I am.


Clear. 05

送るという提案は普通に遠慮したけど、天沢は自転車だからと押しながらついて来た。
まあいいか、歌ったの楽しかったし、もう少し話すのもきっと楽しいだろう。
「ヴァイオリン上手かったね、そう言う道に進むの?」
「ううん、別に。あのくらい弾ける程度じゃね」
「へえ、そういうもん?十分だと思ったけど。いくつからやってんの」
「10歳くらいかな。月島くんは歌手とか……?」
「いやいやいや、趣味の範囲だよバンドは」
手を振って否定すると、ほら僕と一緒だと言われる。たしかにそうか。
「僕は……父がパラサイコロジーの研究をしてるんだけど」
「おお〜あれ、でも、リンさんは教え子って」
「大学教授もしてる」
なんかすげえ、と小学生みたいな感想を抱く。
ところでパラサイコロジーってなんですか?
「僕も同じ研究がしたいと思ってて」
「そうなんだ。なんか難しそうだな」
「そんなことないよ」
肩をすくめた後、走って来た車から俺をかばうように寄り添った。なんといい男か……むかつく。
「もう進路決まってんだ、いいな」
俺だって父親や母親の職業は尊敬してるし楽しそうとも思うけど、同じ道を行こうとは思えない。
「本当に研究者になるのは大変だ」
「ふうん」
研究したい、だけじゃそりゃあどうにもならないか。でもこの歳でそのことを決めてるってのは、十分価値があると思う。
人よりも準備する期間が長くとれるし、迷ったり寄り道することもないんじゃないかな。
「……イギリスに権威ある学会があって、そこに所属したいと思ってる」
「イギリス……高校は?」
「むこうの高校に通うんだ。もともと、生まれはイギリスだし、両親もイギリスに住んでる」
「そうだったんだ」
日本人だと思ってたから少し驚く。名前はたしかにそれっぽいけど。
「日本人の血が入ってるのに日本を知らないのは勿体無いって言われて、中学に入る前にこっちに来たんだ」
「へえ」
日本語はできるけど、漢字とか苦手だったと苦笑する。ずっとイギリスにいたんじゃそうかもしれない。
ああ、だから本をたくさん読んで勉強したのかな。

むこうに戻るのも頷けるけど、なんとなく俺は置いてけぼり感が拭えず静かな相槌しかうてなかった。
進路を決めてること?日本をはなれること?友達になれたと思った矢先だったから?
「……俺もなんか、確かなものが欲しいな。毎日てきとうに過ごしてて、何をしたいのかもわかんないよ」
「高校とか決めてない?」
「自分の学力で入れる適当な学校にしようかと思ってる。でもみんなは塾に行ったり、少し志望校のランクをあげたりして頑張っててさ、俺は何やってんだろうな」
「僕だってべつに何かしてるわけじゃないよ、ただ両親のところに戻るだけだ。それに、父のようになれるかもわからないし、本当になりたい自分の姿っていうのはまだ明確じゃない」
少しだけ高い位置にある横顔をみた。
綺麗な顔、正しい意見、夢と希望、全部持ってる人だ。それが、なんだかすごく遠くて眩しい。
身近な友人である修やジョンだって、とっくに進路を見据えているのに、天沢に対してはどうしてこう、劣等感というか……いや、憧れちゃうのか。
「天沢は色々なものを持ってて、かっこいいな。ドキドキしちゃう」
「えっ」
ガシャっと自転車が揺れた。そんなに驚かなくてもいいじゃんか。
「月島くんって時々言葉が、紛らわしいっていうか、大胆だよね」
「お前に言われたくはないんだけど」
「あっ、あれは、……うそじゃない」
「俺だってうそじゃない」
俺たちはそれっきり黙って歩いた。
さすがに家まで送らなくても良いと途中で別れようとしたけど、背を向けた途端に呼び止められた。
「───
「え?」
は歌の才能あると思うよ、詞も好きだな」
「うた……いや、詞は、あれ、ふざけて作っただけだから!」
「それでもすごいと思ったよ」
「……ありがと、じゃーね」

家に帰って風呂に入ってベッドに寝転んでたら、姉の綾子が部屋を覗きにやってきた。
、昨日電気付けっ放しで寝てたからね、何もしないならもう消しなさいよ」
「……綾子さあ、進路っていつきめた?」
「あんたあたしの母校受けるんでしょ?」
「そうじゃなくて」
「進路なんていつ決めたか覚えてないけど、少なくとも中学生の時は医者になりたいと思ってたわよ」
「ええ?ウッソォ」
俺は思わず起き上がったけど、その瞬間に綾子に部屋の電気を消された。
一瞬で視界が真っ暗になってしまって、部屋のドアが閉められた音がする。
「綾子ォ、それ詳しく!」
「明日も学校でしょ!もう寝なさい!」
ベッドでバタバタしてたら、部屋の壁がどんっと叩かれた。寝ます。


