I am.


.i am 03

「ねーナル、今日は何をしたら……」
やべ、と思って口を噤んだ。ナルは目を見開き俺を見た。
気を取り直して仕事する空気に持ってこうと思ったけど、俺も気が抜けてたんですよ。
ある意味一瞬でさっきの出来事は払拭されたかもしれない。まあ俺とナルの間の出来事でぼーさんも綾子も何がおかしいのかよくわかってないみたいだけど。
「おまえ、ナルっていわなかったか?」
「ごめーん」
「どこで聞いた?」
「ナルシストのナルって勝手にあだ名つけてた!」
えへへっと笑ってみせると、ナルはちょっと顔を歪めたけど、怒っているというわけではなく嘆息した。
「んなことより、指示くださいよー」
ぽんぽんと身体を叩くと、ナルもあっさりとその話はやめてしまった。
「反応がないから次の手の打ちようが無いんだが、……麻衣の先輩の」
「あ、呼び捨てだ」
「おまえもさっきいっただろう」
「別に良いけどね、可愛く麻衣ちゃんって呼んでもいいんだよ?ん?」
まあ絶対に呼ばないんだろうけど。
俺は麻衣と呼ばれるのを気に入ってるし、存在意義を感じてちょっと楽しくもあった。
「……その先輩が人影をみた教室がどこかわかるか?」
「二階の一番西側だっけなあ」
「よし、そこに機材を置いてみよう」
「はいさー……っと、あれ?」
慎ましく仕事に勤しもうと思ったところで、新たな登場人物が校長先生に連れられてやってきた。
小柄で可愛いらしい顔をした、金髪碧眼の異国人はジョンだ。

彼は、頭を下げながら挨拶をした。
「もうかりまっか」
「ぼちぼちでんなあ!」
突拍子もない挨拶だったが、俺は知っていた。しかし、応じたのは反射だった。
……なんか、ジョン共々俺までスベった感じがする。
「ブラウンいいます、あんじあょうかわいがっとくれやす」
「その、ブラウンさんは関西の方で日本語を学んだようで……それじゃ私は」
校長は少しだけ取り繕ってくれたが、いそいそと撤退した。
ナルは表情乏しいタイプだけど、さすがにちょっぴり笑ってしまってる。ぼーさんと綾子は相手も場所も憚らず爆笑。
例えば、頑張って英語を覚えてアメリカに行ったとして、爆笑されていると考えたらめげる。故郷に帰りたくなる。俺はやさしくなりたい。かわいがってやろ。
旧校舎の実験室を拠点に、昨日俺とナルの二人で運び込んだ機材がびっちりと積み上げられている。ナルはそれをベースと呼び、俺たちに浸透していく。
俺が聞かない限り大した説明はしてくれないが、最低限のことは教えてもらった。
ぼーさんと綾子とジョンは俺たちと一緒にベースにやってきて、ジョン以外は嫌味をかます。
しかし嫌味に動じないナルに突き放され、二人はぷりぷり怒って出て行った。いやなんでお前ら怒ってんの。
「ボク、こういう雰囲気はかなんのです。できるだけ協力しますよって、いてもよろしやろか」
「どうぞ」
ナルは相変わらず愛想がない返答をした。
しょーがねーな、俺が二倍愛想よくきゃるるんしとくね。
「せや、あなたのお名前伺ってへんかったですね」
「谷山麻衣です、麻衣ちゃんでいいよ、ブラウンさん」
「麻衣ちゃん、どすか?……あ、ボクはジョンと呼んでおくれやす」
気恥ずかしい区別があるのだろうか。 俺の名前を呼びながら、顔を赤くした。
その様子に思わず噴き出してしまった。可愛いなあと笑うと、更に顔を赤くしたので、呼び方は何でも良いと訂正しておいた。

一息ついた時、モニタを覗けば見慣れない人影が映る。
「んエッ ……あ、人間か」
おかっぱ和服の、市松人形みたいな様相が映り込み、びっくりして阿呆な声を上げた。すぐに知ってる人 だと納得して、安堵の息に似たものを出す。
ナルとジョンは俺の声に反応して、一緒になって画面を覗き込んだ。
「一瞬、おばけかと思った」
「あはは」
ジョンは隣で小さく笑う。
すぐに実験室には人がやってきて、その人はもちろん今しがたモニタで確認した人、原真砂子だった。
ナルと彼女が軽く会話をしていた所で、大きな物音と、叫び声が耳を劈く。
それは綾子の声だった。
「カメラのない部屋?」
「……ああ」
「残念」
モニタを確認しても、綾子の姿は見えない。どんどんと壁を叩く音と、わずかな声が聞こえるだけ。
ナルは物言いた気に俺を見てから、廊下に出た。ぼーさんにも声が届いてたようで、俺たちの姿を見るなり駆け寄って来て、全員で音のする方へ向かった。真砂子が最後尾をしずしずと歩いてたから俺ものんびり向かう事にする。
「仕事の時は和服なんだ」
「ええ」
「ここ古いから気をつけて」
「当然ですわ」
つんとされたけど、まあ、気にならない程度のつん。
それっきり、ぼーさんがドアをなんとか開けようとするのと綾子が騒ぐのを、真砂子と一緒に静かに見守る。さすが古い校舎なだけあって、木製のドアは数回蹴っただけで壊れた。


next.

基本的に口に出してナルって呼ばない。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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