I am.


Eve. 02


依頼人宅へ戻ると、立て続けに色々なことが起こり結局薬を飲んで寝る暇もないまま翌朝を迎えた。
ナルは調べることがあるといって出ていったので、俺たちはしばらく沈黙して顔を見合わせる。
「とりあえずリンは一回寝てこいさ。俺たちが機材見とくから」
「おやすみー」
確かにリンさんは二日くらい徹夜な気がする。それはナルもなんだけど、出ていったのでもう知らん。
俺とぼーさんは丸一日ってとこなので、もちろんリンさんが優先されるのに異論はない。
「……では、少し仮眠をとってきます」
躊躇いがちに俺とぼーさんを交互にみたリンさんは、やがて立ち上がる。
ひらひら手を振ると、会釈して部屋を出ていった。


暫くカメラの番をしてたけど、夕方から夜にかけての怒涛の出来事が嘘みたいに日中は静かで、やることは特にない。
だからって無謀にも除霊を試みて失敗したり悪化したらナルになんて言われるか。
も、眠くなったらここで寝ててもいいぞ。なんかあったら起こすから」
「あー……そうする」
薬を飲んだら強制的に深く眠ってしまうから、部屋の端で横になって目を瞑ってるだけにしよう。
ついでに夢も見れたらラッキーだ。
そう思って座布団を手に立ち上がった俺をみて、ぼーさんは自分の膝を叩く。
「なに、枕してくれるってこと?」
「お買い得よ~」
「カタそう」
勧められるがまま、足に頭を乗せると楽しそうに髪をかき混ぜられた。
その後髪を耳にかけ、頬を軽く引っ張ったり、額をぺちぺち叩いたりしてくる。
「眠らす気ある!?」
「悪い悪い、あんまり素直だから」
がばっと起き上がってぼーさんに悪態をつく。
どうせ眠れやしないと思ってたが、だからって休んでるときにちょっかいかけてくんなや。
「ぼーさんの寝かしつけを期待した俺が馬鹿だった」
「よっしゃ、歌でもうたっちゃる」
「うるさ~い、いらね~よ」
もう一度、あんまり寝心地の良くない硬い枕に頭を預ける。
やっぱり人と寝るのが効果的ってわけじゃないんだろうな、と内心で納得した。

静かに息をひそめて、ただ目を瞑った。
眠りたいのに眠れないというのは、どうしても心に負荷がかかるから、期待なんてしない。
最低でも疲れたら勝手に眠るし。

ぼーさんは電話で誰か───多分ナル───と話したり、身じろぐので当然俺は眠ることなく、ただされるがままになっている。
たまに手慰みで頭を撫でてくるけど今度こそ邪魔ってほどでもない。
段々と頭を乗せたこめかみがじわじわと痺れてきて、仰向けか逆向きで寝返りを打つか、いっそ枕を変えるかと逡巡する。
同じく足が痺れてきたみたいなぼーさんは、俺の頬に手を差し入れ、肩を押す。
「……、」
「お」
半ば強制的に仰向けになった俺と、ぼーさんはばっちり目が合う。
「起こしたか?」
「……起きようと思ってた」
寝転がった俺は後頭部をごろごろさせて足を労うフリして悪戯をした。
痺れてたらしんどいだろうと思って。
「あいてててて、おま、お前~~!!」
「あっははははは痺れた?───、」
その時ベースのドアが開き、リンさんが俺たちを見下ろした。
「ようリン、よく眠れたかい」
「はい」
俺の頭を両手で持ち上げて、足を投げ出し泣き笑いみたいな顔をしてたぼーさんは、その顔のまま仮眠から戻って来たリンさんに挨拶をしている。
シンプルなんだが素っ気ない返事をしながら、リンさんは自分の定位置に戻って座った。
「じゃあ次、ぼーさん寝てきたら」
「なんで、お前が行けよ」
「さっきちょっと眠れた。へーき」
「そうかあ……?」
ぼーさんにとっての俺って多分、どこでも軽く眠れる子なので、深く考えることなく部屋を出ていった。
戦力としても、いざという時はぼーさんとリンさんがきちんと起きていられた方がいいから、これは合理的な嘘だ。
「薬は飲んだんですか?」
「飲んでない」
「なぜです?」
「何かあったら起きないとだし。そのうち俺にも順番回ってくるでしょ?眠れてないの、ぼーさんには内緒にして」
「……眠れなかったんですね」
「うん。いやリンさんの時みたいにはいかないわー……ははは」
渇いた笑いを零し、後頭部を掻く。
これではリンさんに妙なプレッシャーをかけるようで、言うんじゃなかったとすぐに後悔した。
「今晩、眠れるとは限りませんよ」
しかしリンさんはそんな俺の物言いもなんのその、しれっと恐ろしいことを言った。
確かに今日の夜も、眠れない可能性があった。
「あー……いやでも、ナルが調べものから帰ってきたら……うーん?」
「ですから今ここで、眠ってください」
口元を押さえてぶつぶつ呟く俺の手を取られた。
「肩をかします。それとも膝?」
反対の肩を抱き寄せられて、ぐっとリンさんとの距離が縮まった。
「は、いや、あれは……冗談だから」
「───本当に?」
自分で何度も口にしたくせに、認める気はなかった。リンさんとなら眠れるなんて。
「滝川さんでは眠れなかった。やはり次はナルに頼んでみますか?その前に、私を試してみるべきではありませんか」
俺の気持ちを見透かして、咎めるようなリンさんの目。
肩にあった手が、背中辿り腰を掴んだ。
「わかった。でも、薬はのまして」
「……」
リンさんの身体を押し返して懇願した。
忘れてたくせにと言いたいだろうが、本来自分の判断で辞める薬じゃないのだ。
服用はここ数カ月の出来事で、調査も数カ月に一度しかないからうまく付き合い方を模索できていなかった俺の至らなさが浮き彫りになる。
「俺、二、三時間起きられなくても平気?」
「私は一人で平気です」
そういうだろうとは思っていて、苦笑してベースから薬をもって出た。
キッチンで水をもらって服用し、またベースに戻ってくるとリンさんが少しだけ振り向く。
「寝室の方が眠れるなら、そちらでも」
「?ここで寝ろって」
「……薬を飲まないならという話です」
「ああそっか。寝てくる」
噛み合わないというか、判断を誤ったなと思いながらベースを出る。
リンさんが俺に寝ろと言ったのは薬を飲まないなら寝かしつけるって意味だったんだろう。でも俺はあのちょっと強引な感じのリンさんを前に眠れる自信はなかったし、もし万が一それで眠れてしまった場合の自分が恐ろしくて、薬の存在に逃げた。
結局こうなるなら、もっと早く薬を飲んでベースででも眠っておくべきだったか……。

「どうした……?」
「リンさんが俺も寝てこいって」
「あ、そー」
寝室ではぼーさんが寝てたけど、俺の入室に気が付いてちょっと起きた。
リンさんも大概一人で良いタイプなので、ぼーさんは納得して寝直す。
途中で人が出入りしようが、傍に布団を敷いていようが、こんな特殊な仕事をしていると休憩をとるのもうまいらしい。
静かで深い呼吸に戻った寝息を聞きながら、俺は薬によって引き起こされる眠気を待ち、耐えていた。
ところが一向にその眠気はやってこず、頭の中を駆け巡るのはさっきまでのリンさんのやりとりばかり。

ああもう、ぜんぶ、リンさんのせい。



next.

噛み合ってないふたり。
ぼーさんといちゃついてしまったかもしれないけど、割と通常運転のつもり。
Jan. 2023

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