I am.


.i am 05

日が暮れてからジョンが祈祷を始めた。すると、偶然なのか、またしても校舎は歪んだ。
カメラに映る、膨らんだ天井を見て大急ぎで走る。今度はぼーさんも一緒になって追いかけて来た。
結果、天井ずどんの下敷きも、お泊まりコースも免れて家に帰ることに成功した。
そして翌朝になると、ナルが地盤沈下を報告した。信じてたよお、ナル!!
黒田さんは昼頃やって来て、霊の存在を主張し続けたけど、ナルはいつまでも付き合ってられないようで、黒田さんに「君が除霊すれば」なんて言ってる。でも黒田さんは除霊なんて出来ないし、したくないのでふんとそっぽ向いてしまった。
黒田さんのイライラがピークになったのか、教室の窓ガラスに、ぴしりとひびが入った。
はっとした次の瞬間、それは割れた。
ガラスは彼女に降り注ぎ、ドアは大きく開閉を繰り返される。
知ってはいたけど、俺、こんなの初めて!
ラップ音や何かを叩く音もして、まるでポルターガイストだ。
あんなに大きくドアが開いたり閉めたりするんじゃ、窓から逃げるしかない。仕方なく、比較的よく割れてる窓のガラスを手で叩き割る。
「───麻衣っ」
「ほら、出ろ!」
俺が手で割ったのを見ていたナルがちょっと驚いて俺を呼んだ。どってことねーやい!
黒田さんの背中を押して急かし、ナルと俺も窓から外に出る。全員外に避難してきて、憔悴している黒田さんは綾子に心配されてこくりと頷くも、無言だ。
それから、ぼーさんと綾子はここぞとばかりに、ナルを責めたが、ナルは何も言い返さない。地盤沈下だけは確かなことなのに。多分それ以外の可能性が確かにあるから口にしないんだろう。
「ま、……麻衣さん、その手!」
校舎をじっと見ているナルの隣で、俺もぼーっとしていたのだが、真砂子が俺の腕をぐっと掴んだ。
「へ?」
「血まみれですわ……っ」
「あー逃げる時に窓ガラス割ったから……それで」
服に血が付かないように袖を捲り、身体から少し離して傷口を手で直接押さえる。
「雄々しいなあ……嬢ちゃん」
ぼーさんも俺の手を覗き込み、苦笑した。
ナルに手当をしてこいと言われたので保健室へ行った。処置されてから旧校舎に戻ったら、ナルは居なくなってた。知ってたけどなんか言ってけ。

機材も放っておけないし残って片付けしつつ、最低限置いておきたい機械の調整はしておいた。
「坊やのお説をまだ信じてるわけ?」
「信じるもなにも、地盤沈下してるのは本当のことだし」
ぷよっと口を尖らせて反論する。
なんで俺まで嫌味を言われなきゃなんないんだ、ナルの手下だからか。
「悪霊はどこにいんの?証明して───いや、できたら苦労しないんだよな……」
綾子からそっと目を離して、モニタを持って実験室を出た。
怪しい部屋とかにはレコーダーを置いて、あとはなるべく車に待機をしていた。万が一、校舎が倒れたらやだしな。

