Fire. 02
たまたまよく練習に場所を貸してくれるライブハウスに行ったら、これから霊能者くるから今日は休みにしたんだーと言われた。帰った方がいいかしらと思ったが、来るまでは練習していいそうだ。ていうか霊能者がくるってことは霊が出る可能性があるってことで、そんなところで練習したいというのは狂気の沙汰じゃね?───スタッフの平尾っちにはそう指摘された。
大丈夫、今までも練習中、霊がいるの知ってたから。
それ言ったらドン引き待った無しなので言わなかった。
実は日常で、これから霊能者くるんだってパターン何度かあったけど、やって来た霊能者が知り合いである確率が高いんだ。
音楽関係だと特にノリくん。
そして見事に、今日も今日とてノリくんだった。
ノリくんに引き留められて手伝うことになったのは、これが初めてではない。顔見知りの霊能者にあったが最後、なんだかんだ付き合ってしまうのである。
ここのライブハウスの霊はバンドマン風の兄ちゃんだ。赤い髪の毛が特徴的。一方的に顔見知りっていうか、長いこと見かけてたので気になってたのが正直な話だ。
今まであんまり触れようと思ってこなかったが、これも良い機会だろう。
赤毛の兄ちゃんの正体はシュンさんというヴォーカル兼ギタリストだった。
ここでライブをする日、来る途中で事故に遭い亡くなったそうだ。
俺とジーンの見解だとライブをできなかったことが無念。おそらく命を落としたことに気づいておらず、なぜライブハウスに来ても自分の演奏順が回ってこないのかもわかっていない。
歌いたかったんだなっていう気持ちがとてもよくわかる。ノリくんも俺も、依頼人であるマネージャー金巻さんも音楽に熱を注いでいる男なので、深く深く頷きあった。
憑依されながら歌うっていうのはあんまりなくて、ちょっと不思議な気分だ。これが本当のセッション……いやちがう。
俺の肉体なので声を出すときの勝手は違うだろうし、シュンさんも本当に満足できるとは限らない。
「サンキュー」
やりきった時俺の身体はそう言った。
俺の言葉だったのかシュンさんの言葉だったのか、どっちなのかわからないけど、シュンさんが満足してくれてたらいいなと思う。
正直憑依されるのは慣れていなかったので、どっと疲れてほぼ眠っていた。
たぶんノリくんは念のため祈祷したし、俺の身体でシュンさんが満足してなくても、もういないだろう。
ふいに意識が浮上した時、ノリくんが姉ちゃんに電話をしてるっぽい声がした。
俺はライブハウスの控え室のソファに寝かされていて、ノリくんのコートかなんかを丸めて枕にしてる。本人は俺の頭上に座って、電話をしながら手持ち無沙汰だったのか、俺の髪の毛を繰り返し梳いていた。
ぼんやり目を覚まして身じろぎをしても、ノリくんの手は離れていかない。起きてようが起きてなかろうがお構い無しである。
「ん、チェーンかけちまえよ〜おやすみ」
「あー……」
ちょっとちょっと!と思って声を上げると、ノリくんがこっちを見た。
けど、姉ちゃんにやっぱなしと告げずに電話を切ってしまう。
現在俺と姉ちゃんが住んでる部屋はぼろっちいアパートの一部屋である。下宿していた時は誰かしら人が家にいたけれど、今となってはふたりぼっちなのでそれなりに防犯意識は高めてる。特に帰れない時はチェーンかけろと姉ちゃんに電話をしてるので、ノリくんも気を利かせてくれたのだろう。
「帰れないじゃーん」
「うち泊まれ」
それならいっか……と、重たくなった瞼を再び閉じる。
ノリくんの指が髪の毛じゃなくて肌に触れて、瞼とか頬をするりと滑っていった。
二度寝の後24時間営業のファミレスでご飯食べて、コンビニで朝ご飯と下着買って、ノリくんちに行った。シャワーを浴びた後祝杯とかいってビール飲んでるノリくんに、俺は缶ジュースを軽く叩きつけた覚えがある。
ぼんやり目を覚まして時計を見ると朝10時だった。
学校は完全に遅刻だな。というか、そもそも今日無理だなって昨日の時点で思ってた。
顔洗った後に行ったキッチンでは勝手にコーヒーをいれる準備をする。
ソファでノリくんがすやすやしてた。
「どうしよ。のむかなあ」
電気ケトルに水をザーっと入れて、蓋を閉める。
独り言のようでいて、そばにいるジーンに何気ない相談を呟く。
「俺のも〜」
「うーい」
電源プレートに設置してスイッチを押した途端に、へろへろの声が聞こえてきた。
俺の作業してる音か、声が届いてたみたい。
「おはよーさん、眠れたかあ」
「おはよー。スッキリ」
「そりゃよかった」
