I am.


Fire. 03

(滝川視点)
ライブの後とか、仕事のあととか、バイトの後とか、気づけばがうちにいる。
前二つは会ったからそのままなんとなくうちに直行っていうのもわかるんだが、がバイトした後にうちに来るのは俺が合鍵を渡したからだった。つまり、同意の上ではあるのだが。
「おまえ、うちに来すぎじゃねえ?」
ベッドを背もたれに、フローリングに直座りしてギターを抱えているを見た俺は、ついぽろっと本音をこぼした。そして本音ではあるが、咎めているつもりはない。
「えーだって、ノリくんちの方が音出せんだもん」
「まあおまえんちの薄壁アパートよかマシだけどな」
「おい姉ちゃんに謝れ」
「なんでだよ」
は譜面に何かを書き込みながら笑った。
「つったってな、俺んちだって完全な防音じゃねーぞ」
「俺、うるさい?苦情きた?」
「ねーけど」
「ダメならもうギター持って来ないよ……」
そう心配そうに、来ないと言われると今度は俺が慌てる。
「そう寂しいこと言いなさんな」
「ギター持って来ないだけで俺はくるけどな」
「じゃ、いいか───いや、ギターも持ってこい」
「ほんとすきだねえ」
すきだよ、すきすき。
は楽しそうに俺を見ていた。
俺が過去どれくらいからを知っていたのか、どんだけ歌声が好きだったのか、出会えて、正体を知れていかに嬉しいか、日々語り続けて来たので本人も自信ありげというか、慣れた様子だ。
でもそれだけじゃないんだぜ、全然伝わってない。

「こんなにうち来てていいのかって話だよ」
「あ、姉ちゃんが今度ぼーさんにあったらひっぱたくって言ってたな」
「ほれみろ!よくねえ」
「冗談」
麻衣とは二人きりの家族だし、ずっと苦労を共にして来た弟が人んちに行きっぱなしじゃあ寂しいだろう。防犯意識は高く、毎晩帰らない日は電話で連絡入れてるようだからいいが、それだけの問題じゃない。
「でもこの前、麻衣ちゃんに睨まれたけど?」
「それはきっと、金曜ロードショーをノリくんと観たからですな」
「は?なんだそりゃ?」
麻衣のバイト先であり俺と同業ってことになる渋谷サイキックリサーチのオフィスには割と頻繁に顔を出し、麻衣ともよくあってるがその度に、のことが何かしら話題に上る。俺からいうこともあるが、だいたい麻衣が話題にしていた。そして大概小言をもらう。
「姉ちゃんは金曜ロードショーを一人で観ると寂しくなっちゃうのだ」
「わかってんなら帰ってやれよ」
「はははっあの日は疲れててな……ノリくんちに来るので精一杯。もう一歩も動きたくなかった」
喜んでいいのか、よくないのか。
譜面を床から持ち上げ、掲げながら見てるの横顔を眺める。少し何かを口ずさむような、考え込むような、尖らせた唇の動きが面白い。
このいい加減でノーテンキな男に一喜一憂しているのは俺だけだろう。いや、さっきの口ぶりからすると麻衣もか。


「ぼーさん!まったまった!」
そんな話があった週の金曜日、オフィスに顔を出した俺は帰り際に慌てて呼び止められた。
「なになに、今日はくん絶対家に帰すって」
「へ?あはは、から聞いたの?そうじゃなくて、今日はきたら泊めてあげて」
「なんでよ」
勢いよく突っ込んで来たもんで、弁解するように先回りして言ったが麻衣はきょとんとしてから笑った。
が言っていた話はあながち間違いではないらしい。本当に金曜ロードショー一人では観たくないんだな。
「あたし今晩から、タカと千秋先輩と京都行くんだもんね」
「え?あーそうだっけか」
「気をつけて行って来なさいよー」
綾子がよくわからなそうに首を傾げていたが、金曜の夜出発して日曜日に帰って来るっていう女子三人の旅行については知っていたようで会話に入って来た。
「でもなんでをぼーさんちに泊めるって話になるのよ、そもそもしょっちゅう泊まってるんでしょ」
綾子は俺がを頻繁に連れ込んでるのをしたり顔で指摘する。
麻衣がブーブーいうからもあるけど、うっかりを可愛がってることを漏らした所為もあるし、意外とと仲が良い安原がさらっと話題にすることもあるため、わりと筒抜けってやつだ。
って一人で金曜ロードショー観てると寂しくなっちゃうの」
「そろいもそろって……双子だなー」
「なぁに?それ」
えへっと笑った麻衣にの姿が重なる。
「金曜ロードショーの間のCM流れてる時って、なんか昔のこと思い出すっていうか」
どう伝えたら良いのか何を伝えたらいいのか、言葉をさがして考えながら説明しようとしている麻衣。
「観終わった時もね、なんかやけに静かじゃない?なんなんだろうね、あれって」
「よくわかんないわ、アタシには」
「うんまあ、俺もよくわからん」
結局よくわからなくて、理解はできなかった。
それは誰にでもあるノスタルジックでもあり、二人にしかない思い出だと思う。
「時代が違うのかなあ、二人は」
わからなくて同じ想いには浸れなくても、そのことを知った俺たちができることはひとつだけある。
麻衣の言葉に反応して騒ぐ、年齢に敏感なお姉さんをよそに、すっかりそういうのはよくなった俺はとっととを迎えに行ってやろうと心に決めた。


