I am.


Don. 02

大学を卒業して、就職するのを機にバイトを辞めた。
最初の一ヶ月はめまぐるしい社会人生活にてんやわんや、と思いきや、学校行ってバイトするよりは時間に融通が利いた。学校に行くよりも長時間の拘束にはなるけど、その時間もお給料が出てて、仕事が終わったらあとはもう自由。残業は滅多にないし、基本六時には仕事が終わる。

吟味を重ねた結果のホワイトな企業なので、ゴールデンウィークはまるっとお休みを貰えた。
ぼーさんがオフィスに顔だしやーって誘いをかけて来るので、日にちを示し合わせてナルんところに遊びに行くことにしたんだけど。そういえば初めて遊びに行く……俺仕事じゃないじゃん。そもそもさ、ぼーさんがナルのオフィスに顔出せって誘うのもおかしくない?当たり前のようにオフィスでお茶して、当たり前のように調査協力してたから忘れてた。
「久しぶりねえ、
「おー」
俺が顔出すからなのか、皆して渋谷に集まってた。ぼーさんと待ち合わせしてから少し歩いたところで、ジョンと綾子と真砂子が立っていたのだ。
「ゴールデンウィークは普通にお休みなんですの?」
「お疲れとちゃいますか?」
「ん、普通に休み。疲れてないよ、大丈夫」
真砂子とジョンの労るような問いかけに笑顔で返し、ナルのオフィスに「ちゃーす」とぼーさんが入って行くと、大変不機嫌な顔をしたナルがソファに鎮座していた。
「…………今日はなんのご用ですか」
いや、大変不機嫌な顔はいつものことか。
冷たい視線が突き刺さるのもいつものことだよね。ああ、俺はいつもバイト名分で来ていたから、この冷酷な瞳に太刀打ちできない。いたたまれない。帰りたい。
「そうカッカしなさんな。今日はも連れて来たんだから」
「ここは喫茶店ではないと毎度言ってるんですが」
ぼーさんったらハートつおい。ナルも何年もこのやり取りしてるけど、飽きないのかな。まあ、大抵はガン無視だけど。
、お茶いれてよ」
「はあ?」
綾子もつおい。っていうか、それは無いだろ、正直。
「部外者にあれこれ動き回られるのは困りますので、下の喫茶店に行かれてはいかがですか?」
ナルはうっすらと微笑んだ。綾子に言ってるんだろうけど、俺の胸にもその言葉はつきささる。
「みんな、お茶飲みたいんだったら外いこ?」
さん……」
俺がいうと傍に居たジョンが、気遣うようにこっちを見た。
いいのいいの、正論だから。
「ごめんねえナル、顔見にきただけだったんだ。元気そうでよかったよ、リンさんにもよろしくー」
へらっと笑ってジョンの腕をひいて外にでたら、真砂子もついてきた。
「ええんですか?お久しぶりにお会いするのに」
「顔見れたからいいよー別に。生存確認ってことで」
「ナルったら、相変わらず素っ気ない人」
つんとした真砂子ちゃんはドアの方をちょっぴり睨んでいた。ありがとうねえ。
あとからプリプリ怒ったぼーさんと綾子も出て来たけど、ドアの向こうで「が可哀相じゃねーか」「あんなにしゅんとさせて!」ってナルに文句を言ってきたのは丸聞こえです。ナルの声は静かだから反論までは聞こえなかったけど、多分ぼーさんも綾子も言い負かされたんだろうなあ。そして俺は別にしゅんとしてない……してないもんね。

