I am.


Hope. 04

修は滝川の車に乗らずに病院に残った。の母親は一度家に戻り、夕方頃に父親と一緒にまたに会いに来るそうだ。
先ほど少し動いただけでも息を切らしていたは、暫くベッドにぐったりと横になり目を瞑っていた。その間、修は何を言うでも無く待っている。
さすがに眠ることはなかったので、印の有無を確認することはできない。
おそらくナルに会っただけでは印は消えないはずだ。
手を伸ばして前髪をどけ、なだらかな額を指でなぞる。なに、と小さな声がしたあとの目が開いた。
「退院日はいつだって?」
「一応あさって」
その頃には解決しているだろうか。修は記憶をたどる。
麻衣の発言によっては早いうちに収拾がつきそうだが、それよりもが居た方が早く終わるのだろう。そのことでがナルと関わる機会が増えたら良いと修は思う。
しかし明後日には解決していそうだ。
「難しい顔してんね」
「ん?ああ、の今後が心配で」
「まだ間に合うだろ……頑張ればどっか……入れるんじゃないかな。出席日数はなあ……数えてないから分からん」
あ、だめ、考えたくない、と顔を覆ってしまった。
おそらく受験と卒業の話をしているのだろう。
「坂内と、いつの間に仲良くなってたの」
「なんだっけな、美術部のヨッシーが漫画持って来てたから、部室で一緒に読ましてもらってて顔見知りんなって」
「ふうん」
そういえばと気になった事を聞いてみた。は顔を覆う手をはなして、修の方を向いて腕を枕にする。
「僕はてっきり、坂内の呪詛を止めようとしてたのかと思ったよ」
「え……?」
腕枕から少しだけ頭を上げた。
無理をしないように肩に手を置いて宥めると、ゆっくりと元の位置に戻る。
「もうそんなとこまできてたっけ。……でも坂内が呪詛を広めた証拠は無いんだよ」
「そういえばそうだ」
まだ皆、蟲毒だということも、呪詛であることもわかっていないがは調査状況の詳細までは知らないため修の話に乗った。
ヲリキリ様の発信源は基本的に一年生か美術部員だと、調査の末に判明したが、だからといって坂内がやったという明確な証拠は無い。
「もしかしたら俺がやったかもしれないよ」
「あはは、だったなら間違った方法を流して、混乱させそうだけどね」
「頭イイなそれ」
指を差したと、顔を見合わせて笑った。

久々に家に帰って眠り、翌日学校へ行くと保健室の床が陥没し、天井が剥がれ落ちていた。
朝から話題になっており、教員達は生徒の沈静化と緊急会議で慌ただしい。
昼過ぎになってようやく教員の監視から開放されたのでベースへ行くと、ナルたち霊能者は撤退を命じられてしまっていた。
蟲毒であることが判明した為ナルが校長に交渉しに行っているが、結局ヲリキリ様が何であるかはわかっていない。
「そういや少年、友達の容態はどうだったんだい」
「ああ、明日退院できるそうですよ」
滝川が気分転換なのか話題を変えた。
「よかった!そういえばさ、本当に麻衣ちゃんって呼ばれちゃってあたしびっくりしちゃった」
「ああ、言ってましたね。蹴っ飛ばしても良かったんですよ」
「しないよお。皆の名前、教えておいたの?」
「いえ、教えてないですよ」
麻衣がにこにこと訊ねてくるが、修も同じ調子で答える。
に名前を教えるタイミングがなかったのもそうだが、知ってると思い込んでいたし、実際知っていたので修自身も特に気にしなかった。しかし皆はそうはいかない。一同がえっと固まっていることで、修はようやく思い至った。
の発言に慣れすぎるのもどうか、ということだ。
「あーいうやつなんです、は」
「ちょっと、それで済ませていいの?」
「いちいち気にしませんよ付き合い長いし。……ああそういえば」
まだなにかあるのか、と皆が身構える。修はまるでに言われた事のように話を繋げた。
伝えてくれと言われていたわけでもないし、話題にしたかどうかも危ういが、いつだったか、どこかでが言っていたことなので嘘ではない。
「ヲリキリ様の紙がどうとか、言ってたかな」
「ヲリキリ様の紙?まあたしかに、変わってたよね、呪文もヘンだし」
「そーなの?地域や地方でやりかたが違ったりするじゃない」
麻衣は修の発言を受けてひらめく。実際に呪文や紙を知らない綾子は首を傾げたし、紙を見てすぐに丸めて捨てた滝川はどんなだったか、と額を抑えていた。
「僕、覚えていますよ」
「ほー、ちょっと書いてみてくれよ」
修はリンに聞こえるように、声に出しながら裏紙に呪符を書いた。
「これで、最後に鬼の字で囲います」
滝川は途中で、梵字を目にして驚き息を詰めたがそれ以外の面々はリンが急に立ち上がるまで訳が分からないといった様子で眺めていた。
「鬼?……見せていただけますか?」
「はい、これです」
「———ヲリキリ様といっていましたね、それは呪文から来ているのではありませんか?」
リンが口に出す呪文は、修の記憶と相違ない。
神社に埋めることまで明確にすると、ヲリキリ様が呪殺の道具であることが判明した。


