Clear. 01
※主人公の苗字:月島、ジーンの苗字:天沢で固定です中学三年生の夏休み。受験生だというのに俺は塾の夏期集中講座に申し込むこともなく、家でのんべんだらりと休みを潰している。勉強しなきゃとは思うんだけど、どういうわけかこういう時に限って読書がすすむ。
図書館がそばにあったので、小さいころから本を借りて読むことはあたりまえだった。
巷では本の貸し出し手続きがどんどん電子化されていくけど俺のまわりではまだ本の最終ページにある図書カードに名前を記入する文化が残っていて、俺はなんとなくそういうのが好きでまめに書き込んでいる。
これよんだことあったっけ、って確認するのも楽なんだよな。
そういうわけでせっせと名前を書いてるうちによく見かける名前に気づいた。なんか見覚えあるなーと思って、借りて来た本を全部確認してみたら、5冊中3冊発見。今見覚えがある時点で、もっとたくさん、俺よりも先に読んでたんだろう。
なんだろ、趣味合うのかな。
「天沢……ゆー、じん……?」
ここで俺が夢見る乙女だったらどんな人だろう、ってドキドキするんだがあいにく相手は多分男で、俺も男で、そんなに夢見がちでもなかった。
そんなうまい話じゃないなーと本を閉じると、風圧で前髪がふわりと持ち上がった。
それより俺はこれから学校に行くんだ。
「たっきがーわせーんせ」
「おお、月島ぁ?」
職員室にいた滝川先生をにこにこしながら呼ぶと、気の抜けた声をあげた。
色素の薄い髪をハーフアップにした、一見チャラそうな兄ちゃんだが驚くことに学校のセンセである。
「どした、今日練習あったっけか?」
「んーん。図書館開けてほしくて」
「はあ?」
先生は立ち上がりながら呆れた顔をした。
次の解放日まで待てねーのかよ、とぼやきながらも階段をだるそうに上がってくれるところ好き。
「せっかくの夏休みなのに本ばっか読んでねーで遊びに行ってこいっての」
「そこは受験生に勉強を進めるべきなんじゃ」
「言ったって勉強するタマじゃないだろーが」
「エヘヘ」
クーラーの効いてない図書館はむんわりしてて、本の匂いのする空気が重たく肺に染み込んだ。
「おーあっつい。早く選んでこい」
「あいさー」
俺は小走りに本棚の並ぶ方へ行き、滝川先生はガラス張りの司書室へ入って行く。貸し出しノートに記入するためだろう。
なにやら書いている様子の先生のところに本を持って行きながら、一冊を適当にめくった。
前の持ち主の蔵書印が、二本線で訂正されている。
「天、沢……」
古い書体の蔵書印をなんとか読み取れた。最近よく目にしていたからかもしれない。
俺が呟く名前に、先生はあんだよと返事をしたけど図書カードにあった名前を覚えているなんて話をしてもしょーがないので何でもないと首を振った。
「先生ありがとー」
「可愛くお礼言ったって可愛かねーんだからな」
「またまたあ」
本を抱きしめて笑うと、先生は俺のおでこをぺちっとした。
「、やっぱりここにいた」
「あれ?」
図書館を施錠したところで、廊下の角から顔を出した同級生の修は顔をしかめながらこっちにやってくる。
昇降口のところで待ち合わせをしてたんだけど、時間過ぎてたっけ。
滝川先生はどうせ俺が悪いとばかりにちらっとこっちを見る。まあその通りなんだけど。
「人を暑いところで待たせといて先生と仲良くしてたんだ?」
「ごめんて」
「安原がいるってことはジョンもいんのか?」
「今日は修だけ」
俺と安原修と、今ここにいないジョン・ブラウンは同級生である。そして滝川先生がめんどくさがりつつも顧問をつとめる軽音部の仲間でもあった。
先生にとってはそりゃ、俺たちは三人セットだけど別にいつも三人でいるわけないじゃん。いや、たいてい一緒にいたわ。クラスも一緒だわ。
途端にジョンを仲間外れにしちゃった感が出る。たぶん気にしないだろうけど。
うーんと考えて百面相してる俺をよそに、滝川先生はひらひら手を振って涼しい職員室へ帰っていき、修と俺は外へ出て木陰のベンチに座った。
「ほら、できたんでしょう?見せてくれないの」
「……なんかただ和訳しただけってかんじ。ジョンに頼んでもよかったんじゃないかな」
俺たちは洋楽を日本語で歌おうとしていて、ボーカルである俺が作詞を任されてた。英語の成績は修の方が上だし、ジョンなんかは日本語より英語の方が得意なはずだが、日本語がより得意な人にと任された。
といっても、俺は別に国語の成績がいいわけじゃない。
