I am.


.i am 02

「谷山さん、いるかな」
怪談話をしたと言った途端、クラスメイトの黒田さんが霊感ごっこが始まった。巻き込まれて劇団員にな りかけた俺たちの教室に、ナルがやってくる。
ご尊顔が教室のドアからお目見えした途端、昨日怪談した時に会っていた恵子たちは色めき立った。
「何年生?なんのご用?」
呼ばれてもいないし、面識もないのにしきりだす黒田劇団長を俺は見守る。ナルは自身を囲う見知った顔ぶれを見て、黒田さんに素直に怪談するんだと口にした。途端、黒田さんの何かが始まった。
「どうりで今朝学校に来たら頭が痛くなったはずだわ!」
下手な女優みたいに大げさな態度で、頭をおさえた。これなんの演劇?と思いつつ、ナルと黒田さんの掛け合いシーンをエキストラ谷山として演じきった。セリフはない。
友人、恵子たちは彼らの演技に圧倒されたので怪談は中止となり、女優は劇の方向性不一致によって御気分を害された様子で悪態をついた。ゲスト俳優はドヤ顔でした。
そして俺は忘れられておらず、お呼び出しを受けた。くそう……。
女子の視線が痛い。妬くな妬くな。……監督、ぼくこの役を降りたいです、自身がありません。

「彼女はクラスメイトか?」
廊下に出るなりそんなことを聞く。
「うん、まあ……変な子だったね」
「……本当に霊能者かな」
「さあ?ところで、今朝の人......大丈夫でしたか?」
「それなんだが、左足を捻挫した。かなり酷い状態で暫く立てそうにない」
「あー、マジか」
酷い捻挫をさせたのは現実だ。なんだか申し訳ない。お、俺にもっと運命に抗う力があれば……!
「彼は僕の助手なんだ。その助手は君を庇って怪我をした。わかるか?」
「……あい」
「手が足りないんだ」
こいつ本当にわかってんのか?みたいな顔をしてから言い直したナル。わかるよ、言いたい事はわかってる。でもほら、まだ麻衣ちゃんとしては俺ブレブレなわけ。どうしたらいいかわからないんだよ。
「カメラを弁償してもらっても構わないんだが、払えるのか?」
お前保険かけてるんじゃなかったか、と突っ込みたくなったが、俺だったら保険かけててもカメラ代請求するなと思った。いや、ナルの場合は俺に金額ちらつかせてビビらせたいんだったな。
「ちなみに、いくら?」
興味本位で聞いてみた。
ピーと放送禁止用語みたいな音をかけて、聞かなかったことにしたい金額だった。わあ、こんなにするん だあ。
「臓器売ってくるから待ってて......!」
身体をぎゅっと抑えて嘆くと、話の通じない俺にナルはたっぷりと溜め息を吐いた。やっぱりだめか。馬鹿とは関わりたくないけど、一人で仕事する労力は惜しむんだね。
俺の半分マジな馬鹿演技は通用せず、助手というよりも下僕になりました。
こっこが売られていく民謡を歌ったら煩いと怒られたよ。

連れてこられたのは校舎の前の校庭の隅、旧校舎は少し離れたところに見える。そこで俺は手帳を持ったナルが事情を説明するのを聞いた。
なんでも旧校舎は呪われているらしく、解体工事をしようとするとトラブルに見舞われるのだそうだ。それを調べ、解決して欲しいと依頼を受けてやって来たのがことの顛末。

あらかた事情を説明し終えたナルは立ち上がった。
俺の一時的なご主人様となったナルは校舎内に機材を設置する猫の手として俺をご所望だ。
まずは校舎の外から中に向かってしかけておいたマイクを回収してみるらしく、隣の手を真似てにゃんにゃんしながら、 無駄話を差し込んでみた。
「……その年で、なんでこんな事やってんの?」
「必要とされているから」
きっぱりと答えられた。どうやら自分は有能であるといいたいらしい。
「顔も良くて頭も良いとか……勝ち組だな」
ぼそりと呟くと、ナルはじっと俺を見る。
「……僕の顔、いいと思うか?」
「もう既にファンクラブが出来ているくらいには」
「ふうん……趣味はわるくないな」
出たナルシスト発言。 俺は思わず噴き出してしまったので笑いを堪える。
さっさと来いと言われたので、マイクを抱えて追いかけた。
その後も俺は従順なしもべとなり、荷物運びをしました。

