27-CLUB. 06
が寝こけている光景が見えた。彼は自分よりも笑顔が多い気がする、と麻衣は思う。そして真顔になると結構大人っぽくみえるのは姉だから知ってること。寝顔は子供っぽいことを知ってるのも、姉の特権。
いつも笑顔で明るくて、実はしっかりしてて頼りになって、ぐうすか寝こける弟が、寝ぼけ眼のまま腕を掴まれ引き摺られて行く。
誰?やめて、連れて行かないで、と言いたくても声が出ない。不思議との事を追えるのに、捕まえることはできなかった。
暖炉のある部屋から、ドアをくぐったと思えば長い道が続いていて、砂利の上をパジャマと素足のまま歩く。痛いような、冷たいような感触が足裏にするのも構わずに、連れられて行くを必死で追いかけた。
迷路のような生け垣の先には、家があり、その中に入ると息が出来ない程の血の匂いがした。
、待って、を連れて行かないで。声を出したいのにやっぱり出なかった。
タイルばりの部屋に来てしまった。はいったらいけない、でも、が連れて行かれてしまい、追いかけるしかない。
は着物のような物を着せられて、台に横たえられた。
黒光りしている水は、きっと血なのだろう。麻衣はぞっとしながら、横たえられたを見た。はうっすらと瞳を開けて、麻衣を見返す。
唇が、「麻衣」と囁いた。
男の一人が、大きめな刃物を持ち出し、の髪を掴んで、首をあらわにさせる。
これは夢、はここには居ない、は死なない。目を覚まさなくちゃ。
の喉に、刃物が触れた。
————うそ。
「きゃぁああぁぁあ!!!!、、!!!!!」
「麻衣っ!!」
ぱしんっと頬を打たれて、真砂子と綾子の顔がある。
ほっとして、怖くて、悲しくて、恐ろしくて、綾子の胸に抱きついて泣いた。騒ぎを聞きつけてやってきた滝川と安原とジョンに、事情を聞かれて夢の話をすると、途端に彼らの表情が固まる。
「が、殺される夢……男の人が二人きてね、変なタイルばりの部屋にを連れて行くの……」
縛られてこちらを見たの顔を思い出して、ぞっとする。
首に刃物を入れる乱雑な手つき、切れる皮膚、溢れ出る血は、夢で見たのだったか、ただ想像で言っているのか分からない。
「もういいよ、思い出させて悪かったな」
滝川が頭を撫でて話を遮ったために、麻衣は口を閉ざす。優しさに、どっと涙が溢れ出す。
「失礼します」
何故だか聞き慣れた声がして部屋のドアが開いたと思えば、そこにはが居た。それから、ナルとリンの姿もある。
「ど、して……」
「すっごい叫び声がしたけど、怖い夢でもみたか?姉ちゃん」
「なんでがいるの……?」
は、ベッドに腰掛けて紅茶を渡して来た。
いつもの明るい笑みじゃない、優しい顔で笑ったと、紅茶の香りがあたたかかった。
「が死んじゃう夢見たの……」
「そりゃ悪かったねえ」
「馬鹿……」
に悪態をついてから、麻衣は少し気が晴れたように笑った。
「もしかして、ここの霊は若いお人が好きなのかもしれません」
ジョンの言葉に、麻衣ははっとした。行方不明になった人に共通点を探して、外部の人間でも、血筋も関係ないとすれば、ジョンの一説はあり得る話だった。
職員はを覗いた全員が年配で、消えたのは二十代以下の人ばかり。
「あ、あたし……ナルに話して来る!にも教えなきゃ!」
「まった!一人でいくな、俺達は全員三十前だろーが。ジョンの意見が正しかったら全員が危険なんだぞ」
麻衣は滝川に止められて、全員で行動する。
ベースに戻ると綾子がまるで待っていたかのような顔で「帰って来た!」と言った。
「ど、どうしたの?」
「……麻衣、おちついて聞きなさい……あんたの弟が消えた」
「うそ!」
麻衣力なくその場に座り込む。
「いや、いや、!どうして!」
「落ち着け、取り乱してもどうにもならない」
ナルに厳しい声で言われて、麻衣はひくりと喉を鳴らす。
ジョンがひとまず、若い人が失踪していることを告げ、ナルは一理あると頷き全員一緒に行動する組をつくった。最終的にナルが一人になることでリンと揉めて、安原が諏訪市内で森のアシストをすることで離脱を決めた。
夕方になってやってきた森や安原に情報を聞いている間、麻衣の身体に霊が乗り移った。それは、首を切られて死んだ夢が現実だった人だと麻衣は分かった。とても悲しくて、その人が可哀相で、今行方不明なが心配で、涙が出た。
「は、そんな風に殺されようとしてるの……?そんなのいや……あたしの、たった一人の家族なの……」
その日の夜も、麻衣は夢を見た。
美山鉦幸が吸血鬼のように血を欲している事を知り、怖くてたまらないのに身体は疲れているから驚く程容易く眠りの淵におちてゆく。
「姉ちゃん、ねーえちゃん」
ゆさゆさと揺さぶるのはの起こす時の癖だ。
ああ、朝なのね、学校に行くのね、そうそう、学校に行かなくちゃ、と思い目を覚ます。けれど暗闇と、の顔しかない。今は朝ではないし、ここは現実ではなかった。
「!!生きてる?生きてるの!?」
「あーあーあー、生きてる!生きてるから!」
肩をがしっと掴んで逃がさないように捕まえると、困ったようには頬を掻いた。
「心配かけてごめん、俺はなんとか大丈夫だから、むかえに来てくれる?」
「うん、行く、どこに居るの」
「壁の中。いいか?あいつは空間をねじ曲げて人を連れ去る、とんでもない化物だ。でも、屋敷からは出られないから、姉ちゃんや女の人たちは外に居た方が良い」
「いや、あたしもいく!」
「だめだよ、怖い思いする」
「は怖い思いしてるんでしょ!?」
「俺は平気だから、はやく伝えて。これ、お守りな」
そういっては、バンドロゴの入ったブレスレットを寄越した。これは東京に来る前に組んでいたバンドで作ったもので、の宝物なのだ。
目を覚ました麻衣の腕にはそれが嵌められていて、は生きてるのだと確信した。
「綾子!が生きてる!」
「は?」
朝一番に目に付いた綾子にぎゅっと抱きつくと、怪訝な顔をされる。
見て、と腕を出した麻衣の腕には、のブレスレットがついていた。
next.
こっちもじゅうぶんトラウマもんですね。
Dec 2015