「まあ、最初の段階はそうじゃない?」
「あってる?」
「うんあってるよ」
英語の歌詞をとりあえず日本語にするところまではやったので、修にチェックしてもらってる段階だ。つまり初期の初期で完成には程遠く、ただのなつやすみのしゅくだいである。
「ここまではジョンか修にやってもらった方が早かった気がする」
「いいじゃないか、最初から手順を踏んだ方が、後になって整えやすいよ」
「そうですけども〜」
「ジョンは教会の手伝いがあるし、僕は塾で忙しいし?」
折り畳まれたルーズリーフを差し出され、指に挟んで受け取る。
「どうせ俺は暇ですう。……ついでにこれもつくってみた」
「え?……ふっ、あはは、これ、面白いよ。今度滝川先生にも見せよう」
「聞いて驚け、五分で作った」
訳すついでに替え歌を考えたのだ。俺の目論見通り、修は笑いながら目を通す。
ジョンにはこの替え歌通じると思う?と話し合っていると通りかかったクラスメイトの女の子が不審そうな顔して俺たちを見てた。
「なにしてらっしゃるの?」
「原さん」
修は笑いを噛み締めて、彼女を見上げた。俺はやっほーと手を振ってみるが無視される。
このお嬢様みたいな口調のお嬢様はクラスメイトの原さん。部活には入ってなかったと思うけど、なんで学校にいるんだろ。
「が作った替え歌を読んでたんだよ」
「お暇ですのね」
受験生なのに、と暗に言ってるんだろう。
「原さんはどうして学校にいんの?」
「休んでいた分の補修授業です」
つんとそっけなく答える。そういえば原さんはしばらく休んでた時期があったっけ。体が弱いんだとか聞いた気がする。たしかにそんな感じ。
「おつかれさま」
「どうも」
労う修にもそっけなく返事をして、原さんは去って行った。
なんだったんだあの子は。
「替え歌よかったのかな」
「はあ?」
修が原さんの後ろ姿を眺めてから俺に聞くので思わず首をかしげる。なんで原さんが替え歌読みたいんだよ。話しかけて来たのは俺たちが笑ってたからだろうけど、替え歌には興味ないだろ。
「はずかしーから知らない人には見せないでくれ」
そもそもこんな替え歌、仲の良い連中にしか見せられない。俺は修から紙を取り返して、借りて来た本に挟んだ。
本をベンチに置き忘れたまま帰り道を歩いていたのに途中で気づき、修と別れて学校へ向かった。
学校からの借り物を、外に置きっぱなしにしてしまったことに対する焦りで走る。
校門を通り抜けてから、少しだけ走る速度を緩めた。
息をおさえながら、こめかみを伝う汗を腕で拭って、シャツになすりつける。
見えて来たベンチには、男子生徒が座ってた。近づくと、足音に気づいたのか振り向いた。
「その、本」
「……これ?」
「うん」
彼は俺が置いて行った本を開いていたので、おずおずと指差す。
掲げた本は、流れるような動作で俺の手の上にとすりとおかれた。同時に、月島くんと名前を呼ばれて目を見開く。
「……なまえ、」
なんで名前知ってんの、って言おうとして、図書カードに名前書いてあることに思い至る。
「ありがとう」
「いや……」
本をこの場所から動かさないもらえて良かったなあと呑気に考えて、お礼を言って去ろうとした俺は彼に引き止められて戸惑う。初対面の人から、慌てて手を掴まれるなんて滅多にない。その本次かしてってか?
「す、すきです」
「は?」
なんで告白されたんだ急に。
どっと汗が噴き出してくる。
目の前の美しい顔をした少年は、すがるような顔をして、まるで本当に愛の告白をするみたいに言ったのだ。
そしてみるみるうちに顔を赤らめる。いや、そうだよな、なんかの間違いで言ったんだろうよ。
「あの、あ、ちが、その……詞が」
「ああこの歌、詞……───読んだなァ!?!!?」
恥ずかしい!!!!!
まともな歌詞の方はズボンのポッケに入ってる。よって、彼が読んだ、そして好きだと宣った詞は俺がふざけて作った替え歌の、みょうちきりんな歌詞だ。全く知らない人が読んでもわからない、もしくはかろうじて笑ってもらえるかもしれない内容だ。それを好きだと言われても、嬉しいとかそういうどころじゃない。もうただただ、恥ずかしい。
後悔と羞恥とちょっとした殺意を抱きながら、坂道の多い帰り道をどすどす歩き、家についてベッドに突っ伏して足をパタパタさせた。
好きですじゃねーよ、見て見ぬ振りしろ、ばかやろう。
next.
夏は耳すまがみたくなるんじゃ〜。
キャラクターの設定は耳すま+GHどっちも混ぜてます。
Sep. 2017