I am.


Don. 01

SPRでのバイトに復帰してから長いこと時間が過ぎた。高校を無事に卒業して大学に通うことになった俺は、未だにバイトを継続していた。高校の時より大学の方が休みは取りやすいけど、高校時代は単位を一部免除されてたところを大学では欠席扱いになるので、せっせとスケジュール管理をしている。
ちなみに、国立に入る頭は持ち合わせていないので私大。学費はまたもや奨学金で社会人になってからウン十年くらいかけてちまちま利子とともに返済して行くのである。頭が良いことは、いいことだ、ウン。
高校生の時の奨学金は家系が苦しい子への援助だから返済はなかったけど、さすがにね、私大の学費は賄えない。

俺よりも二年先に安原さんは大学を卒業した。まあ、二歳上なので当然のことである。でもって、卒業と同時にバイトは辞めた。これも当然の事だね。就職先は、そのにっこりとした笑顔と、したたかなメンタルに恥じないところで、一言で言うと勝ち組だった。それがついこの間のことのように感じるけど、いつの間にか俺は大学四年生になってた。
就職活動は春から始まってたので、ちょいちょい説明会に行ったり、面接行ったり。夏の時点で内定を二社から貰ったので、まあ決めちゃおうかなあという気もする。でも、この間みた求人で、凄い条件が良い企業があったから、できればそこが良いなって思ったので、まだ保留にしている。
そこの説明会の帰りに、ちょうどバイトが入っていたのでリクルートスーツのままオフィスに顔を出したら、協力者たちが勢揃いしていた。や、やだ〜俺だけカッチリしてる〜。ジョンもぼーさんも綾子もラフな格好。真砂子は相変わらず和服なので、まあ……俺よりきっちりな感じか。ナルとリンさんは皆の相手をするわけがなく引きこもってるので、スーツは俺だけだ。
「おっ、スーツだ」
「お邪魔してますです」
「まあ、今日は素敵な装いですのね」
ぼーさんとジョンと真砂子は俺をみてにこっとわらった。綾子は無言でにんまりしてて、俺を観察してる。
採点中か?おい。
「サマになってるじゃない」
「ありがと」
はい、及第点いただきました〜。
鞄を置いてネクタイを緩めながらお礼を言っているところに、所長室からナルが出て来た。そして俺の格好に首を傾げる。

「……?なんだ、その格好は」
「リクルートスーツですケド」
「———就職するのか」
納得したように呟いたけど、なんで間があったのかな?当然のことなんですけど?
確かにさ、安原さんは要領よく就活してたからいつのまにかあっさり内定決めてて、活動中ってことなんか微塵も見せずに颯爽と辞めて行ったよ?……いや、俺だって今までスーツで来た事もなかったからよくやった方か。就活あるからってバイトは休まなかったし。
「就職?……そうだよな、そうだそうだ」
「せやですね」
「そういえば、そうだったわね」
「あたくしてっきり……」
ナルに続いて皆がうんうんと頷く。皆自営業ってやつだから、就活してないもんね!!一般人の安原さんが恋しいよう。
そして、真砂子の言うてっきりってなんだろう。このままずるずる寄生するとでも思われてたんだろうか。不名誉すぎるぜ。
「なんだよう、ガンバレのひとこともないのかよう」
つんっとそっぽ向いて自分のお茶を淹れに給湯室へ向かった背中に、「、お茶」というナルの声が投げられた。はいはい、淹れますよお。


第一希望だった企業の内定を貰ったのはその一ヶ月後で、俺は就職活動を終了した。あとは卒論を提出するだけで、四年は元々出席日数が少ないので、バイトに勤しむことにした。といっても、相変わらず調査依頼は大半ナルがお断りしちゃうので、事務仕事と来客対応だけだ。

「で、就職が決まったこと、言ったんですか?」
「いってなーい」
今日は、安原さんの仕事終わりに、二人で飲みに来ていた。俺ももうお酒飲める歳なんだもんね。長かったよー、長かった。
そう言えば、ぼーさんとか綾子たちとは皆でご飯には行くけど、飲みに行ったことはない。ていうか俺が行く時は真砂子も来てるから、お酒より美味しいご飯メインなんだよね。未だに俺って女子枠なんじゃないのかと思わせられる。まあ、その時でもちょっとは飲むけど。
安原さんはバイト仲間兼、一般人仲間、そして社会人の先輩ってことで飲む事はある。まあ、辞めてから二年の間で、さしで飲むのはほんの数回だけど。
「みんな、心配してると思うけどなあ」
「うそだあ、俺が就活してるっていったら、微妙な雰囲気だったんだよ?」
「谷山さんが本当に辞めちゃうってことが、受け入れられなかったんじゃないですかね」
「そんなタマかな?」
ふひっと笑いながら、グラスを見下ろす。
「愛されてるってことですよ。妬けちゃうなあ、僕のときは結構あっさりだったし」
「盛大に送別会やったじゃん。ちゃんとナルとリンさんも来てたし」
「そういうんじゃなくて……惜しまれてるってことですよ谷山さん」
「俺はメチャクチャ安原さんを惜しんだよ!笑顔のないオフィスに慣れるのに、どのくらいかかったと……」
安原さんが頬杖をついて笑った。
妬けちゃうとか言いつつ、さっきからずっと満面の笑みだったよこの人。
「仮に惜しまれてたとしても、このままナルの世話になる気はないなあ」
「そうなんですか?」
「そもそも俺は霊能者でも研究者でもないし、日本支部がずっとあるわけじゃないでしょ」
「まあ、たしかに」
いきなりクビって言われることはないだろうけど、普通の企業に勤めた方が絶対安泰だと思う。
ナルだって、今まで五年くらい居たのには驚きだけど、さすがにあと十年は居るわけないでしょ?そんなら新卒で仕事するよね。
くぴくぴっと梅酒を飲んだ。氷が溶けて来てちょっと味が薄いので飲み干しちゃおう。
「渋谷さんなら、イギリスにも谷山さん連れて行きそうな気もしますけどね」
「んん!?」
グラスを煽ったところで、にっこりした安原さんが変な事を言い出した。さすがに……なんかこう、犬扱いされてる俺でも、イギリスにお持ち帰りは無いと思う。リンさんともナルとも、森さんに太鼓判を押される程長い付き合いになったけどさ。移住させる労力も、日本語さえ若干危うい俺を英語圏に連れて行く労力も、ナルは惜しむだろう。っていうか俺はさすがにイギリスに移住したくない。
「それはない」
「そうですか?」
「うん。そもそもね、俺を誘うっていう発想も無いと思う。お別れ。おしまい」
ぷっつんと縁を切るように鋏のまねごとをした。


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ハートフルボッコだドン!
主人公が期待を裏切る話です。
ずっとナルたちとお仕事していられるという未来をまず断ち切る。
June 2015

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