べたいものあった?」
「別に」
案の定光は俺の行動を予想していたようで、何も聞いてくることはなかった。……とすると、ただお迎えに来てくれただけかもしれない。
「白玉ぜんざいは買ったんよ」
「えらい」
コンビニ袋を掲げて買ったものを告げると、光は深く頷いた。
「冷えない?シャワー浴びてたろ」
「ちゃんと乾かして来たし、上着もきとる。───ん」
「ん?」
「ちゃう」
手を差し出されたのでコンビニ袋を渡そうとすると、手を振られて拒否された。
あ、こっちか、と自分の何も持ってない方の手を出すと、満足げに頷いて繋がれる。
「持つ」
その上で反対側の手を出して、今度は改めてコンビニの袋を所望されたので笑いそうになる。彼氏かよ。
「いや別に持って欲しいわけじゃないけど」
「俺の飯やろ」
「俺のもあるわい」
「白玉ぜんざいは俺が持つ」
小学生みたいなこと言いやがって……と思いながらもあまりに理由が可愛かったので渡した。
そして今度こそ、早朝から犬の散歩をしている人と行き当たり、角から曲がってくる犬が先に見えたので俺と光は手を解いた。
「今日も一応学校休んどく?」
「いやいける」
「そう?あんま無理しないでよ、心配だから」
「はいはい───、」
「どうした?」
ポッケに手を突っ込んだまま歩いてた俺は、隣の光が一度足をとめたので気になって同じ方を見た。
なんてことない小さな公園がそこにはあった。錆びついた遊具がぽつぽつと影を作ってる。
「公園行きたい?」
高校生の時に光が会いに来てくれたことを思い出した。同じようなことをした覚えがあって公園の中を指差す。
「見てただけや……んちの近くにあったんと似とる」
「ああ、似てる?でもあの公園もう遊具とっぱらっちゃったんだよな」
「つまらんな」
同じ公園を思い浮かべていたらしい光は肩をすくめた。
公園で遊ぶわけでもないくせに何を思ってるんだろう。あの時と同じ風景はもうないけど、たいした風景でもなかったはず。
「なに光、あの公園好きだったの?」
「まあ、もの少なくて……妙な味あったよな」
「もっとなんもなくなってるだけで……いや、味もなくなっちゃったかな」
俺が笑うと光も軽く笑った。
再び歩き出しているうちにすっかり公園は通り過ぎていく。
前は───光、だいすき。って言ったんだよな。
あの時、意を決して言うでもなく、ただただ溢れて来た。
紛れもなく俺の愛情で、告白で、ゆるぎないものだった。
でもその時の俺たちは友達だったし、自覚もなかった。
未来を漠然としか考えてなくて、世界を遠くに見て、たった二人だけの今を生きてた。
それは愚かで、単純で、少しだけ寂しいけど、俺の希望を象徴していた。
そんなことをしたから、今何か言葉を探そうとしても出てこないのかもなあ。
ずっと一緒にいて。って、根底にある本懐はかわらないのに、俺は前よりもっと強く思ってる。
あれ以上になんて言ったら今伝わるんだろう……自分の過去に勝てない。
公園に寄りたいと言われなくてよかったなあ、と思う。別に公園に行ったからといって愛の告白をきめなきゃいけないわけじゃないんだけど、なんとなく胸にとっかかりを覚えてしまう。
俺は何かを探してた。それは言葉だろうか、理由だろうか、タイミングだろうか、未来だろうか、なにもわからないままただ漠然と。
ああこれ、探してるとはいわないんだろうな。
うん、ちょっと怖いだけ。
風邪が治った光と、うつらなかった俺はその日から普通に大学に行く。土日の間で治って本当よかった。
でも光は今朝熱が下がったばかりのようなものなので、ちょっと心配で光の大学まで一緒に来た。
うざそうに自分の大学いけといいう光と、なんで彼氏つれてきたんと首をかしげる光の友人2名に、俺は病み上がりなので十分警戒する様にと口をすっぱくして言いつけた。
「ならくん今日一日こっちいれば?」
「余計なこというな」
光の友人がくいっと親指を立てて後ろをさす。
「俺もそうしたいのはやまやまだけど一応授業あんだよな」
「一日くらいいいじゃん、単位やばいの?財前と単位どっちが大事なのよ!」
「それは光だけど……」
「おい」
呆れた顔した光がツッコミを入れる。
半分友達に流されかけた俺だったが、光のが大事とはいえ周囲の友人が気にかけて、光自身気をつけてくれていれば安心なので、さすがに光に一日付いて回る気は無かったことを思いだす。
「あぶねえ〜、あやうく流されるところだった」
かいてもいない汗を腕で拭う真似をした。
「なんだ、つまんないなあ」
「面白いのか俺がいて」
「すげえ面白いよ」
「うん、くんこっちの大学でもわりと名前知られてるから」
「俺そんな目立つ?なんで名前知ってんの?」
大学なんてほぼ出入り自由みたいなところあるじゃんか。
