I am.


Davis. 02

僕たちに妹が出来るのだと、ルエラは嬉しそうに言っていた。
どうやら遠縁の親戚の子供をひきとることにしたらしい。正直二人養子をとるだけでも手間や色々なものがかかるのに、新たに一人足すとはその心意気に恐れ入る。
ジーンは妹が出来る事にルエラの次に喜んでいて、一緒になって部屋作りをしていた。シンプルだが若干見え隠れする少女らしい飾りがあしらわれた部屋をちらりと見て、ここにやってくるであろう少女について考えた。考えても詳細を知らないので二秒も考えなかった。思うのは、うるさくないやつであればいいな、くらいだ。

約束の日にやって来た少女は一つ年下のという少女だ。はっきりした色の花柄ワンピースにショートヘアー、快活そうな眉と目、笑みを浮かべる口元等、一目見て明るいタイプの少女だろうと検討をつけた。は歯を見せて笑っていたが、ジーンの言葉に固まってルエラとマーティンを見ている。なにか変な事でもあっただろうかと思ったが、特に気に留める必要も感じない。
その後の妹の世話はジーンに任せて僕は部屋に戻り、夕食の時間まで顔を合わせる事は無かった。
はほとんど英語が話せないらしく、夕食のときはジーンがしきりに通訳をしていた。よくそれでこちらに来たものだと呆れるが、僕自身人と話す必要性をあまり感じていないため、さほど重要視しないことにした。それに不便を感じるのはだ。僕の知った事ではない。
翌日は朝から会ったがはジーンの不在に首を傾げていて、心配そうにしていた。言葉のことではなく、学校のことで心配しているので、お人好しなのだろう。朝食を待つ席でも、時計と僕をちらちらみて、大丈夫なのかと問いかけて来る。
「起こしてくれば」
素っ気なくそう言ったら、は思い切り顔を歪めた。そして米神を掻いてからソファで新聞を読んでいるマーティンに英語でジーンを起こすかと聞いている。僕の返答では不満だったらしい。どうでもいいが。
マーティンが改めてジーンを起こしてくるように頼めば、は深く頷いてリビングから出て行き、上でも下でもバタバタしてジーンを引っ張って来た。若干服が縒れているしジーンがまだ寝ぼけ眼だから、にほとんど世話をされたのだろう。情けない。
その光景を見て、ルエラとマーティンは笑っていた。はなんと言ったか聞き取れなかったみたいでジーンを見たけど、笑われている本人は通訳できずにいる。仕方なく、そしてジーンを笑うために僕もマーティンと同じ事をわざわざ日本語に変えて言ってやった。
「どっちが年上だか」
はようやく、なんと言われたのか理解したようで声を上げて笑った。

三日後くらいからは学校に通い始めた。最初の頃はスクールバスの出ている所まで僕とジーンがついて行っていたが、一週間も通えばもう大丈夫だと断るようになった。それでもジーンは時々を送って行く。
僕は面倒だしの自立精神を尊重して放っておく事にした。
学校に通うようになってから気づいたことだが、はどうやら少女らしい服装が好きではないようだ。週末になるとスカートやワンピースなどを着ているがそれはルエラのお願いらしく、学校ではパンツスタイルが多い。時々ジーンや僕の服も借りていってるし、ショートカットな所為か、男にも見える。
しまいには、僕と歩いている時に関係を聞かれると「弟です」とまで言うようになった。
正直そっちのほうがしっくりくるので、誰も不思議に思わない。

