I am.


Fire. 04

自分の演奏が終わるとさっさと店から出る。まとわりつく匂いを振り切るような感覚だった。
店内は熱気に満ちていて、外は驚くほど寒かった。吹いた風ひとつで体が縮こまり、持っていたものを奪い取られて行くみたい。

一瞬で冷えた手を握ったりさすったりしながら足早に歩き、家に帰る途中にあるコンビニに入った。
色々とエネルギーを使ったので、何かを腹に入れたい気分だ。肉まんとか揚げ物にするか、惣菜買うか、おにぎりもいいなあ、カップ麺……ならいっそラーメン屋に入るのもあり……。
空腹状態ではあったけどそこまで焦る必要もなく、あったかい店内を巡回していると俺の尻ポッケがバイブで震えた。
反射的に携帯電話を取ると、さっき参加してたバンドのメンバーからお礼と、後日する予定の打ち上げの連絡。そしてそれよりも前に姉ちゃんからも入ってた。あれれ気づかなかった。
今しがた着たメッセージは通知と同時に内容が見られるようになってるけど、姉ちゃんの連絡はアプリを開かないと見られない。
カップ麺の棚の前で立ち止まった。

姉ちゃんは昨日から渋谷サイキックリサーチの仕事で調査に行っている。
結構な確率で俺も呼ばれるようになったけど、今回はライブの予定が入ってたのでごめんなさいした。
けれど離れてても何か夢を見たりするし、終わり次第合流してくれとナルに言われてることもあって、姉ちゃんは俺に調査の進捗やら小話やらを送ってきているわけだった。
さっきライブ終わったから、明日の朝合流できるようにしとく、っと……。
心霊現象ってのは夜遅くに起こることが多いんで、きっとまだ姉ちゃんは起きて動き回ってるだろうけど、最後におやすみっと付け足した。
そして送ったと同時にバイブが鳴り画面の上に通知が出たが、姉ちゃんではなくノリくんだった。
よくあることで、今回もノリくんはナルに召集されて先に行っている。

朝食べるパンと、今から食べる弁当を持ってレジに並んで、OKの返事を打った。
ノリくんは明日一度うちに帰って来て俺を乗っけてくれるらしい。なので俺はノリくんちに泊まることになる。元々そのつもりでノリくんの家の近くのコンビニに入ったけど。
お弁当温めますか?という店員に頷き、その流れで番号を告げると電子レンジの方へ行った体が振り向かずに慣れた手つきでタバコをとってくれた。
この辺のこの時間帯のコンビニ店員はいちいち客の顔を見ない。

翌日迎えにきたノリくんに起こされて目を覚ます。
「わあ早起き〜」
「お前がお寝坊さんなの。見てねーな?」
寝ぼけ眼でノリくんを見上げると、携帯をつんつんと指さされたので視線を下ろす。
あやや、何件もメッセージ入ってた。今から出るから40分くらいでつく、とか。朝ごはん買ってくか?とか。
「ごめんごめん」
「まあそんなこったろーと思ってたが。ゲ、飯かってあんじゃん」
「ノリくんが買ってきた方たべるー」
俺は昨日買った冷えたパンよりも、ほかほかのファーストフードに飛びついた。
「やっぱ車で食えーこれ以上遅れてったらナルが何言うか」
「ふわーい」
ハッシュドポテトだけ先にもぐもぐしてたらそう言われたので、慌てて包み紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱に投げた。
洗面所で顔洗って髪の毛直して戻ってくると、ノリくんは引き出しからぽいっとTシャツを投げてよこす。
「俺これやだあ」
出たよノリくんの変なTシャツシリーズ。
「わがまま言うんじゃありません!」
「こないだ置いてったシャツどこ?洗った?」
「あ?持って帰ってないなら洗って、どっかかかってんだろ」
ノリくんは俺が脱ぎ捨てた服を拾って洗面所の方へ行く。
Tシャツはしかたないので着て、その上に羽織るシャツは自分の、それからノリくんのパーカーを借りたので寒い思いはしないで済むはず。ちょっとでかいけど。
「ほれほれ、荷物は準備できてんのか?コンビニで買ったパンも持ってけ、どうせ小腹すくから」
「あーい」
ギター以外の荷物をそのまま持ったノリくんが、床に置いといたコンビニ袋を指差したので取りに行く。
「そだ、タバコかっといたよ、もうなくなりそうだったよね」
昨日買ったタバコも袋に入ってたので、掲げて指差した。
靴を履いて俺を待っていたノリくんはきょとんとしてから袋の中を覗き込み、途端に呆れた顔をした。
「なくなりそうだったのはお前のせいだし、もう開いてんじゃねーかよ」
「アハハ」
ノリくんは俺が時々タバコを拝借してることを黙認していたので、この時お互い初めてそのことを口に出した。


