.i am 06
一度家に帰って少し寝て、登校すれば教室では黒田さんが得意気に旧校舎の話をひけらかしていた。俺の事も心配していたようで、声を掛けられたが、ちやほやされるのに忙しくて大した会話もなく終了した。
その日、校長室に呼ばれたので行ってみれば、ナルが戻って来ていた。
あれ?これから暗示をかけられるって俺は知っているんだけど、いいのかな??俺にかかるのかな?
いや、最悪俺にだけ暗示がかからなくても、黒田さんにヒットすればいいか。
ナルの声とかぽやぽや光る機械の所為で寝そうになりながら聞き流しておいた。
放課後に車の所に行けば、昨日のレコーダーの音を聞いていたナルがヘッドホンを外して俺を見た。
「ゆうべレコーダーをセットしてくれたの麻衣か?」
「うん、ビデオはわかんなかった」
「おまえにしちゃ上出来だ。中々面白い音が入ってる」
ナルも美少年だが、ジーンも確かにそっくりな美少年だった。ぼーっとしながら顔を見下ろしていると視線を感じたナルは俺を見返す。
「なんだ?」
目の保養だなどと素直に言いたかないので、別にと返す。
「そういえば、怪我をしたらしいな」
「別に大した事無いよ。あと、下足箱はあったかかった」
「よく覚えてたな」
今ストレートに馬鹿にされたけど、まあ俺は気にしてません。ナルが頭良いのは事実、俺がお馬鹿なのも事実。
「機材をおく」
すっと立ち上がったナル。イエスボスと言いかけた所で、視界の端に人陰を見つけた。ひょこりと顔を出したのはジョンで、俺は反射的に彼に駆け寄った。
「あ、麻衣さ......」
「ダーリン!捕まえた!」
「え、ええぇえぇ!?」
「もう放さないんだから〜」
がばりと抱きつけば、ジョンは見るからに狼狽えた。顔を真っ赤にしている。俺は絶壁なので当たっても感触は良くないと思うけど、女の子に抱きつかれているということになるのか。
「何馬鹿な事をやっている」
ナルが呆れて俺のセーラー服の襟を犬のリードみたいに引っ張った。きゃわん。
「だって、かもねぎ......」と言いかけたけど、ナルもジョンも「は?」と首を傾げる。そうだ、こいつら外人。
その後、ジョンとナルと俺の三人で椅子や機材を設置して、窓を封鎖してサインをかいて、部屋も最終的に封鎖した。そのまま帰って良いと言われたので俺とジョンは二人して、なんだったんだろうねえ、と、のほほんな会話をしながら帰った。まあ俺は知ってるんですけど。 次の日の朝ワゴンのところへ訪れたら、リンさんが松葉杖をついて立っていた。挨拶をしながら近づいても、もちろんリンさんは何も言わない。
ナルはぼーさん達が来るまで待っていろと言ってどこかに行ってしまって、俺はリンさんと二人きりになった。
「足、ごめんなさい、庇ってくれてありがとうございました」
一応言うべき事は言っておかないと、と思って謝罪と感謝をしたんだけど、相変わらず無口です。鋭いお目線いただきました。ご褒美感は全然ないです。めげそう。
リンさんはその後集まった人達にも無言のまま、ビデオを回していた。黒田さんは相変わらず。
封鎖した部屋のドアを開けるよう言われて俺は頷く。ばきっと釘を抜いて板を剥がし、ナルは倒れている椅子を見てドヤ顔。その後カメラの映像を確認しながら更なるドヤ顔。憎たらしいがお美しいです。
「おいナルちゃん」
俺がナルと呼びかけた回数は多くない筈だけど、ぼーさんはとっくのとうにナルと認識していたようで、ナルをそう呼んだ。ナル本人も大して気にしていないみたいだ。まあ、呼ばれ慣れちゃってるんだよな。
「……ご協力ありがとうございました」
撤退を宣言したナルに、他のメンバーは息を飲んだ。真っ先に声をあげたのは綾子で、ナルは静かに答える。
「校長から依頼を受けた件については、地盤沈下ですべて説明できたと考えている」
「は!そんじゃ実験室やらおとといの騒ぎはどう説明するよ?」