半年程経ったある日、がルエラとマーティンに日本の高校に通いたいと言い出した。好きにすればいいとも思うが、日本に行くメリットをさほど感じない。確かには言語の問題でこちらで授業について行くのは大変だろうが、日本人学校には高等部もあるし、日常生活には大分慣れて来ていた。近所の子供と遊んでいる姿だって見た事があるくらいだ。
ルエラもマーティンも、のことを可愛がっていた為最初のうちは日本行きに反対していた。ジーンと僕も意思の疎通を円滑にする為に話し合いに同席していたが「両親の墓参りにも行きたいし、イギリスに永住するのはやっぱり無理だと思う」と言われるとジーンはなんの反論も出来ない。がこちらに住む気がないのなら無理だと僕も思う。
は今まで我儘も弱音も言わなかったので、両親はの意志に従う事にした。普段はへらへら笑っているし英語も下手くそなままだが、学校が提供する下宿のある学校を探して資料請求も行っていたようで、了承したあとはのプレゼンが始まり、意外と強かだったことを思い知らされた。
養父母が居るために学費免除はないが、家賃は免除になり奨学金とアルバイトで生きて行けるから学費しかかからないように計画を立てている。それを見ていると、やはり日本で暮らした方がこいつは幸せなのかもしれないなと思えてきた。
がいなくなったら僕はどうやって起きれば……」
「自力で起きろよ」
話し合いが終了したあと、ジーンはおもむろに顔を覆って震えた声で嘆いた。のぴしゃりとした反論に、もっともだなと頷く。が来るまでは寝坊するかルエラが起こすか、僕が起こすかだったが、最近では毎朝がベッドから引き摺り下ろしてパジャマを脱がせてくるので僕とルエラは若干助かっていた。
に甘えるのも程々にしろ」
「ナルだって打ち込み作業とかレポートの整理とかお茶汲みとかさせてるじゃないか」
「あれはの英語力を上げるためだ。お茶はが好きで淹れてただけだろう」
「わぁぁん!もう手伝わないからね!」
ジーンの次はが顔を覆いだした。背中を丸めてソファの肘かけに突っ伏して嘘泣きをしている。どうせ暇になると「何か手伝おうか?」と言い出すんだからその宣言は無駄だろう。
「———学校は、もうそこで決まり?」
「一応夏休みに学校見学に行くけど、余程の事が無い限りここかな。条件が良いんだ」
「あ、十一月とかもやってるんだ……その頃なら僕も日本に行く用があるから一緒に行こうよ」
「え?」
見学会の日程が書かれたパンフレットを見ていたジーンはに提案した。きょとんとしたは少し考えるそぶりを見せる。珍しくまじめな顔をしていて、表情は薄い。こころなしか緊迫した雰囲気が漂って来て、疑問に思う。そんなに考えることだろうか。見学に行くなら早めの方が良いだろうし断れば良い。一緒に行くつもりがあるなら、深く考えずに頷くだろう。何か気がかりな事があるとしか思えない。
「なんで日本行くの?」
「ああ、日本の霊媒に会いに行くのと、調査を頼まれてて」
「それついてったらだめ?学校見学のとき一緒に来てくれる?」
頼る事も何かを願う事も無いといったら嘘になるが、がこんな風に甘えるのは初めて見た。ある意味わがままとも言える。めずらしいと思っていたのをジーンも感じているのか瞬きを二回くりかえしてを見ていた。
「良いよ」
「じゃあ、そうしよう」
このときジーンが無理だと言ったり、別々に日本に行くと言っていたらどうなっていたのか、僕は分からない。

秋になって日本に行ったはジーンを庇って車に撥ねられた。人気の無い道を歩いていて、ジーンが道路を渡っている最中に猛スピードでやってきた車を見て、が飛び込んで来たのだという。突き飛ばされて転んだジーンが起き上がると、数十メートルも離れた所に飛ばされて血を流すの姿があったと、ジーンは憔悴したまま語った。
ってば、死んでない?って僕に確認するんだ。朦朧とした意識のくせに」
ずっと から離れなかったジーンは、僕たちがやって来たこの時も血まみれの服のままだった。白い病室に沈むに付き添うジーンの姿はひどく痛々しい。
「……とにかく早く着替えろ。僕たちがついてるから」
「うん、ごめん。あと……これ」
「は?」
ジーンは重たそうに椅子から立ち上がりながら、僕にパスポートを渡して来た。それはのもので、顔写真や名前が記載されているページが開かれている。ふと、性別の欄に、Mの文字を見つけて目を見開いた。ジーンを見ると、片手で前髪をくしゃりとしながら「びっくりしたよ」と呟いた。はF、フィメールだとばかりに思っていた。もう一年近く一緒に住んでいるのに、この事実を僕たちは知らなかった。


next.
救急搬送とかで、名前とか性別が間違ってたり途中で気づいたりすると、本人確認の云々で大変と聞いたので、わりと早めに気づいたってことにします。
Sep 2015

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