呪詛を返す準備をするといって学校を離れたナルとリンは、麻衣の心に蟠りを残した。
彼らを止めようと会議室を出て行ったが結局見つけられず、麻衣は夕方の校舎内で一人座っていた。
その背中を見つけて修は肩に手を置く。
「わ、……あ、安原さん」
「あんまり一人で考え過ぎたらいけませんよ」
「え?」
素っ頓狂な声を上げた麻衣に、修は微笑みかける。
階段の段差を利用して座っていた彼女の隣に腰掛けた。
「一人で考えていると、たまにどう考えても無理だろうにやってみようって気になっちゃう人が居るんですよ」
「はあ」
「たとえば、呪いを返される前に、除霊をしちゃおう……とか」
麻衣は目を丸めてかたまって、ゆっくりと俯く。
だって、と言ったきり言い訳も零せない横顔を眺めた。
「こんな事言われてあまり良い気はしないかもしれませんが、谷山さんってとちょっと似てるんです」
「え、そ、そう?」
「うん、どこがといわれると難しいから感覚的なことなんだけど」
さんだったら、同じ事しようとしたかな」
「さあどうだろう、はもっと楽観的だから、……渋谷さんを信じて待つかなあ」
うっと言葉につまり背中を丸めて縮こまった麻衣の背中に、修はぼやいた。
「坂内の事は、僕を頼ってくれずに、一人でやろうとしてしまったけどね」
「……そっか」
「僕はきっと何も出来なかっただろうけど、どうせなら言って欲しかった」
「うん」
「僕を頼ってみませんか?除霊は出来ないけど、僕は待ってみようと思ってますから———谷山さんも一緒に」
元気づけるように背中を叩いて、寝泊まりする宿直室に連れて行った。
恐らくもう一人で立ち向かおうとはしないだろうが、今晩は目を離さないようにと綾子に伝えた。

全校生徒が自宅待機を言い渡されていたので、修も例外無く家に帰された。
だが待機と言われてもが退院する日なので、朝から家を出る。修は呪詛に巻き込まれる懸念などひとつもない。
「あれー、修はなんで居るのかなあ?」
「やだなあ、大事な友達の退院日だから、迎えに来たんじゃないか」
の両親は遠慮したが、是非同行させて欲しいと頼んで朝から車に乗って一緒に病院へ迎えに行った。荷物をまとめ終えて私服姿のは、修を見てわざと驚いて首を傾げた。
「俺は生徒全員、自宅待機って聞いたけど」
「僕はいいの」
の父親は車を病院の前に停めているため、母親はリハビリの予約をとりに行ったため、と修はゆっくり降りて来るようにいわれていた。
立つことはできるが、歩きがぎこちなく、体力も落ちているは車椅子に乗っている。
「この後、坂内の家寄るの?」
「うん、お線香あげたいし。ちゃんとついてきてるかな、坂内」
「きてるよ、きっと」
修は昨日こっそりと、真砂子に坂内が学校へはついて来ていないか確認をとった。彼女いわくについて行って家に帰るだろうとのことだ。
そして、きっと家族に会ってから昇って逝けるはずだと。


坂内の両親はを歓迎した。
自殺を止めようとしたこともあるが、同じように落下して怪我をしたのだから気に病んでいただろう。
は助けられなかった事を悔やんでいたが、そのことを一言も口にせずに坂内の家から出た。
「ありがとうなんて……言われるような事できなかったのにな」
両親の待つ車に乗る前、二人きりの時に弱音がぽつりと零された。
「嘘じゃないと思うよ」
「だからやるせないんじゃないか」
「恨み言を言ってほしいなら、僕はたくさんあるよ、聞く?なんだったらなじるし」
「勘弁して……目が覚めた途端かーちゃんにやられたから」
「言っておくけどね、のお母さんの比じゃないよ」
「……わかった聞くよ、ちゃんと、あとでな」
いつもならお前は俺のなんなんだ、とかごめんよママとかふざけた返しがくるのだが、このときのは少し黙ってから答えた。


