27-CLUB. 07
とんでもなく油断してた俺は急に物陰から出て来た腕に掴まれて連れて行かれた。気合いを入れて「はなせ!」と叫ぶと腕が怯み、なんとか逃げ出す事が出来たけどここはもう壁の奥の屋敷の中だった。
俺つんだ……。
「だから帰ったほうが良いって言ったのに」
「へえへえ」
目を覚ましているらしいジーンが俺に付き添って、しかも文句を一言ぼやいた。先に二人失踪してることを考えればそろそろ考えもまとまってるだろう。多分姉ちゃんが俺の事を探しにきてくれるだろうし。
追い払ったは良いけど壁を抜けない限り俺はここから出られないし、衰弱してしまえばまた捕まって殺されそうなので、大人しく上の部屋に潜んだ。ここにも沢山の霊が居て、悲しみと怯えにまみれている。
気休めになればいいなと思ったのと、俺自身が気を保つ為に覚えている限りの明るそうな曲を歌う。こころなしか雰囲気も明るくなっていくし、浄霊もこの調子で出来たら良いのになあ。
姉ちゃんの夢で声をかけた次の日はじっとして待っていた。歌ってる方が気が紛れるんだけど今は体力温存をしたい。幸い腕時計で時間の経過が分かるので、日が暮れるまでは我慢した。
そろそろ本気で身を守らないと駄目かなって思ったので、俺はなるべくしっとりした癒されそうな歌をチョイスして歌う。どうせ俺が賛美歌とか歌っても神様は手を貸してくれないし、ヴラドはそれに怯む奴じゃないんだけど、俺の気を高める為のものだから何だって良い。いっそヘヴィメタ歌ってやろうかと思ったけどそれは萎えるから辞めとこ。
合間合間で、助けてってよってくる浮遊霊に光をさしてやり、歌を歌いながら送り出したら浄化の光がふわふわ見えた。説得じゃなくても浄化されてく、だと?やっぱ歌ってすげえ。
この光でヴラド怯んでくれないかなあと思いつつ、俺の研究結果による霊に有効的な歌をヘビーローテーションで歌っていると、ノリくんが声を聞きつけて部屋にやって来た。
「!」
「〜……あ、ノリくん」
真砂子が浄化の光が見えるってんで皆してこっちにきてたら、俺の歌声が聞こえたらしい。ああ、なんか、恥ずかしいな。小鳥に歌いかける白雪姫のR18Gみたいな俺……。
「いや、怖かったわ〜ありがとうね、みなさん!」
一番の被害者なはずの俺は能天気に見えたようで、皆からもんにょりした顔をされている。
「原さん、浄化の光は確かですか」
「ええ……さんの歌に反応して昇っていかれました」
それまるで天使の歌声みたいじゃんやめて!綾子がもっと凄いの見せてくれるから俺なんか気にしないでくれ!
「俺の歌で幽霊成仏すんの?ほ〜CD出したら売れるかな?」
「誰に売るんだよ、幽霊は買えねーぞ」
「アハハハ成仏できます!ってあおり文句ですか?」
「うんわ、うさんくせぇ」
ノリくんと安原さんが話に乗って来てくれたけど他の皆はいまいち話に乗ってくれない。
姉ちゃんがしょんぼりしてるのが見えて、おふざけはやめて頭をぽすんと撫でる。
「ブレスレット、返して」
「あ!!」
撫でた腕を出したまま言えば、姉ちゃんは自分の腕を見る。
「そうだそうだ、なんで受け取れたんだろうね」
「なんでだろうねえ」
ナルがじっとり俺たちを見ている。
「麻衣はどんどん芸達者になって行くなあ」
良い感じで姉ちゃんの手柄になってるので、俺は知らんぷりでにこにこ笑う。でも背中に突き刺さる視線がいたい。
「今回の夢は、双方認識していたんだな?」
「あ、そっか!」
姉ちゃんはナルの言葉に合点が言って、俺を見る。
知らんぷりしたけど、俺ヴラドが化物だとか言っちゃったわ〜と思って頭を掻いた。
「でも、それじゃあ、はヴラドに気づいてたってこと?」
「アハハハハハハ」
お?なんか、あっさりバレてしまった。ま、まあ、いいか。
帰りはノリくんが車に乗せて帰ってくれるっていうから乗せてもらった。メンバーはノリくん、安原さん、ジョン、俺、姉ちゃんで、女の人は姉ちゃん以外リンさんの車に乗って帰る。姉ちゃんはナルの方が嬉しいのでは、とも思ったけどまだ弟の俺を優先してくれてるらしい、良い子。あ、っていうか、ジーンが夢に出てないからナルにもジーンにも恋してないんじゃ……ね?
悲しい思いをしなくて済んだような、姉ちゃんの幸せな記憶を奪ってしまったような、微妙な気持ちだ。
「ねえ、疲れてない?大丈夫?」
「そうだぞ、、無理せず寝ろー」
「う、ういーす」
俺は姉ちゃんとジョンに挟まれた状態で返事をする。ノリくんは「とっておきのCDかけちゃる」って言って操作しだして、音楽をかける。流れて来たのは声変わり前の男の子が歌うカバーソングだ。
「一時期ネットでだけ歌ってた奴でなー」
……俺が中学の時に組んでたバンドで歌って、録って動画サイトにアップロードした奴じゃん。
咽せてごほごほしてしまい、ジョンが俺の背中を摩ってくれる。
「なんか、聞き覚えのある声……」
姉ちゃんそりゃ俺の声だ!!
ノリくんはあの動画を見てた人だったのかあ。それをダウンロードしたわけね。まあ別にいいけどさ。
「かいらし声ですね」
「癒されますねえ」
お、おお、褒められてる。
長野から東京までは当然遠いので、俺の曲が何曲も続く。
「あれ?この一曲だけオリジナルですか?」
「そうなんだよ、最後の投稿でさ……バンドマンの間では有名なんだぜ。曲も詞もいいんだ」
ひぃ!そんなことになってたのか。
イントロを聴きながら話す二人に、俺はそわそわする。これはバンド活動を終わる直前、そしてお母さんが亡くなった後に作った曲だ。お母さんのお骨と姉ちゃんの前で歌って聴かせた事がある。姉ちゃんは一時期子守唄がわりにこれをせがんできたくらいだ。
「これ、」
今ではもう歌わないけど、数年前の事なので姉ちゃんはぱちぱちと瞬きした。それからポロポロ泣き始めて、俺に縋り付く。
俺が攫われちゃって心配もしたんだろうしなあ……。
「麻衣さん、どうしはったんどすか?」
「うぅ、う……」
「どーした!?麻衣!?」
俺は姉ちゃんの背中をぽんぽん叩きながら、慌てるノリくんに前向けとせっつく。
「この歌ねえ……よく姉ちゃんに歌ってあげたんだ」
「なんだ、も知ってるのか?」
「———その頃お母さんが亡くなったり、バンド解散だったり、受験の為に家を引っ越したり色々あって……最後だからって作詞作曲してさあ」
「は?」
「つまりまあ、———声変わり前の俺、かぁいいだろ?」
車が叫び声で揺れるのを、初めて体感した。
next.
一度はやりたい、歌で浄化。
1話の伏線回収です。こう、正体不明の歌手とかあるあるじゃないですかあ、やりたいじゃないですかあ。本当はデビューまでさせたい所だったんですけど、そんな簡単にはいかないかなってことで、ネットでだけにしておきます。
Dec 2015