「あれはポルターガイストだ」
鼻で笑ったぼーさんにもナルは表情を変えず、ビデオを観せて昨日かけた暗示の話をした。
「ポルターガイストの半分は人間が犯人である場合だ」
誰が、と誰かが言ったけれど、誰もが口を閉ざして、黒田さんを見た。
「そんな……わたしがやったって言うの!?」
「他の誰より君がやったと考えるほうが自然なんだ」
黒田さんはうろたえ、おびえているようだった。
「この中でポルターガイストによって注目をあびた者は?該当するのは黒田さんと、麻衣だけになる」
このことを知ってたし、自分が被害にあう機会が多かったので肩をすくめる。
「二人をくらべて見れば断然あやしいのは黒田さんだ」
「でも、嬢ちゃんのが怪我してるんじゃねえか?」
「あれは麻衣がウカツなだけ」
ナルがぴしゃりと言う。結果的には俺の方が怪我しているが、境遇や立場でいったら勿論黒田さんの方があやしい。中学の頃から霊感が強いので有名で、周囲から注目をあびていたのだから。
撤収作業は授業に出ると言えば断れけど、校舎は今にも倒壊しそうなわけで、俺が手伝わなかったらナルたちの作業が長引くと思って手伝うことにした。
「手伝うよ、撤収」
「怪我は?」
尾てい骨強打、手の甲や指の関節に複数切り傷、下足箱はどこをどうぶつけたか覚えてないけど……そう言えば俺は三回くらい痛い思いをしてる。だから一応手伝うと言った俺をナルは気遣ってくれたんだろう。
「へーきへーき。学校がぺしゃんこになる前に終わらそ〜」
よし、と作業しやすいように少し腕を捲れば、ナルはすぐに指示を出した。
もともと荷物は少なくなっていたから、大した時間もかからなくて、ワゴンから戻って来たら最後の荷物をまとめているナルがいた。
「それで終わり?」
「ああ、もう教室に戻っていいぞ」
「うん、じゃあ、おつかれ。達者でな!」
ふざけてぱちんとウインクすると、ナルはふんっと息を吐いて俺を見送った。
ちったあ笑え、と言いたい所だが、笑って見送られたらそれは怖いというか、なにを思って笑ったの?っ てなるからいいや。
───数日後、事務室に俺宛の電話がかかって来て、放送で呼び出された。渋谷サイキックリサーチの渋谷さんという方からです、だそうだ。
「もしもし〜」
「麻衣?」
受話器から聞こえる、一応確認の為に「渋谷さん?」と呼べば、そっけなく短い、返事が聞こえる。
なんで電話してきたんだろ。リンさんの容体が悪くなったとか……あ、治ってなくてまだ手が足りない?だからバイトになるんだっけ?いや、ちがったよな、たしか。自分からいうんだっけ〜なんだっけ〜。
「えーとえーと、どうかした?」
『給料』
「くれんの?」
『ああ』
すごく殺伐とした会話だったが、これがヤツの通常なのはわかってるので、俺もさらっと返すことにして いる。
バイト代くれるんだ……。タダ働きなんだと思ってた。
でも、口座番号なんてすぐ分かる訳ねーだろ。仕方なく住所を答えていると、ナルがあっさり、バイトをしないかと持ちかけて来た。「うん、やる〜」なんて返事をしながら、ん?と首を傾げる。今何て言った。
『事務なんだが手が足りないんだ。この間までいた子がやめたんで』
「おお……」
『聞いてるのか?』
「うん、大丈夫……ちょっと書くものかしてくださーい、どもども、あい、場所は?」
渋谷の一等地とか言ってたけど、そうか道玄坂か。と住所を書きながらなんとなく想像する。
綺麗なオフィスなんだっけな。 うーん……、じゃあ麻衣ちゃん、がんばりますか。
『それから、この間は助かった。ありがとう』
直接言ってほしいような、言われたら言われたで照れそうな、なんともいえない気分。
でも嬉しいね。
「うん。……じゃあ、またね」
next.
旧校舎編終了です。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018