光について学校来たのなんて、この四年のうちで数回ほど、学食で飯たべたか光迎えに来て一緒に帰ったかくらいだ。逆もまたしかり。
「そっちの学祭いったうちの大学の人たちが結構くん見かけてるからかなあ」
「え、なにそれ〜?うちとこっちの学祭っていつも日にちかぶるよね」
「全員自分の学校の方来るわけじゃないからさ」
「そりゃそうだけど……」
確かに俺と光は毎年、学祭に参加しなければいけない事情があって互いの学祭に遊びに来たことはないけど、他の暇人達は違ったのか。
距離も一駅程度だし自転車やバス使えば直行できることもあって、行きやすいところにあるだろう。
「だからって名前知られるんか?普通」
光が最も的確に問いかける。そうそれ。
大学で俺の名前と顔写真が張り出されてるわけじゃない。
「くん毎年大学でライブやってるんでしょ」
「あゃ」
アホな声が出た。たしかに俺は大学でライブやってイカれたメンバーの紹介をしておった……。もちろん自分の名前もいう。
それ見てた人が俺見かけてあれって思ったのかな?名前知られてるっていう口ぶりが、どうも有名人みたいで驚いたけどそうじゃないんだろう。よかったよかった。
しかしそれよりも光がどすの利いた声でアァ?と言ったことにぎくりとする。
「───おい、オレ知らんけど」
「ははは言うてないですね」
「え財前知らなかったの?毎年学祭出るの不機嫌そうだったから、くんのライブいけないせいだと思ってた」
「光はね、単純に学祭出るの面倒臭いと思ってるタイプだよ」
笑いながら友達に説明してると後頭部をガシッと掴まれる。
だってだって、光は学祭休めないと思ったし、それなら言ってもしょうがないと思って。そして俺も光のところ行けないし……。
「ご、ごめんね光ぅ〜、バンドやるから光の大学いけないって言えなくて〜」
「そんなんどうでも……良くない、言え」
「ごめんて〜」
ギリギリと頭を締め付けられて涙目になる。
「う……今年もやるから光の学祭いけない。結局一度もいけないから知られたく無かったなあ」
「やっぱ今年もやるんだ?最後だもんね!俺見に行くよ」
「俺も俺も」
「オレも行く」
隠さず白状すると、光の手がぱっと離れた。友達二人が嬉しそうに言ってくれた最後に光も来るっていってびっくりだ。毎年店の手伝いがあった光が……!
あ、そっか、もう四年生だからそういうのは免除になるのか。就活や卒論で忙しいだろうし、あとは誰にも強制されないだろう。
そしてそんな忙しいと思われる時期にバンドをやる暇な四年生は俺です。
いや、四年生は暇なやつもいれば忙しい人もいるんで人それぞれなんだけどさ。
「ライブで歌う曲決まっとるん」
夏が終わり一ヶ月後には学祭を控えているある日、光はそういえばと思い出したかのようにライブのことを話題にした。
そのときちょうど、軽くギターを鳴らしていたからかもしれない。
毎年学祭の時だけ組んでる同級生とのバンドで、今年最後になることは皆分かっていた。解散を惜しむほどの結束はないが、毎年一緒に達成感を味わって来たイベントには変わりない。
そういうわけで今年の曲決めは白熱した。俺は別になんでもいいよ〜のスタンスだったんだけど、ボーカルなので最終決定権は俺にあって、決めたのは俺になる。
「あー、決めたけど。当日までのお楽しみで」
「なんでやねん」
こってこてに見えるがあっさりしたトーンのツッコミが入る。
「どんな曲?歌ってみ?と言われそうなので嫌です」
「オレが頼んでも歌ってくれたことあったか?」
「ナイですねえ」
ギター鳴らして抑揚をつける。
「なんか光に面と向かって歌うの恥ずいんだよな、カラオケで歌うんならともかく」
弾き語りなんて特に……とこぼしながらギターのベルトを取り払う。
ケースを引っ張ってきてごそごそ仕舞っていると、なんやねんそれという顔で見つめられた。
「ライブ見られんの初だね」
「言わんかったからな。……まさか恥ずかしいから言わんようにしてたんか?」
「あ、そういうわけじゃない。ただ光忙しいだろなって思ってただけで」
ぶんぶん手を振って否定する。
ライブとなれば話は別だ。むしろ光に見に来てもらえる今年は楽しみでもあった。
「ライブはちゃんと光のために歌うよ。まあ光のリクエストじゃないけど」
クスクス笑いながらケースのチャックをじーっと閉める。
俺の含み笑いをどうとったのか、光は俺の口をぐにっとつまんで軽く揺さぶった。今まで散々お断りしてきたくせにどの口がってか。すいません。
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過去の告白が今思えば最高の告白すぎてできない的な。
でも結局あれは友達として言ったにすぎず、やっぱり今の自分の言葉ではないんだよな、的な。言葉を探しているようでいて、途方に暮れている的な。
Oct 2018