翌日は雨が降っていた。そしてまんまと寝坊した。早く寝たのになあ!
急いでるのに傘をさして走るのは余計にしんどい。
ヒイヒイ言いながら、なんとか間に合う時間に校門を駆け抜けると、前を原さんが歩いてるのが見えた。
「あれ、おはよ!遅いね?」
「おはようございます。今日は少し、体調が優れなくて」
「へえ……大丈夫?」
「テストがあるし、あまり休みたくありませんの」
「ああ、だよねえ」
すぐに昇降口にたどり着いて、バッサバッサと傘を振って水を切った。
同じ教室なので一緒にいくと、やっぱりまた囃し立てられた。
なんかもう、こんなの気にしてたらキリがないなーと思えてきた。原さんもうんざりしてるのか、前よりは動揺が少なそう。
「朝から元気だなあお前は」
ぽんぽん、とムードメーカーの頭を撫でてやると、今度はそいつが笑われたので上手に空気が変わった。
まあ二番煎じのネタだったし、一部にはこいつが原さんに気があるのバレてるからだろう。
おまけにそんな彼女にまでくすっと笑われてたので、顔を赤くして黙り込んでた。

休み時間に目に止まった原さんが、やけに青い顔をしていた。朝具合が悪いと言ってたのを思い出して、席を立つ。机の前にいくと、影がさしたことに気づいたのか彼女はゆっくりと顔を上げた。
「保健室行く?」
わずかに頷いた原さんに手を差し出すとゆっくり立ち上がった。それでも足取りはぎこちなくて、抱きとめる形になってしまい周囲にいた生徒たちの視線を集めた。
「具合悪いんだ、騒ぐなよ。……良いから、掴まってて」
男女ともに声を上げかけたけど、一瞬で静まり返る。
直後、女子がここぞとばかりに心配の声をあげて寄って来た。一応男子の俺だけじゃ頼りないので、女子に一人だけ付き添ってもらって廊下に出ると、ジーンとばったり会った。
思いっきり目があったけど、今はそれどころじゃないので原さんを支えながら保健室へ向かった。
「熱があるわね」
「原さん大丈夫?」
保険医の言葉を聞いて、女子生徒が心配そうに問いかける。
微かな声ではいと返事があったけど、大丈夫じゃないじゃんその様子だと。
「俺たち戻ります。原さん、おだいじに」
「ありがとう……ふたりとも」

原さんを保険医に任せて女子生徒と教室に戻ると、授業が始まってたけど誰かが説明しておいてくれたみたいでお咎めはなし。ヒューヒューと言われることもなかったので大人しく席について授業を受けた。
「すごい噂になってたよ」
クラスメイトは言わなかったけど、廊下を支えながら歩いたせいで他クラスの視線を集めた俺は、放課後なぜか会いに来たジーンに指摘されて思わず顔をしかめた。
連れ出されたのは屋上で、雨が上がったばかりの微妙な空色だった。
薄暗くどんよりした空気はじっとりと重たくて、ジーンの落ち着いた声が妙に静かだった。
「イギリスに行く日が決まった」
「へー」
行くとは思ってたから、反射的に呑気な返事をこぼしてしまった。内心ではどきっとしたんだけど。
「父が階段から落ちて足を怪我したみたいで。……だから今度の日曜日に発つ」
「えっ」
ぐるっと首を動かしたのでなんか喉が痛くなった。
一ヶ月くらいで一度帰ってくるらしいけど、なんかその時間がすごく、勿体無く思えた。
「イギリスのどのあたりに住んでんの」
「ケンブリッジ」
「ふーん、どういう町?」
「ロンドンから電車で1時間くらい。都会でも田舎でもないかなあ……」
そっか、と返事をしたきり黙り込んでしまう。
屋上の柵は、さっきまで降っていた雨で濡れていた。鉄の匂いが鼻をつく。
指で雫をなぞっていくと水が指を伝ってこぼれた。
のライブがみたいから、それまでには帰ってくる」
「ん」
別れ際、気をひくように手をとられた。俯いて白い手首を見ながら小さく頷き約束する。
「ジーンに披露したより上手になっとく」


next.

説明しきれないというか排除した設定はいくつかあるけど、たきがわせんせーはベーシスト目指してたか実家がお寺かのどっちかで、ベーシスト諦めたか坊主になるのが嫌だからかの理由で先生になった。ジョンは神父になりたいと思っている。綾子は特に決めてないけど巫女じゃない。リンさんは日本嫌いじゃない。真砂子は普通の繊細な女の子。
Sep. 2017

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