ノリくんは起き出して、洗面所の方へ向かった。
改めてケトルをセットして、お湯が沸くのを待ってる間にノリくんの分もコーヒーの準備した。
「やだ〜ノリくんキーボードもってんのウケるんですけど〜」
「ウケるってなによ〜」
ご飯食べたら帰ろうかなって思ったけどノリくん仕事ないらしいし、俺も学校行く気ないのでもう少しいることにした。
リビングの端っこに立てかけてあるキーボードを見つけ、ついつい笑った。別になんも面白くないけど、言葉のあや。
「弾けんの?」
「まあまあ。は?」
「触ったのはギターよりピアノのが早かったよ、学校にあったもんね」
「あ〜だよな」
弾く気はなかったのでキーボードのケースは開けないでそのままにした。
本棚には色々譜面とか、CDとか音楽雑誌があって、そっちをいじった方が楽しそう。
「昔から音楽が好きだったから、何かやりたくてしょうがなくて」
「へえ。歌はいつからやってたんだ?」
「気づいたら歌ってたなあ、だって一番身近で鳴らせるものじゃん?」
俺の答えにノリくんはふはっと笑う。
「前のバンドんとき、ヴォーカルじゃなかったんだろ?もったいねーな」
「よしくん上手いし人気あったからなあ、でもメンバーみんな、俺の歌すきって言って大事にしてくれた」
「ああ〜たしかに、上手かったよな」
「へ?」
俺は思わず、めくっていた古い音楽雑誌から顔を上げた。
前にバンドに入ってたことも、そりゃあ知ってるだろうけど、覚えてるっていう言葉に驚いた。
「あったことあんの?」
「何度か東京きてたろ?そん時見かけてたんだよ」
「じゃあ俺のことも誘ってくれた時にはもう知ってた?」
「おうとも」
まあ隠してたわけじゃないし、バンド名言ったらああって思い出してくれる人も多かった。
それに俺は一人だけちびっこいメンバーだったので特徴的かもしれない。
「お前んとこのベースくんと話す機会があって、一人チビがいたなって話したことあんだよ」
「へえ〜」
「最初は女の子だと思ってた、キーボードの子と同じくらいだったろ?」
「はいはい。そう見えるんだあ」
「実のところ中坊だって聞いて驚いたんだぜ」
でしょうね、と深く頷く。
俺だってまさか大学生バンドに入れてもらうことになるとは思ってなかった。
「つーか、だからネットに流したんだよな」
「そうそう。そういえばノリくんそっちはどこで知ったの?」
「いや普通に、話題になってて、仲間から動画のURLもらって」
正体に驚いてたから、そこはベースのしょうくんから教えて貰ったわけじゃないか。
「あの頃からギターの腕はモチロン、こっち来て歌までうまいって知って声かけたんだ。おまけにずっと前から歌のファンだった───すごくねえ?」
「すごいすごい」
くしゃりと笑ったノリくんに、俺は適当な態度で同意した。
「軽いやっちゃな〜。もうちょっと俺の感動わかってくんね?」
どうやらノリくんは奇跡というか運命というか、とっても喜んでくれてたらしいのだ。
その気持ちはもちろん俺も嬉しいが、見つけた側と見つかった側が同じトーンで感動するか?
「わかるよ?よく見つけたね?すごいね?」
「……が冷たい、俺はこんなに大好きなのに」
ひしっと抱きつきすりすりしてくる。
まったくもう、俺はワンちゃんじゃないんだがな。
髪の毛がぐしゃぐしゃになりながら、ははっと軽く笑ってノリくんをからかう準備をした。
「ノリくん、奇跡の出会いならもういっこしてんじゃん」
「は?」
「ナ・ル・ちゃん」
「そ、それは言わない約束でしょーが……」
だらりとうなだれたノリくんを覗き込む。結構本気で堪えていた。
俺に対しては真正面から、ストレートに口説いてくるくせに───バンドのヴォーカルに勧誘したいらしい、いまだに───デイヴィス博士についてはずっと尊敬していることをご本人には言えないのである。
まあ年下を可愛がりがちなノリくんには、俺への好意とナルへの敬意じゃ、後者は公言しづらいものがあるだろう。
「ごめんごめん、俺も好きだよノリくん」
頭を頭をぽんぽんしたら、いろいろ恥ずかしかったのかうーっと呻くような返事をよこした。
next.
ぼーさんはかなり前から主人公のことは見かけてたし、知っていました。
中坊だったころはさすがにちょっと目に止める程度で、こっち来て見かけてすぐ本人だって気づいて、それから声をかける機会を伺っていて。
ギター上達してるし歌声聞いてますますって思ってようやく声をかけました。そして勧誘してたら麻衣ちゃんの弟だし大ファン()だった幻のヴォーカルで、ふえぇ運命。。。
April 2019