I am.


Clear. 03

新学期になると、小テストが増えた。まあ受験生だし、これからが本番だから仕方ないか。
それにしても面倒臭い。受験生ってやだなー、だらだら本読みたいなー。
「あー終わった終わった、修どうだった」
「まあ普通かな」
「お前の普通は満点だからな」
さんはどないやったんですか」
テストが終わると昼休みなので、いつも一緒に食べてる修とジョンが自然と席に集まってくる。
「俺、ヤマカンめっちゃ当たった」
「胸を張ることじゃないよ……」
「アハハようおましたね」
二人はそれぞれ生暖かい目で俺を見た。
そんな俺たちのところに、いつぞやと同じように静かに近寄って来たのは原さんだ。俺の机の前で立ち止まる。
「月島くん、一学期の……あたくしが休んでいた間の、公民のノート見せてくださらない?」
「俺?」
「ええ」
まあ結構長いこと休んでたし、受験生なわけだからノートはいろんな人からちょっとずつじゃないと借りられないのかもしれない。それにしてもほとんど喋ったことない男のクラスメイトに言わなくてもいいじゃないか。って思ったけどそういえば原さんって女子とつるんでるの見たことないや。
「修のがよくない?こいつ学年一位だよ」
、それはちょっと」
エッダメ?修がこんな風に言いづらそうにしたの初めて見た。
修のノートはそりゃ、競争率高いけど、原さんに貸したくないっていうほどだっけ。
「原さんごめん、放課後でもいいかな?のノートコピー取っておくよ」
「ありがとうございます」
「ナンデ俺?」
さん、オ、オベント!食べましょ、ね?」
「はい?」
俺は修に腕を掴まれ連れ出され、ジョンが俺のお弁当箱を持ってついて来た。
階段を無言で降りて、踊り場まで来たところで手は解放される。
、あれはちょっと、ないよ」
「え?え?」
「原さんが声かけたんは、さんでおます」
「ははあん、そうか、修には公民より物理のノートとか借りた方がいいもんね?」
修は訳がわからないという顔をした。
二人はなにも言わず、結局早くお弁当食べよーぜという話になったので、いつも食べてる滝川先生のいる準備室へ向かった。

一階の外を通る渡り廊下を歩いている途中、俺は前からやって来た人を見て足をとめた。修が俺の背中にぶつかって声を上げる。
向こうから、先生と例の美少年がやってきたのだ。悠然と歩いてきて、俺とは一瞬だけ目を合わせて去って行った。挨拶しろとは言わないし、別に失礼な態度じゃなかったけど、俺だけ恥ずかしくってほんともう、むかつく。
「ちょっと?止まらないでってば」
「どないしはったんです?」
動かない俺の肩を後ろから掴んでぐらぐら揺らす修に促されて、今度は早歩きで廊下を渡りきる。
「んぐう〜、また負けた」
悔しくも顔はまだ火照っていた。

滝川先生は俺たちの話を聞いて大笑いした。
「月島が顔を真っ赤にするなんて、そんなことあんだな」
「ほんと、初めて見ましたよあんな
「ボクもです」
「なんだよソレ、俺だって人並みに恥ずかしがるだろ」
赤面してたことを指摘されて、さらに恥ずかしくなる。けど多分、さっきほど顔が赤くないんだろう、みんなは楽しそうにニヤニヤ笑うだけだった。
「その見られた歌詞はどうした?」
「捨てた」
「え勿体無い。面白かったんですよ?本当に」
口をとがらせてる俺をよそに、修は少し思い出し笑いをする。
ジョンや先生は残念だったなあと言ってくれたので、あの出来事さえなければ今この昼休みの時間は和やかだったはずなのだ。ちくしょう憎きあの男のせいで。
「好きやいうてはったなら、そんなにせんでもよかったんとちゃいますか」
「本当にウケ狙いで作ったから、純粋に褒められても困るんだよお」
「そうかな、あれ、良い詞だと思うけど」
修はしれっと褒めてくる。やめてくれ恥ずかしいから。
「笑ってたじゃん。……せっかく詞書いて来たけど、これも捨てるかなあ」
「え!」
「できたんですか!」
「どれどれ」
三人は腰をあげる勢いで身を乗り出してきたけど、俺はルーズリーフを胸にぺたっと当てて抱きしめる。
さま!貢物です!」
「うむ」
「ド、ドウゾ!」
「うむ」
「ほれほれ」
「うおお……」
修はお弁当箱を両手で捧げるので卵焼きを一つとった。ジョンはパックジュースを差し出してくるので一口吸う。そして滝川先生はポケットから飴を出して、俺の手にぼろぼろこぼした。
「……思ってたより難しかった、どうかな」
てのひら返しが面白かったのでこれ以上いじめないことにして、修とジョンに紙を渡した。先生も一緒になって上から覗き込んで、目を通して行く。無言の時間が長い。三人ともこくこく首を振ったりテーブルを指をてちてち叩いたりするので、脳内でメロディと合わせてるだろう。
「いいじゃん、これ」
「うん、いいと思う」
「せやですね」
好感触にほっとしつつも、やっぱり不安だ。
「歌いにくくない?」
「そんなことないんじゃないかな、歌ってごらんよ」
「何度も歌った。自分じゃわからないんだって」
「せやったらボクたち聞きますから」
「何でお前ら頑なに歌わないんだよ」
先生がツッコミを入れた。この二人、バンドやってるくせに俺の前で歌ってくれないんだ、もっと言ってやって。
しかし結局歌うことにはならず、良い歌詞だと褒められている間に予鈴がなり、先生に促されて準備室を出た。