あれから、やっぱりSPRのオフィスにいくのはなんだか気が引けて行ってない。安原さんに報告したら「災難でしたね〜」って言われたけど、あれって災難なの?通常運転だから……災難とは違うような気がする。まあ確かにご機嫌ナナメのときと同じ反応だけどさ。
そんなこんなで、三ヶ月くらい真面目に働いてそれなりに息抜きして、時々ナルとリンさん以外のみんなでご飯を食べたりした。ご飯のときにいつも言われるのは、オフィスにも遊びにきなってことで……なんで?皆には会えてるし、ナルも元気そうにやってるならいいんじゃない?まあ、顔見たくないわけじゃないんだけど、ばっさり拒絶されるんだったら半年に一回とか、イギリスに帰ることになったときに見送りとかで全然構わないんだけども。現に安原さんだってほとんど会ってないみたいだし。

「で、行ってみたんです?」

みんなとご飯を食べた一ヶ月後くらいに、安原さんと飲んでた俺は問われた。
「ウン。———なぜか、お茶を、淹れさせられたよね……」
安原さんは、ぷっと笑ったと思ったら、顔を隠して笑いを噛み殺してる。もっと笑えよ、俺の扱いにさあ。
そう、俺は行って来たのだ、ナルの所に。ナルはお菓子とか食べないから手土産も持たず、しかたないから手ブラで。リンさんが出迎えてくれて、普通にソファに通してくれたと思ったら丁度ナルも所長室から出て来てさ。無言で斜め向かいのソファに座って普通に資料を読み始めたんだよ。そしたら視線も合わさず「、お茶」って言い出した。え?リンさんと間違えてない?え?ってリンさんと顔を見合わせたら、リンさんは苦笑して資料室に戻って行った。部外者置いてけぼりですけど?
もう最低限音を立てないように席を立って、ナルにお茶を淹れてテーブルに出すしかなかったわけ。そして一口飲んだ後ふとこっちを見て、「来ていたのか」って言うだけ。アッハイって答えた俺に、ナルは黙って、また資料に目を戻した。それから十分くらい無言だったから「帰るね」って言ったら「ああ」って返事されて……。
そのことを説明してたら、安原さんは涙を浮かべる程にけらけら笑っていた。楽しそうで何よりです。
「ナルは俺の事を白昼夢かなにかかと思ってるのかな?」
「それはないでしょう、あの渋谷さんが」
いやでもね、ナルって何かに没頭してる時はまわり見てないこともあるって森さん言ってたからね。壁にぶつかったのを人だと勘違いして謝るエピソードは有名じゃん?資料よみながらかつてのバイトにお茶を頼むくらいあり得そうじゃない?
「まあ、チキンレース感覚で、また行ってみる」
「がんばってください」

あれから何度か顔を出してみたんだけど、会話を増やしてみても、ナルは普通に俺に応じた。
もしや初日のあれの方が俺のみていた白昼夢?
でも、綾子とかぼーさんとかと一緒に行って俺がお茶を出していると、不機嫌そうに喫茶店じゃないって怒る。まあ、あれだな、…俺も思うよ。
チキチキ!ナルとの雑談レース!を二〜三ヶ月に一回くらいこなしてたらあっという間に一年経ってて、ナルは依頼を四件くらいしか受けてなかった。多い方だよね、これでも。一度イギリスに帰っての調査もあったから日本での依頼件数が少ないのも頷けるんだけどさ。むしろね、いつまで日本にいるんだろうな〜って感じ。支部を作ったからには、支部自体は長く存在すると思う。研究次第ってのもあるだろうけど。……そんで、所長というからには、その支部に居るだろうさ。でも、ほら、世界のオリヴァーちゃんでしょ?ちっちゃな島国に居ていいの?
あ〜でも研究者ってそんなもんなの?遺跡発掘並に長くいる?よくわかんないけど。
俺はまさか、こんなに長く居るとは思ってなかったよ。むしろ俺が大学在学中くらいには帰るんじゃないかなって思ってたもん。
日本の心霊現象も奥が深いってことですなあ。


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復活成功 もう1曲遊べるドン!
辞めたと思いきや、なんだかんだオフィスに顔を出す主人公です。
落として上げる、そんな関係。……上げたら落とさないとな(意味深)
June 2015

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