次の日の放課後も来いと言われて、察してはいたけど肩を落とす。もうすっかり腰が痛い。へろへろ生きて来た俺は体力が無い。筋力は普通の女の子よりある筈だし、背も少しは高いと思う。 ただし成長期きてないので、ナルよりは全然低い。声変わりも幸か不幸かまだである。
あれ?今思ったんだけど、声変わりや成長期きたら、こんな格好してらんないよな。せめてゴーストハントやり終わるまでは……やだ、考えるのやめよう。


翌日、恵子たちにナルの事を聞かれたので教室で軽く説明をする。ゴーストハンターと聞いて黒田さんが食いついて来たので、ちょっとやだなーと思いつつふんわりとかわしてみた。そしたら当然ご機嫌を損ねてしまう。
悪いとは思うんだけど、俺としては、できれば関わって欲しくないと思っちゃうわけ。
それでも視線をちらちらよこして来るので、無理かもなあと一日過ごした。

放課後になってワゴンのところへ行くと、ナルがデータのチェックらしきことをしてた。挨拶しつつ、どうかと聞けば特に異常がないらしい。
「へえ!いっぱしの装備じゃない」
理解できない計測結果を、分かったフリして眺めていると後ろから声がした。ナルと一緒に振り向くと、初対面から嫌味をぶちかましてくる、高飛車なお姉さん。その後ろには背の高い男の人がいた。このタイミングと佇まいからして、綾子とぼーさんだ。
「あたしは松崎綾子、よろしくね」
「あなたのお名前には興味ないんですが」
「ずいぶん生意気じゃない、坊や。でも顔は良いわね」
「それはどうも」
ぼーさんは、あしらわれた綾子をぷっと笑い、俺は顔の事を言われるナルをぷっと笑う。
「ま、顔で除霊するわけじゃないしね」
「……同業者、ですか?」
少し真剣なまなざしを向けたナルだったが、綾子が巫女だと言うと、嘘みたいににっこり笑って嫌味をかます。
心が澄んだ青空のようにきれーな俺は居心地が非常に悪いのだが。
「すくなくとも、乙女と言うにはお年を召され過ぎと思いますが」
「巫女さんにはおばちゃんもいるよ!」
それは偏見だよ!と思って言ってみたが、大したフォローにはなってない。というか、あたしがおばちゃんですってえ 、と睨まれてしまった。
初対面から気の合わない連中は、あまり良い雰囲気ではない。大人気ないというよりも、大の大人が建前も礼儀もなく、敵意と疑心を全面にだしたやりとりをしているのを、俺はちょっぴり圧倒されながら眺めた。
まだ十六歳とか言っていたナルはすっかり関わるのをやめたみたいなので、大人だ子供だ、じゃないのだ。 感情を出すか出さないか、である。

「谷山さん」
そんなところへ、土を踏む音と俺を呼ぶ少女の声。黒田さんだ。
「───この人達は?」
わー、紹介を求められてる。やっぱり来ちゃったなあ。
問われたのを無視できず、素直に巫女さんとぼーさんを紹介した。すると、黒田さんは喜んで、悪い霊の巣窟になった旧校舎の存在に怯える、敏感な少女の顔をしはじめた。
「自己顕示欲」
「……え?」
「目立ちたがりね、あんた。そんなに自分に注目してほしい?」
「そんな言い方ないだろー……」
ま、まさかそんなズケズケいう。綾子には引きつつも、フォローしてやれるほど黒田さんに肩入れもしてないので、言葉に力が入らず弱まっていく。
「ホントのことよ、その子、霊感なんてないわよ」
「わかんないじゃん」
「見ればわかるわ、目立ちたいだけ」
綾子の隣で、ぼーさんもやれやれといった感じでいる。確かに、本業さんからしてみれば腹立たしいかもしれないけど、波風たてることないじゃないか。なんといったらいいものかなあ……と考えて腰に手を当てたところで、クックッという笑い声が黒田さんからこぼれた。
「霊を呼んで、あなたに憑けてあげるわ……」
「こらこら」
「強いんだからね……本当に」
俺はつい、口を開くなと思ってたしなめるつもりで声を発したけど、彼女の妄言はとまらなかった。


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若気の至りに苦笑しつつ心の中でイジっちゃうタイプ。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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