I am.


Eve. 01



いつも飲んでる薬を忘れて調査に来てしまった。
眠れないんじゃないかと不安に思ってる時点で、眠れないことが決定している。
丁度いいからと調査中に休まず仕事をしていたら、ナルにいい加減寝てこいとベースを追い出されて、とぼとぼ寝室へ行った。
ドアを開けると、先に仮眠をとってるリンさんの頭が見えた。
掛けてある毛布をぺろっと剥がすと、シャツの背中とうなじ、後頭部が見える。
「───、」
もぞもぞと入り込み、その背中にくっついた。
若干毛布が足りなくて背中が寒いけど、身体を丸めて暗闇の中に逃げ込む。


けして寝心地のいい場所ではなかった。固いし、狭いし。でも暗くて、あったかくて、安心する場所だ。
ふいに、くっついてた背中がわずかに動いて、後ろに倒れてきてちょっと潰される。
だが本人も何かを潰したことが分かったみたいで、すぐに動きを止めてその場で身体を浮かせてこっちを向いた。
「谷山さん……?」
ぼんやりした意識で、潰してもよかったのに、と考えながらリンさんの戸惑う声を聞く。
「ねむい」
「どうしてこんなところで」
人が良いリンさんは、自分の身体を起こしながらも俺の身体に毛布を掛けてくれた。
途切れない眠気の怠さに、あーと呻いて、顔をぐちゃっと揉みこむ。
「……何分眠れたんだろ……」
段々と、妙に頭がすっきりしはじめて、着けたままの腕時計を見た。
「───は、二時間も眠ってた?」
眠るのに苦労もせず、短時間で起きもせず、二時間と言えど丸々深い眠りについていた。
いまだによくわからないでいるリンさんを見て、その驚きを共有しようとする。
「なんでだ、薬もないのに」
「薬……?」
「睡眠導入剤」
起き上がって、頭をぱたぱたと叩いてついてたかもしれない寝ぐせを飛ばす。
硬い簡易ベッドの下を見れば、無造作に脱ぎ捨てたっぽいスリッパがあった。足を伸ばして片方ずつ履き、立ち上がろうとすると腕を掴まれた。
「睡眠導入剤を服用してるのですか?」
「してないんだって」
「通常の話です」
「うん、そう。最近上手く眠れなくて。処方してもらってるんだけど調査に持ってくるの忘れたんだわ」
隠してるわけでもないので、ついでとばかりに報告しておく。
ないとは思うけど、俺の体調が変化した時に飲んでる薬があるって知ってたほうがいいのかもしれない。
「調査中の居眠り常習犯の俺には似合わないけど」
「それは別物ですから」
いい加減手を離してくれないかな、とリンさんに握られた腕を一瞥する。
俺が居眠りをするのは、トランス状態であり情報収集の一環とみなされてるのかもしれない。
「とにかく楽に眠れてちょっと気分いいや。ありがとね」
「はい…………」
もの言いたげに見つめられたが、俺はリンさんの追究を逃れるように部屋を出ていった。
戻ったらナルにちゃんと寝たのかと睨まれたけど。


その後、もしかしたら普通に眠れるのでは?と夜に布団に入った俺は撃沈していた。
外の大通りで走り抜けていったバイクの音も、風の音も、時計の秒針も、なにもかも落ち着かない。
不快というわけではないんだけど、意識したら耳につく、というのかな。
「……、」
静かにドアが開く音がして、誰かが部屋に来たと感じた。
ナルもリンさんも夜番しているから、どっちかが用があってきたんだろう。
足音を最低限にして歩いてくる。どちらもドタバタ歩く人じゃないので区別はつかない。
廊下の電気すらないので、見えはしないが布団から顔を向ける。
思いのほか近くに、黒い影があった。
───目が、あった気がする。
手が伸びてきて、俺の額に触れた。
それから掌をそっとかざす。睫毛や瞼を掠って頬を軽く撫でたので、俺の顔を確認してるんだと思う。
「なに」
「……起こしましたか」
「ねてない……」
触れられる前に誰だかわかってたけど、手を掴みヒソヒソ話をしながら、リンさんであることを理解した。
昼に俺が眠れないって話をしたから、心配したのかも。
どうせ眠れないので、起きて布団から出る。リンさんは俺が部屋を出る後を見守るようにしてついてきた。
「気晴らしに水飲んでくるだけだよ」
「お茶ならベースにありますが」
「微々たる差だよ~」
ベースにポットがあるけど、わざわざナルの顔まで見に行くことはないだろう。
逆に目が冴えそうだし、温かい飲み物を飲んだからと言って眠たくなるほど単純でもない。