夜になると一度帰されたはずの黒田さんが再来し、俺ももう一度校内に入った。綾子が除霊は終わったと黒田さんに言ったけど、もうそんなの聞く子ではない。
「感じるもの、まだ霊がたくさんいる……」
すっと遠い目をする。俺もついつい遠い目をして心を落ち着かせる。
俺はエキストラ通り越して空気です。
真砂子はもう何も言わない。一応、ポルターガイストも起こってるから、ショックなんだろう。
「また霊感ごっこ?やめときなさいよこっちはプロなんだから」
「そのわりにたいしたことないじゃない」
「だーいじょうぶだって、綾子はともかく俺がやったんだから」
「なんですってぇ 」
「こら!なんでそうやって……」
仲裁しようと声をあげた所で、パタパタと足音のようなものが聞こえて、俺たちは誰もが口をつぐみ耳をすませる。
除霊をしたと言われると、黒田さんのストレスが高まるわけか。
階段を降りてくるような音がしたので、ぼーさんが見に行ったけど気のせいだなんだと綾子と二人でタッグを組んだ。
「渋谷さんも真砂子も、言い訳はしなかったのに、……!」
こいつらやっぱ大人げないんだ、と思って俺がお説教をたれようとしたところで、大きな音がドンと響く。
蛍光灯が割れて、大きな足音が鳴り響く。
「わ、……と、とにかく出よ」
俺は傍に居た黒田さんの背中をとんと叩く。この衝撃で彼女のポルターガイストが止まるわけじゃないけど、原因なのだから真っ先に外にでて落ち着いてほしいものだ。
着物で動きの遅い真砂子を気にかけつつ、ぼーさんの「天井に注意しろよ」という声に頷く。下足箱の所まできた所で、棚がガタガタと揺れた。黒田さん、俺を殺す気か……いや、黒田さんに被害が行く筈なのを俺が突っ込んで行ってるだけか。
「嬢ちゃん!」
……下足箱は二回目です。
リンさんが居ないので俺は助けてもらえません。ちーん。

ぼーさんの焦った声が耳に残る。遠くでは、ジョンとか真砂子の声も聞こえたなあ。真っ暗闇のなかで、 ぼんやりと意識が浮上して行く。 なんだか心地良い空間で、夢の中みたいな場所なのに、もう一度眠ろうとしている。 ふと、誰かが俺の髪を梳いた感触がして、そっと目を開ける。ナルだ、と言いかけて、やめた。この人はナルのお兄さんのジーンだ。優しい笑顔を見て、つられて笑う。
「会えて嬉しいよ」
俺、ちゃんと麻衣ちゃんになれてるんだな、と嬉しくなった。
ジーンはわずかに目を見開いたけど、すぐに優しく笑う。
「もう少し、休んだ方が良い」
「……またね」
頭を優しく撫でられて、意識が遠のいた。

「おい、嬢ちゃんっ!」
急に現実に戻って来て、耳も頭もすっきりとその声を受け取った。
ぱち、と目を開けば心配そうな顔をした面々が写る。綾子は涙ぐんでるので、ようやく可愛く見えて来た、ようやくな。
「黒田さん帰った?」
頭を抑えながら尋ねれば、肯定される。
「その聞き方、お前さんあの子のこと嫌ってるのか?」
「んなことないけど、黒田さんがくると碌な事になんないんだもん」
ぼーさんにコートを返して、頬を掻く。すると彼は、たしかになと小さく笑った。
「ごめんねー、うわ、朝四時?……こんな時間まで付き合わせちゃって」
俺が謝ると、綾子もぼーさんも顔を見合わせて、困った顔をする。
「そんなことありませんですよって、なんや、ボクたちは全然お役に立ててへんで、麻衣さんをこんな目に遭わせてしもたです」
「不運なんだよ」
ジョンだけは素直に謝った。といっても、皆しょんぼりしている。
「ねえ、ちょっとヤバい感じと思わない?除霊も全然効き目ないし、姿も見えないんでしょ?」
綾子はちょっと鼻声で不安そうに目を揺らす。真砂子も小さな声で、けれどしっかりと頷いた。
「あたし達、身の安全を考えるべきじゃない?」
「おお、考えたら?」
けーれけーれ、と手を振ると、綾子はむうっと俺を見る。
「そもそも、あんたのボスだってガラスが割れたの見て逃げたのかもよ?今頃家で震えてたりしてね!」
「あっはははは、ありえない」
「わっかんねーぞ、フトンかぶって泣いてたりしてな。昼間俺たちがいじめたから」
もう一度ありない、と笑った。ナル様だぞ。
「渋谷さんの場合、怒って藁人形でも作ってるゆうのんのほうが似合ってますね」
綾子もぼーさんも想像してしまったらしく、どっと笑う。真砂子もくすくすと上品に笑みをこぼしていた。
正直ジョンが一番酷い事言ってるので、俺はそれにじわじわきて腹を震わせていた。


next.

ちょいちょい言葉に雄がでる。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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