Davis. 02
イギリス暮らしはちょっと大変だった。まずテレビが何を言ってるのか分からないし、出かけてみても何をしたらいいかも何があるのかもチンプンカンプンで、学校と家の往復だけの日はある意味救われていた。日本人学校は日本語が飛び交っているので癒されたし、友達が出来てからは色々教えてもらえるようになったから、買い物とか娯楽には困らなくなった。まあ、ジーンがついて来てくれるときは楽なので、俺は恵まれてる方だろうけど。おじさんとおばさんはゆっくり英語を喋るようにしてくれたし、俺は辞書片手に頑張ったし、時々日本語喋ってくれたので家庭内でのコミュニケーションに問題はなかった。むしろナルとの意思疎通のほうが大変だった。あいつ何も言わない。でも英語の発音がおかしいと教えてくれる。最初のうちはちょっと恥ずかしかったけどそれを飲み込んでこそだ!しかたねえ!と割り切ってナルとジーンの前でも英語を喋るようにしてる。半年以上が経った今でも、ナル曰く「ヘタクソ」だけどな!通じるならいーんだよ。ジーンは上手になったよって言ってくれるし、近所のマックス(9歳)とシェリー(5歳)とはお友達になれたもんね。……時々何言ってるかわかんないけどノリで貫き通してる。つまりまだまだ英語は駄目なんだな。
でもなんだかんだ生きて来られたので、やれるな……と思った。ただし未来の事を考えるとイギリスに永住しようって気は無い。高校、せめて大学は日本のに通いたい。日本人学校は高等部まではついてるけど大学は無いから、ベストなのは大学かなあ。あ、でもバイトとかもしたいなあ。こっちでバイトするほど喋れないな……やっぱり高校からあっちいってお金貯めようかなあ。おじさんもおばさんもお金は気にしないでって言ってくれてるし、養子になったんだからそれなりにわりきって甘えるつもりだけど。
ということで、俺は高校から日本に行けないかと考えた。貧乏人に優しい学校を探したら都心にはいくつかあるし、そこからなら両親のお墓も行けない事は無い。都心は家賃が高いのがネックだから、寮がある学校を探して資料請求したり、メールでやりとりして質問したりして、中々良い条件な学校は見つけた。
おじさんもおばさんも、ぶっちゃけ永住のつもりで引き取ったんだろうけど、すみません無理です。あと五年いればそりゃもしかしたらそこそこ英語喋れるだろうけど、俺生粋の日本人だから……おしょうゆダイスキ……納豆タベタイ……。
「日本に住んでても、二人のことはお父さんとお母さんだと思ってて良い?」って英語でなんとか伝えたらおばさん泣いた。おじさんは優しい顔でこくりと頷いてくれた。
夏休みになったら学校見学に行こうと目論んでいた俺は兄二人にそう告げると、ジーンから秋に日本に行くから一緒に行かないかと誘われた。……あれ?これ、ジーンが死んでしまうのでは?
今まですっかり忘れてたけど、ナルとジーンはがっつりゴーストハントを生業としている。心霊現象の調査の話を二人でもそもそやってるのを聞いた事ある。つまり、本当に、そうなわけでしょ?
「それついてったらだめ?学校見学のとき一緒に来てくれる?」
応じる応じないではなく、俺が我儘を言うのが珍しかったのかナルとジーンはちょっとだけ驚いた。
俺の知ってる物語とはいえど、ここは現実なので出来る事はやっていーよね?ジーンを止めるにはアナタシヌワヨって言わないと行けないから無理だけど、危機回避くらいさせてもらおう。
俺の珍しい我儘にお兄ちゃんは若干嬉しそうに笑って良いよと頷いた。
危機回避のつもりだったんですけどね、こう……あぶねえから歩道側歩いてろよ、みたいな感じで良いかと思ってたんですけどね、もろに轢かれそうになってるジーンを助ける為に突き飛ばしたら俺が車に撥ねられました。その拍子に自分が前世も車に撥ねられたってことを思い出して、頭から血を流してさ〜っと意識が引いて行きそうになるのを感じた。デジャヴュってやつか……違うわ。俺を覗き込んだ必死の形相をしたジーンに死んでないか問いかけるのが精一杯だった。
目をさましたらまた新しい人生とか御免だぜって思いながら意識を失い、起きたらちゃんと人生は続いてた。
病室には大変仏頂面のナルと、心配そうなおじさんとおばさんがいて、ジーンはいない。
「ジーンは……?」
「開口一番がそれか」
呆れたようにナルが腕を組んで俺の顔を覗き込む。
点滴が刺さってないほうの腕で目を擦りながら前髪を退けると、頭がずきずき傷んだ。うえぇ……俺頭打ってたのか。
「ジーンは無傷だ。今着替えに行ってる」
「そうかあ」
「……すごいショックを受けていた」