それから数日後、ギターを抱えてタバコをふかしている俺を見たノリくんは深いため息を吐いた。
「───お前、とうとう隠さなくなったな」
「んー?」
この度、ノリくんのバンドのあんまり上手ではないヴォーカルが、風邪を拗らせて肺炎になって入院した為、一週間後にあるライブの代役をすることになっている。
その関係で一緒に練習することが増えたので今はスタジオを借りていた。
「歌うんだから肺と喉大事にしろよ」
「ギターの練習してると、どうも、口さみしくて」
「じゃあギター弾きながら歌えば」
「そう言う問題じゃないんだなあ、ノリくんだってわかるだろ」
「まあなあ……」
ノリくんも練習中にちょこっと吸うだとか、コミュニケーションツールとして利用するだとか、そういうののためにタバコを持ってるので俺のことをとやかく言えない。
いや、俺は一応ヴォーカルもするし、未成年なので、吸っちゃダメだけど。
、今あんまり影響なくても、歳取ってくるとだんだん歌唱力落ちるからな、まじで」
「えーそうなんだ」
ノリくんのバンドのギタリスト、タカさんが苦笑しながら言った。こいつはヘビースモーカー。
俺は前も吸ってたけど、バンド辞めて歌うこともなくなったし、27歳までしか生きてなかったので痛感することはなかったなあ。
「ん〜ずっと歌うなら、辞めたほうがいいかもね」
「ずっと歌えよ、だから辞めなさい」
深く煙を吸い込み、そして吐く。濃く白い息で視界を曇らせた。
ノリくんはそんな俺からタバコを取り上げて、口をつけた。あ、まだまだ吸えんのに。
「でも、好きなんだよなあコレ」
取り上げられてもタバコの箱は俺が持っていたのでもう一本新しいのを出した。
「言ったそばからお前は……」
「最後にするから〜思い出を頂戴〜」
唇だけの力でタバコを挟み、んっと顎を突き出すと、ノリくんは手に持っていた喫いかけの火がついたタバコを口に含み、指で支えたそれはまっすぐ俺に伸ばした。
先端をくっつけて、二人で揃えて息を吸うと火が灯る。
実際には慣れたタバコの味しかしないけど、これがノリくんとのキスの味。
「ノリオ〜、言ったそばからはお前だぞ」
「だって!!!」
タカさんが指摘して笑うと、ノリくんはわっと顔を覆って泣き出す真似した。


ライブは大盛況のうちに幕を下ろした。そして入院していたヴォーカルはこれを機にバンドを抜けることになった。
初めてノリくんに声をかけられた時からそれとなく続いていた勧誘も、この度バンドメンバー全員から受けたが現在高校三年生の冬、春からはイギリスに留学することが決まっていたのでお断りをした。
語学留学ということで向こうの学校に通うけど、本来の目的はジーンをイギリスに連れて帰ることと、ナルに手を貸して欲しいと言われたことだ。
三年生になった春に打診されていて、姉ちゃんとも相談して行くことを決めていた。
ナルとリンさんも俺の卒業と同時にイギリスに帰り、向こうでしばらく生活したり、たまには日本に来て依頼を受けるらしい。ということでオフィス自体はなくならなず、ナルがいなくたってほかのSPRの人が駐在する。姉ちゃんは短大に通いながらバイトを続けられるそうだ。

姉ちゃんをひとりぼっちにするのはなんとなく気が引けたけど、みんなによろしく頼むと言ってまわったので自己満足はしている。
麻衣は本来ならもっとずっと早くから一人だったかもしれないし、俺の知ってる麻衣なら元気になんとかやれるだろう。寂しくない、平気、とは言わないが。
でも俺の姉ちゃんは俺の家族で、俺が一人にしたくないから。
すぐに駆けつけてやれるわけでもないし、ちょくちょく顔を見て姉ちゃんの言葉にしない感情を察することもできない。だから周りにいる人の協力が必要で、本人以外からも姉ちゃんがどういうふうに過ごしているのか聞く必要があるのだ。
タカちゃんと千秋先輩はいい友人みたいだし、真砂子と綾子は気にかけて、心配してくれるだろ。安原さんは姉ちゃんの異変に気づいてくれるし、俺にも一報くれるだろ。ノリくんとジョンはいるだけで頼りになるだろ。ウン、大丈夫。
「じゃーいってきまーす」
空港で姉ちゃんと、周囲の面々の顔をぐるりと見回して、へらっと笑った。



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ぼーさん喫煙描写はないけどまあ嗜む程度はしていそうじゃないですか。
それをちょくちょく悪い子が拝借してました。だめだと言いそうだけど、言わないぼーさん。でも吸っては欲しくないぼーさん。(シガレット)キスができるからってあっさり火を灯すぼーさん。
恋をする男、そして駄目な大人のぼーさん。。。
卒業後の進路はHope.でもちらっと出た通りイギリス留学です。でもHope.が大学卒業後なのに対して高校卒業後にしてみました。
April 2019

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