薄暗いリビングに入り、繋がるキッチンの台に置かれているグラスを手に取る。これは依頼人である家主から自由に使って良いと言われているものだ。
水道もそうなので、グラスに水を入れてリビングのソファにすわった。
その間もリンさんがついてきているので、水を飲むのかと聞いて、遠回しについてこなくていいと伝える。けど、言葉通り水を断るだけで、そっとソファの隣にすわった。
また、ここにも時計がある。秒針の音がして、ソファに足を乗せる俺の布擦れの音、グラスに歯が当たった音が聞こえる。
水を飲んだ喉がひりついて、やけになって最後まで飲み干した。
「んえ。たまに水道水ってまずい時ある」
ちょっと笑いながら、正面にあるテーブルにグラスを置く。
そして、隣に座ったリンさんにふざけてもたれかかった。
「ベースに戻らなくていいの」
「……少しくらいなら」
「心配してくれてる?」
「そうですね」
どういう顔して言ってるんだろう。見たいけど見る気も起きず、薄暗い部屋の中で自分の立てた膝や目に入るリンさんの足を眺めた。
「さすがにそのうち眠ると思うし……明日はナルに頼んで、寝かしつけてもらおうかな」
リンさんの返事があったかなかったか、よくわからない。
話しながら何も考えてなんかなくて、目についたリンさんの足の間に自分の踵を滑り込ませた。
膝の裏に太ももの感触がして、腕に縋りつく。
ほう……と息をついたきり、俺はリンさんに身を任せた。
「谷山さん……?」
控えめに問いかけ、身体を揺さぶるリンさんの腕の中で首を横に振った。
このまま寝かせてくれ、という気持ちでいっぱいで、とんでもなくわがままな振る舞いだ。
あきれたのか、あきらめたのか、リンさんが深く息を吐いて力を抜く。

ナルには怒られてしまうかも、見られたくないな、風邪ひいたらどうしよう、ちょっと寒い。
そんな不安もよそに、身体を抱き上げられて腰に乗せられたのを感じて、リンさんの首筋に頭を預けて更に深い眠りに落ちた。



───心地よい目覚めで朝を迎えた。
布団に戻っているということは、運んでくれたんだと思う。
抱き上げられたあとからの記憶があいまいだが、あの動きはそういう意味だったわけだ。
ベースに顔を出せばナルとリンさんがいつも通りな顔をして待機してて、昨晩はなにも起こらなかったということだけを知らされた。
は、一度リンと家に帰って薬を持ってこい」
「へ」
昨晩リンさんに余計な力仕事をさせたことがバレていないようだ、と安堵しかけたところでナルからの指示を聞き固まる。
「リンさん、昨日のこと報告した……?」
「薬の服用と症状については」
二度もへばりついて寝落ちした、という事実は伏せてくれてるようだ。よかった。
「あいにく、僕は睡眠障害の専門家ではないので力にはなれませんから」
「うぅ、冗談だったのに」
それは言ったのかよ……とリンさんを恨めしく見たらすいっと顔を逸らされる。
本当にあてにしてたわけじゃなくて、言葉の綾だったんだ……。

結局俺はナルの言う通りに、リンさんに車を出してもらって家に帰ることにした。
依頼人宅には入れ違いでぼーさんが来たので丁度いいだろう。
二人きりの車内で、俺はリンさんにくっついて眠ったことと色々と手間をかけたことを謝ったし、リンさんは俺の個人的な事をナルに話したことを謝った。
いや、話したこと自体は全然かまわないんだが、意外だったのはナルの言ってた言葉の方だ。
「……リンさんは、俺が本当にナルに寝かしつけてもらうと思った?」
「───あれは、」
おどけて言うと、リンさんは口ごもる。
律義で真面目だから、俺の冗談はわかりにくかっただろうか。
いや、普段の行いを省みて、やりそうだと思われたかも。
「ナルより、リンさんに添い寝してもらった方が確実に眠れるだろうな」
「試してみますか?」
「───はは、これも冗談。薬だけとってくるから、待ってて」
そんな風に聞き返されると思わず、慌てて笑った。 丁度良くアパートの前に着いたのでこれ幸いとばかりに車からおり、逃げるように家に飛び込んだ。
とはいえ薬をもってまた、あの車に戻らなければならないので、どんな顔をしたらいいのかと項垂れた。

なんなんだ、もう、リンさんめ。



next.

リンさんのお誕生日記念(と称して間に合わなかった)話です。
今までさんざんリンさんへの愛を叫んでるんですけど、多分この主人公でちゃんとリンさん相手で書いたことはなかった……。
いわゆる不眠症ネタですが、優しい目でみてください。
Jan. 2023

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