I am.


.i am 04

土曜の半日授業の後、旧校舎に向かう。
実験室には黒田さんが先に来ていて、モニタの前に立っていた。や、やだなあ。
「あれ、なにしてんの?」
「別に、見に来ただけよ」
いや見るだけじゃ済まないだろ。
「渋谷さんはいないのね」
「多分、調べものでもしてるんじゃないかな」
「......ね、昨日どうだった?」
「データ上は異常なしって言ってるけど……あー機材は、触んないで」
そっと機材に触るから、一応注意をしておく。
綾子が閉じ込められた件を聞きたいみたいで、他には?と促される。付き合ってやろうじゃないのさ。
「綾子、……巫女さんが教室に閉じ込められるって事件があったけど、心霊現象かどうかは意見が分かれてる」
「なぜ?」
不満そうな黒田さん。うーん面倒くさいよお。
「原真砂子さんは霊なんかいないってよ」
「あいつ、偽物よ」
「んん?」
この子には誰も味方がいないんだろか。あ、いやでも、綾子が初対面でつっぱねたから……悪化してる可能性もある。
さっき襲われたという話が始まってしまった。
ん?お前の霊感は強いから邪魔だ……って???
「どうした?」
大変だったネ、と声をかけるべく口を開いた所で、ナルがベースに戻ってきた。
「……あとはプロに話してくれ。黒田さんが襲われたんだって」
「それはいつごろ?」
俺はナルに丸投げをするが、指示を出されなかったので行く所も無く、二度も黒田さんの話を聞く事になった。
ナルがビデオを再生してみたけど、実際の場面が映像に残ってない。ナルがここに居る霊と黒田さんの波長が合うのかもとまとめると、黒田さんは目に見えて嬉しそうに微笑んだ。

その後、綾子の祈祷が行われたが、直後ドアにはめ込まれたガラスが割れた。
人の失敗をとやかく言う連中ばかりで、空気は相変わらず悪い。俺とジョンだけじゃ浄化がままならない。テレビの向こうのみんな、お願い力をかして。
「あれは事故ですわ」
「そうよねえ、あたしはちゃんと」
「除霊できたという意味ではありませんわよ、ここには初めから霊なんていませんの」
女二人がにらみ合い、なんだか黒田さんまで余計な口を挟んでる。
みんな性格強すぎ。はあー、俺が一番可愛いわ。女の子じゃないけど。
「……偶然ですやろか」
「やーっぱなんかいるんじゃねえ?巫女さんじゃ手におえねえような強い奴が」
「だったらもっと、機械に反応があってもいいはずなんだが」
男は一応冷静に意見を交わしている。
俺はどうしたら的を射たことを言えるかモニタを眺めた。いきなり地盤沈下してるんだよなんて言えないもんなあ。
「あ」
「どうした?」
俺が思わず上げた声に、ナルは気づく。昨日カメラを置いた教室の真ん中に、椅子がぽつんと置いてある ことを告げる。昨日は無かった筈だ。誰もがその教室に行っていないというし、ナルが録画映像を遡って観た。結果、ガラスが割れたと同時に教室の椅子もギシギシとひとりでに動いているのが撮影されていた。
「わー動いてるー」
「ポルターガイストじゃないかしら」
ナルは温度の確認をしながら、俺のアホみたいな感想を無視して黒田さんの言葉に振り向く。
「詳しいね、だけどポルターガイストとは思えないな……ポルターガイストが動かした物はあたたかく感じられるものなんだが」
「窓ガラスの温度は?」
俺の問いに、ナルは首を振る。
ティザーヌの九項目中三項目を満たしているらしいから、ポルターガイストとも言えるかもしれない。
ただ、ナルは釈然としないし、俺はポルターガイストではないことも知ってる。
「地震なんてなかったしねえ」
「なに……?」
小さな呟きに、ナルがちらりと俺を見た。
「揺れたら動くだろ?」
うにょうにょと手で波の真似をする。 誰も揺れを感じてはいないし、校舎が歪み軋んでいることも体感できてないので、根拠もないことだった。
ナルは何かを思考するように押し黙ったが、黒田さんはどうしても霊の仕業にしたいみたいで、自分が襲われた事をもう一度言った。みんなもさすがにその発言には驚いた。
どことなく、疲れたような顔でナルがその時の映像を見せる。もちろん、襲われている様子なんて映ってないし、故意に消された可能性の方が高いけど、心霊現象にカメラの映像が砂嵐になる事態はつきもので、みんなは霊がいるのではないかという方へ意識を持って行かれた。
「……は……、真砂子ちゃん、感想は?」
「その方の、気のせいですわ」
「いい加減認めたら!?ここにはよくない霊がいるのよ!」
頭をそっと抑えながら、ゆっくり息を吐き出す。真砂子はもう一度中を見てくると教室を出て行こうとするが、綾子まで追い打ちをかける。おいおい、と小さく声が漏れた。
「真砂子!気をつけてみて来るんだよ!」
壁に寄りかかるな、なんて具体的な事は言えないので彼女の背中に声をかける。でも、返事も無く教室を出て行ってしまった。なんだか心配だ。
「ショックやったようですでんな」
「当然だろうな、普通の人には見えない事実が見えるから霊能者なんだ。間違えたらそれはもう霊能力とは言えない」
「……渋谷さんてメンくいなのね。ずいぶん庇うじゃない......谷山さんも」
俺庇ったっけ?適当に聞き流しながら、真砂子の姿をモニタで追う。
ナルと綾子の些末な言い合いが始まった所で、周囲にパシッというラップ音が響いた。
モニタの中の真砂子は西の教室にいて、小さくうろたえている。
壁に手をついたら、落ちるんじゃないか、これ。
ラップ音は間違いなく校舎が歪む音なんだけど、まだ倒壊はしないはずだと高を括ってベースを出た。
何人かが俺の様子に気づいて呼び止めようとしたけど、走る足は止まらない。急いで教室に行くと、真砂子が壁に手をついた所だった。
「っ、」
ふらつく彼女が身体を支える為に手をついた壁が、みきっと割れた。やっぱりベニヤ板だった!
ゆらりと揺れて、倒れて行く真砂子の手をなんとか掴んで引き寄せれば、勢い良く俺の方に倒れ込んで来たので、今度は俺が後ろに転ぶ。まあ地面だからいいかと大した抵抗もせずに尻餅をついた。ぎゃんっ、 痛い。
カメラで見ていたのか、全員が俺たちの教室にやって来て、尻の痛みに身悶える俺と、少し放心した真砂子を助け起こそうとした。
「嬢ちゃん、大丈夫か」
真砂子がどいてくれたので、俺は自分の尻を抑えながら踞る。
「餅が……」
「おまえ……餅って」
「へぅ」
ぼーさんは笑いながら窘め、労わるように頭を撫でてくれた。
あ、やさしい。
「お怪我ありまへんか?よお間に合わはりましたね」
「あはは、半ば野生の勘だよ……ぉうぁ、おちりいたいよお〜ん」
ジョンが手を差し伸べてくれたので、それを掴みながら立ち上がるが、動くと更に俺の尻がじんじんする。
へっぴり腰のまま、ジョンの手をぎゅうっと握って痛みをこらえた。
「変ななき声を上げるな麻衣」
俺の珍妙な痛みに耐える声を聞いたナルは嫌そうな顔をして言った。うるさいな、痛いときはないたって良いんだ!

next.

馬鹿な子っていうよりは、阿呆の子よりで。でも常識人のつもり。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

PAGE TOP