その日の放課後、俺は修にいわれるがまま職員室の印刷機を借りてノートをコピーして、原さんにわたすことになった。
どの時期なのかわからないので、彼女のノートと俺のノートを照らし合わせながらなんとかとり終えて職員室を出ると結構時間が経っていた。
「遅くなってしまってごめんなさい」
「え?あー、別に良いよ。俺塾とかないから」
「練習は?」
「今日はない日。……知ってるんだ、俺の部活」
「そのくらい、知ってます」
原さんは相変わらずそっけない。
一緒に校舎を出たけど、どこまで歩くんだろ。彼女が徒歩通学なのか自転車通学なのかも知らなかった俺はまず駐輪場の前でばいばいするか迷ったし、校門を出て右と左とどっちなのかも迷ったし、別れるタイミングがさっぱりだ。
家どっちって聞いた方がいいのかなー。
「あの」
「ハイ」
急に、小さな声で言われて居住まいを正す。
「お礼に、お茶でもどうですか」
「へえ?え、え?」
俺は不測の事態に陥ると変な声しか出せないことに気づいた。
原さんは少し恥ずかしそうに俯いて、何も言わずに歩き出す。このまま逃げたい気持ちもあったけど、それはさすがに失礼だし、声に出して断ることもできないし、断る理由もわからなくて大人しく隣を歩いた。
「ここでもいいかしら」
「うん」
駅前にあるカフェの前で、おずおずと問われて頷いた。もうここまで来たらおごってもらうっきゃないじゃん。でも本当におごってもらうのってどうなんだろう。

何話したかさっぱり覚えてない。
夜、修から電話で放課後どうだったって聞かれて、素直にそう言った。
そんなに緊張しちゃったのって逆に驚かれた。
だって俺よく考えたら女の子と二人でお茶とかしたことないし。
クラスメイトの女子と話す時、なにも思ったことないけど、二人っきりはちょっとちがうわけで。
必死に言い訳したら、電話口で笑われる。こいつ、面白がってやがる。
おまけに後ろで聞いてたらしい姉の綾子まで面白がってて、電話を切った後に絡まれた。
こうも囃し立てられますと、原さんが俺のことを好きなんじゃないかって思っちゃうわけで、次の日朝から出くわして相当きまずかった。
原さんとしてはお茶をした仲だからなのか、ほんのり笑顔を浮かべて挨拶をしてくれたんだけど。
ちっさい声でおはよって言った俺の様子に、彼女は訝しむことなくそばを歩いて教室へ向かった。

教室に入った途端、クラスメイトたちからヒューヒューされた。昨日お茶してるの見たよって言われて、俺はあちゃーと顔を抑える。
昨日までの能天気な俺を返して。
隣で真っ赤になった原さんは早歩きで自分の席に戻ってしまう。俺も倣って周囲の声を無視しながら自分の席に座った。

「大変だったね」
「うん、まあ」
その日の放課後は部活があった。空き教室で音合わせをするべく楽器を持って来てコードを繋いでいるときにふいに修に声をかけられて察する。まさかあんなに話題になるとは修も思ってなかったらしい。まあクラスのムードメーカーが騒いでたからしょうがない。
修曰く、奴は原さんのことをちょっと可愛いと思ってたらしいので、つまりそういうことだ。
「とんだとばっちりじゃん」
「と、とばっちりですやろか」
「ほれほれ、音合わせすんぞ」
「はーい」
先生は俺たちにあった騒ぎなんて興味なく、後で聞くために録音する機械をセットしながら急かした。


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普通の男子中学生な主人公、のつもり。
ジョンの関西弁も真砂子の口調もとくにツッコミはなしです。
Sep. 2017

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