27-CLUB. 04
中学の頃に母を失い孤児となった麻衣であったが、双子の弟が居ることで、多少の寂しさは拭えた。弟のは中学に入ったころから音楽活動に精を出し、大人との付き合いが豊富で、家族内唯一の男として頼もしくもあった。東京の高校に進学して二人で暮らすのも、が居れば怖くない。
は麻衣の事を心配したり世話を焼くこともあるが、バンドやバイトがあるため程よく放任していて、心地良い関係だ。鬱陶しくもないし、寂しくもない。大切にされている気もちゃんとする。
夏休みが終わってしばらくすると、頻繁に湯浅高校の生徒が依頼に来るようになった。ナルは全て断ってしまうので、滝川やジョンに相談してみようと思っていた麻衣だが、一番に話したのはだった。
「ふうん、湯浅ねえ」
「ナルってばもう酷いの!断り方にももっと色々方法があるでしょ!?」
「あははは」
夕食をとりながら、は麻衣の話すナルに笑った。
「俺の知り合いにも湯浅の子がいてさ、そんな話してたよ」
「え、ホント!?やっぱり多いんだ……ぼーさんが今度事務所に来た時相談しないと」
「そんなに生徒が不安になってるなら、そのうち学校も動くでしょお」
「だと良いけど」
朗らかに笑うに、麻衣はほっとした。
そんな話をした矢先、滝川が派手な格好で事務所に訪れた。
「ナルちゃんやっほー。いやー日曜の渋谷なんてくるもんじゃないね。あっ麻衣ちゃんアイスコーヒーちょうだい」
どかっとソファに座った滝川に麻衣は戸惑う。
バックバンドのバイトをしてきたと聞いて、更に声を上げて驚いた麻衣に、滝川はかったるそうに説明した。
「俺の本業はスタジオ・ミュージシャンって奴なの!一応バンドも持ってるけど、ボーカルがいまいちくんでなー……スカウト中なわけよ」
人は見かけによらない、が、滝川の場合は坊主の方が胡散臭いと麻衣は思う。
それにしても、バンドと言われるとつい双子の弟の事を思い出し、滝川の楽器を眺めてしまう。
「んにゃ?興味あんのか?」
「ううん、あたしは音楽は全然だめで、……うちの弟がギターやるの」
「ほえー」
「……それで?今日はどんなご用件でいらしたんですか?」
ナルがようやく、ため息を吐きながら本題を促す。
滝川の依頼は、このごろ頻繁に依頼にやって来る湯浅高校についての事だった。
調査を初めて数日後、麻衣は居眠りをしていた。本人は居眠りの自覚はなく、真っ暗闇の中にいて皆に置いて行かれたと思って歩き出す。暫く歩く所に佇んでいたのはで、麻衣は自然とむかえに来てくれたのだと思った。
「———。もーっ、おいてかれたかと思っちゃった」
がこの場に居るはずはないのに気付かず駆け寄ると、は指をさす。
「え?なに……」
「あれ、鬼火だよ」
視線の先には校舎と、その中に火が灯る光景があった。ネガのような見え方で、なおかつ建物が透けている。
不思議なのに、何故だか納得してしまう。
それから目を覚まして、麻衣はようやく夢だった事に気がついた。
結構ブラコンだったのだろうか、それにしても嫌な夢だったと気がかりになり、特にやる事のないベースで待機する。
事件が終わった後、麻衣はナルにESPのテストをさせられていた。まったくこれっぽっちも当たらない。結果、ヒットゼロに終わって馬鹿にされたがナルだけはセンシティブと診断し、麻衣が超能力者であることを告げた。
しかし麻衣は腑に落ちないことで一杯だった。夢を視るときは、いつもが居る。そして、が教えてくれるのだ。どこまで自分の力なのか、わからなかった。
事件が深刻化すればするほど、は頻繁に夢に出てくるようになった。最初の方はあまり喋らなかったのが、どんどんいつものの様子に近づいて行く。想像の中だけじゃない本当にが来たみたいに思える。
緑陵高校の調査中も、「危ないから帰って来い!」とか「姉ちゃん、退魔法習っときなよ」とか退魔法はともかくの言いそうな事を夢の中のは言う。
保健室で寝ていた麻衣を、神社に連れて来たのもおそらくなのだろう。鳥居の下から駆け寄って来たは必死の形相をしている。これは、本当に慌ててる顔だ。
「起きて、そっから出て!」
肩をがっと掴んだに、麻衣は戸惑う。
「……起きてって、保健室?」
「そう」
見やった先は神社ではなく校舎で、麻衣とは校庭にいた。
校舎の中心に胎児のような形をしたなにかがいる。気味が悪くて麻衣はたじろいだがが肩を抱いて耳に口をよせてきた。
「———じきに孵化する。手には負えないよ」
低い声と言葉にびくっと震えたけれど、肩を抱く手が強まり麻衣の意識をしっかりさせる。
「全部で四つだ。保健室にもいるから早くでること」
「え……?あ、安原さんとジョン!あそこにいったら駄目なのに!」
大きな鬼火に、二人が行こうとするのが見えて麻衣は咄嗟に戻ろうとする。
「姉ちゃん!ナルに、蟲毒……って、……!!リンさんに、ヲリキリ様の紙———」
よく分からない伝言をのこされ、麻衣は目を覚ました。がばりと起き上がった所為で頭が揺れて倒れかける。
綾子を印刷室にいかせ、九字を覚えて身体をベッドに休める。ホルマリンのガスさえ吸っていなければすぐに逃げられるのだが、いかんせんどうにもならない。頭を抑えて息を整えた瞬間、部屋が何故か暗くなった。
地面と天井を落とす程の怪異に、麻衣は怖くなる。
「ね、ねえ、ナル、こどくって知ってる?」
「————こどく、そうか、これは蟲毒か」
ベースに来て手当をしてもらっている間に、の伝言を思い出してナルに問う。孤独とは発音が違うため、麻衣はその言葉の意味がわからなかった。けれど、ナルは麻衣の言葉を聞いただけではっとする。
「麻衣はどこでその言葉を聞いたんだ」
「ゆ、夢で」
「言葉のインスピレーションも受けたのか?」
「弟が……言ってて」
蟲毒の説明を聞いた後、ナルは気がかりだったようで麻衣を見た。
「弟ぉ?」
滝川と綾子は少し引きつった笑みを見せたけど、ナルは表情を変えずにいる。
「他に、何か言っていたか」
「あ、リンさんに……」
リンは急に名指しをされたことで少し視線を寄越した。そして、麻衣は言い辛そうに「ヲリキリ様の紙をどうとか」と口ごもった。
「ヲリキリ様?」
「わ、わかんないからね?ただの夢だろうし……」
「まあ、まて、お前さんの夢には意味があるんだからそう卑屈になるなって」
滝川に頭を撫でられた麻衣は自信なさげに頷いた。ナルは安原に指示をして紙をもってこさせ、リンに見せる。
リンはその紙を見てから、安原にヲリキリ様についての質問をいくつかしたのちにコレが呪符であると答えた。
next.
単なる伝言係。
Dec 2015