の家についた。修はそのまま帰ろうと思っていたが、昼ご飯を食べて行ってというの母親の誘いにのって家に上がる。
リビングへ行く為にゆっくりと壁を伝って歩くを見守った。
距離も遠くない為疲れていないようだ。
「呪詛返し、もう終わったのかな」
「うーん、もう昼になるし終わったんじゃないの」
リビングのソファでくつろぎながら、料理をする音を聞く。
「修、怪我とかしてない?」
「うん、ヲリキリ様はやってないから」
「それでも、安全とは言い難かったろ、学校」
この友人は、自分の怪我をよそに一丁前に人を心配しているらしい。呆れそうにもなるが、それこそたる所以なのだろうなと思う。
その時不意に、の家の電話が鳴った。
修はキッチンに立つの母親の後ろ姿を一瞥してから、同じ苗字なので淀みなく電話に出る。父親はあいにく、午前休しかとれなかった為不在なのだ。
電話口では、あれっと慌てふためく麻衣の声が聞こえる。安原さん?と聞かれるので笑いながら肯定した。
どうやら呪詛返しは終わったらしい。人形に転嫁を試みたそうなので、壊れていない人形の名前の主、に電話をしてきたのだろう。
修にも電話が来るはずだが、自宅待機をやぶっているのでちょうど良い。麻衣には修とは呪詛返しのタイミングで怪我をしていないし、呪詛にも参加していないと答えた。
「呪詛返し以外で、怪我は?」
「僕、そういうのなかったな。あ、異臭にあてられたくらい」
電話を終わりにしてソファに戻ると、が改めて聞いてくる。
「まあそうだろうね、修はそういうの強いし。実はあんまり心配してなかった」
「どういう意味」
ラッキーボーイじゃん、とからかうに対して反論はあったが、昼食ができたと言われたので、二人はゆっくりと席を立った。

———さあ、恨み言を聞くけど?
食事の後の部屋に行き、椅子に座った彼は笑いながら修を見上げる。
言いたい事はいっぱいあったけれど、いざ言うとなるとなかなか始めの言葉がでてこなくなった。おもむろにベッドに座っても、は目で追うだけで急かす事はない。
「……しなないで」
「うん」
はいつもしぬ」
「なんだよそれ」
修は何も考えられずに口を開いた。
いつもならもっと上手く話をすることができるのに、ままならない。
がふっと笑うので、本当なのだと繰り返した。
何度も見る悪夢の話をした。あれは夢ではないのだろうけれど、今の修にはやっぱり夢だった。
は机に肘をついて頭を乗せるので、椅子が軋む音を立てる。
遮る事なく、自分の死に様を語られるのを彼は見守っていた。表情をあまりかえないので、聞いているのか聞いていないのかわからないが、修の雰囲気を見て無下にする人ではないので聞いているだろう。
いや、表情がないからこそ真剣だったと思い出す。いつも表情が豊かだから忘れがちだが、考え事をしたり、本気で動揺したり、辛かったりするときこそ彼の表情は失われるのだ。
「修は、色々な可能性を見たんだなあ」
ようやく話終えた後、は柔らかく笑った。
いつもの、気が抜けるような笑顔だ。
可能性と言う言葉に妙な感じを受けたが、自分でもどう表現したら良いか分からず、とりあえずの表現に頷く。あれが可能性だというなら見て来たの死は現実ではないかもしれないが、今のが十八の歳で死ぬ可能性はあるということだ。
は、渋谷さん達と関わるべきだと思うんだ」
「運命の人みたいだな」
「そうなんだよ」
机に手をついて重たそうに身体を持ち上げたは、修の隣に座り直した。
勢いで二人の身体は同じように揺れる。
「いや、冗談。ナルも……ジーンも、運命の人じゃないと思うけど」
「え?」
「ああでも、特別な人たちだとは思ってる」
はあっけからんと言い放った。
修のように見て来たものを語る事はなかったが、がいつも分かる事はナルやジーンに取り巻くことなのだと教えられる。
「だからって俺の好きな人ってわけじゃないだろ?」
飛躍しすぎではないかと思ったが、言葉遣いが単純なだけだと納得して頷く。
「他の俺は、どうだった?」
「どうって?」
「ほら、麻衣ちゃんだったり双子だったり、兄だったりしてたろ?色々違う中で同じ事はなかった?」
「……今みたいに、未来を知っているようなところだけは同じだった」
あとは運が悪い事、と付け加えるとはふきだして笑った。
「俺が何を知っているか、前の俺は教えたか?」
「いや」
「逆に修が知っていること、前の俺に言った?」
「言えないよ」
そうかそうかと満足そうに頷くに修はついていけない。
がナルとジーンについて知っているということを、修は少なくとも本人の口からこんな風につげられた事はない。後になって知ったり、今思えばそうだったと考えるばかりだ。
そしてもちろん、修との関係は今程近くなかったので彼の不安を煽るような話もしていない。
「———俺の寿命は十八歳かあ」
ふいに、はしみじみと笑う。
修は怖くなっての手を握った。
「俺が眠ってた時も、ずっと見えてたんだよね」
「うん」
は握られた手を掴み返して、修の目を見返した。
瞳の奥は不思議と凪いでいて、あまり恐れていないようだった。


next

iamのIFは本当にもしもの話で可能性で、分岐で、パラレルだから主人公は繋がっていないし全部が本当というか。
何にでもなれる、って安原さんが言ったのもそういうことです。成り代わりの真髄的な。
だからいろんな人と恋してもいいかなあと思うし、誰でも好きになる可能性はある。ハッピー。
Mar 2017

PAGE TOP