「気をつけて歩きなよって言ったのにぷらぷらしてるジーンが悪いんじゃん。じゃなきゃジーンがここにいるよ」
ぷっぷくぷーと頬を膨らますと、ナルはそれ以上怒るのをやめた。ナルも言ってたよね、そもそも事故に遭うやつが迂闊でマヌケなんだよう。俺は隣で気を張ってたのにあいつ……。朝起きねえ、部屋片付けねえ、道路はよく見て渡らねえ……俺がついてなきゃって気になって来たぞ、大丈夫か……?その三つ以外はしっかりしてるのになあ……頭良し、家柄良し?性格良し、顔良し、手に職系だろ?良い物件なのに……ちょこっとの悪いところで死んじゃいそうってのが本当危うい。
まあ俺に庇われ、怪我されたんだから今後気をつけるかもしれないけどさ。
そういえばナルとジーンは今このときようやく俺を男だと知ったらしい。あれ、言ってなかったっけ?おじさんとおばさんもきょとんとしてて、双子は珍しくそっくり仏頂面を浮かべていた。俺の緊急搬送の時にパスポート渡すまで気づかなかったとか、マジか。だって下着とか男物じゃん……あ、おばさんが分けてお届けしてくれるんだから気づかないか。
「なんかごめん……」
春になって俺は高校生になった。おばさんは料理上手だけど、俺はやっぱり日本人の味付けが好きだなあと実感する。学校から帰って来るとどっかの家から香って来るみりんと醤油と砂糖の匂いが、す、き、だ!カレーの匂いも良い。たった一年半くらいだけど、なんだか懐かしさを感じる。街も安心できるし、日本語聞いてると落ち着くなあ。学校の友達は日本人ばっかりだから平気だけどさ。
学校生活にはすぐに慣れたし、友達もすぐにできた。入学して一月もせずにそれぞれグループとかが出来てるし、付属中学があったもんだから知ってる奴らも多かったみたいだ。だからといって外部の新入生が浮くわけでもないし、むしろ珍しいものとして歓迎される。とくに俺は名前が珍しかったので声をかけられる事がおおいし、名前もすぐ覚えてもらえた。でもデイヴィスくんて言われるの慣れないから、なるべくしたの名前で呼んでもらってる。
今日は帰りに駅前のゲーセン行こうぜって話を昼にしてたってのに、珍しくナルからメールがきた。放課後旧校舎にこいって。え??どういうこと?ナルうちの学校の旧校舎にいるの?あれれ?……たしかにうちのクラス、黒田さんいるけど。麻衣ちゃんいないよ?やっぱり俺が麻衣ちゃんなの?怪談話もリンさんへの怪我もさせてないけど、こうして絡んで行くのが俺の仕事なの?
仕方なく友達の誘いを蹴って、放課後旧校舎に急いだ。ワゴンが見えたと思ったら、そっちに向かって行く人の後ろ姿が見えて俺は足を止めた。ついでにはふーはふーと息を吐いて整える。あの後ろ姿、ぼーさんと綾子だなあ。ナルとの口論に混じりたくはないんだけどなーと思いながらこっそり見てると、ぼーさんがナル達に背を向けてぶっはっはっと笑ってる。ついでに俺の事を目にとめたけど、ナルの方を振り向いて話し始めた。あ、どーぞどーぞそっち優先してください。
三流だろとか名前聞いた事ねえとか二人が喧嘩を始めたところで、ナルが「、さっさと来い」と声を掛けて来た。あっ見えてたんですね。
「なんでここにいんの?」
近寄ってってきょろきょろ周りを見たけどジーンもリンさんも居ない。小さめな声で聞くと「調査に決まってるだろう」と当然のことを言われた。そんなん知ってらぁ!なんで日本にいるかだよ!ジーン探しに来た訳でもないだろうし……まあ調査してくれんのは嬉しいけど解せないなあ。
「おっ、おい、あれ……」
ぼーさんと綾子はさっきまで「なぁに?しりあい?」「ここの生徒か?」って話してたけどぼーさんが何かを報せるように声をあげた。ふりむいた先にいたのは校長と金髪碧眼の女の子……に見える男の子だ。正確には男の人か?
「やあ、おそろいですな。もう一方お着きになりましてね。ジョン・ブラウンさん。仲良くやってくださいよ」
女装してた俺より可愛いぜ……と顔をみながら張り合う。……ン、張り合えない……。
ジョンはぺこりと頭を下げて関西の方言が入り交じった感じの言葉で挨拶をした。ぼーさんの笑いっぷりやべえ。
お、俺大丈夫だったかな……こんなに爆笑されたりしたことないし、ナルがあんな風に微妙な顔したことなかったけど、英語しゃべれてたかな。方言は変だけど語彙力はあるからジョンのが正直俺より喋るのは上手だと思うけどね。通じるもん。
next.
主人公もパパもママも、男だって知ってると思ってたんです。
リンさんとはそれなりに顔を合わせたことあって、だから多分リンさんには下の名前で呼ばれてます。
Sep 2015