先週は興味があったしなんとなくソファに座って観ていたが、今日のは特に興味がないのでテレビをつけたままにしといた。風呂にはいったり、明日の仕事の準備をしてたが、麻衣の話が本当なら、CM中に寂しくなるのだろうか。そう思ってフローリングに寝そべってるのそばに腰をおろしてみた。
「あれ、めずらし」
「なんだよ」
はわざわざ軽く起き上がった。
「ノリくんアニメだと来ないじゃん……って今CMだけど」
「まーな」
すっかり俺の好みは把握されていたらしい。
「つーかソファ座れば?痛くねーの」
「うーんこの痛みもまた、怠惰にテレビをみてる感じというか……実家を思い出すなあ」
「実家」
「畳だったけど」
は起き上がったはいいものの、結局俺の太ももを枕にして寝転がった。
「1時間以上座ってるのってダルくて、寝そべって、薄っぺらい座布団を枕にしたり、胸にしいて頬杖ついたり……結局体が凝り固まるっていう。今日の枕はかてーな」
「どかすぞ」
「やだやだあ」
俺の膝を不満そうに叩いたので、少し意地悪してずらすと頭を振り回して嫌がった。
そして映像が始まると途端に黙る。
どくにどけなくなったが、まあいいか。生乾きの髪の毛をそろそろと梳いて、ゆっくり水を飲み干した。

「───お前途中で寝んのかよ、オーイ」
何度目かのCMから、は寝落ちていた。
ひたいをもんだり、鼻の頭をくすぐったり、唇ひっぱったり弾いてみたが起きようとしない。
しまいにゃ構われて楽しそうにふへっと笑うので、存分に撫で回してやった。
懐かしいアニメ映画より今この瞬間のが面白い。
「起きてる時に甘えろよ……」
麻衣や本人の言葉から察するに多分、母親とか昔いた家のことを思い出して、家族に甘やかされてる気持ちで夢うつつなのだろう。
むにむにと頬をひっぱってみたら、薄い皮膚が伸びて、思っていたより厚みがないことに笑った。
そういえば輪郭も少しシャープになってきて、中性的だった顔立ちは少し男っぽくなったかもしれない。
「終わったぞ〜お布団いきな〜」
「はぁぃ」
完全に眠っていたわけでもないので、ぽんぽんと肩を叩いてから揺さぶり、終わったことを告げれば目をこすって起き出す。
「うわーまじか、寝てたよ」
「自覚ねーの」
「ちょっとのつもりだったのに、……40分くらい寝たかな?」
「だな」
肩が痛い……といいながら起きたは、体をあちこちさすってる。
「ああでも、ノリくんいてよかった。一人だったらぜったいこのまま朝まで動かなかった気がする」
「んなことしたら風邪引くぞ」
「気をつけまあす」
そういって立ち上がったはなぜか寝室ではなくキッチンへ行って、インスタントコーヒーを入れる準備をした。思わずコーヒー?と問いかける。
「喉乾いた〜」
「だからってコーヒーはやめとけって。牛乳のめ牛乳」
「ノリくんちの冷蔵庫に牛乳なんかあんのかよ〜、今まで出くわしたこと……うわある!なんで?」
を長らく膝に乗せていたせいで痺れていた俺はしばらく動くに動けず、上半身だけなんとかキッチンに向けて抗議した。
しゃがみこんで冷蔵庫を開けたが若干引いた顔をしてる。俺は確かに普段牛乳なんて買わないし、下手したら水と調味料と酒しかない時だってあるが、近頃がよく来るので飲み物を多めに買い込んだり、酒のつまみついでにの好きなものを買ってみたりしている。
に飲ませようと思って買った」
「なんで」
「大きくおなんなさい」
出会った時には麻衣よりちょっと大きいくらいで、並んだらまるで女同士の双子といっても過言ではなかったはもう、ナルと並びそうなくらいに育っていたので、俺の発言に異議ありとの声をあげた。
それでも素直に、パック牛乳を取り出してストローさして吸っていた。



next.

ぼーさんちの冷蔵庫に牛乳あったら面白いなと思って書きました。
私は金ロ観ててCMに入ると音がでかくなるのなんでなんって思います。いや金ロに限らないかもしれませんけど。
あとサンゲツのカーテンのCMがずっと印象に残ってます。今はもうスポンサーじゃないんだっけな。
April 2019

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