.i am 08
家政婦じゃないけど、見てないけど、俺は聞いた。ミニーと礼美ちゃんの会話を。昨日、ミニーの事をナルに報告した後、ミニーをこっそり拝借してビデオで撮ってみた。ひとりでに動き、首を落とし、脅かすような光景を見せた。めっちゃ怖かったので俺はその日の夜はあんまり眠れなかった。綾子を起こそうか迷ったほどだ。
話を戻すが、俺は礼美ちゃんの居る部屋の前で、ドアにぺたりと耳をくっつけている。そう言えばそんな場面ありましたっけね。これが幽霊の声ですか。俺素質あるな。なにせ麻衣ちゃんだからな。
あたしのいうこときかなきゃだめだよ、くすくす(裏声)、じゃねーよお。
幼女を洗脳している幽霊の居る部屋に、俺は今から特攻をかけます。靖国で会おう……。
「もす!」
礼美ちゃんはミニーを前にきょとんとしている。阿呆なかけ声をしながら入ったけど、俺には幽霊は見えないなあ。よかったよかった。……いずれ見るんだろうけど。
「もす?」
「ん、今だれかと話してた?」
ひろうな、なんかすべったみたいだろ!
とりあえず話をそらす。というか本題である。よっこいしょういち、と座り込んでみると、礼美ちゃんはそれも拾った。よこいさんだよ、よこいさん。と、ネタを礼美ちゃんに教えてみる。ふうんの一言で終わったけどな。明日には忘れてるんだろうな。まあいいですけど。
「んで、誰がいたの?」
十割俺の所為なんだけど、すごく話がそれたので聞き直した。
「……ミニー」
「だけ?」
「別の子もいるよ」
小さな指先がさした方を、俺も見てみたが、誰も居ない。
「あれ……いっちゃった。───ミニーがつれてきたの」
ぞっとするう!知ってたけどぞっとするよう!
「生きて本土に戻らぬ決意でゆきましたが、不肖、谷山……何かのお役に立つと思って恥をしのんで帰ってまいりました」
誰もが俺のネタに首を傾げた。礼美ちゃんによこいさんの事を教えたからついついネタにはしっちゃったけど、いきなり言われても分かんないよね。ナルなんてもっと分かんないはずだ。
よっこいしょういち、と座ればようやくぼーさんと綾子は呆れた顔した。
「お前は中にオッサンでも入ってんのか?」
ぼーさんに笑って胸をドンとたたいた。あながち間違いでもない。
「ま、その話は置いといてだな」
荷物を退かすジェスチャーをすると、さらなる溜め息をいただいた。
お前が始めた茶番だろうがって?そういうのはスピーディーに流していくもんだろう。
「みんなおいだしてあげる、おねえちゃんも麻衣ちゃんも?もちろん、うふふーからの、礼美ちゃん、おねえちゃんは居た方がいい……聞いた?麻衣ちゃんは別に……っていう意味です。ドアの前で麻衣ちゃんは愕然としたんですが」
裏声とヘンな声と俺の普通の声三パターンを駆使して再現してたが、ナルは冷たい声でぴしゃりと言い放つ。
「簡潔に言え」
「すいませんボス。幽霊の声みたいなの聞いた動揺から口がよくまわるもんで!興奮!」
てへっと笑いながら、敬礼ポーズをした。
「ミニーが他の子もつれてきたみたい」
正座を胡座にかえながら報告するとナルは小さく頷いた。
ぼーさんが、ミニーには霊が憑いていて、ミニーのふりをしているという推理をしてくれたので、ミニーを落としてみようという話になった。ところが、ぼーさんが祈祷を始めると、典子さんの叫び声がしてそれは中断されてしまった。
彼女の足は脱臼していて、救急車で病院へ運ばれて行った。
ナルはパジャマ姿の少女を冷たい目つきで見下ろす。
ミニーになにかある、礼美ちゃんが何かを知ってる、と思ったからだ。
「ミニーはどこ!?かえして!」
礼美ちゃんはナルの言及を聞かないし、ナルは礼美ちゃんの必死な叫びを聞かない。
「みんなこまってるんだ、それでもいいのかい?礼美ちゃん」
少し厳しい口調で言われて、礼美ちゃんは泣きそうになる。ゆっくりと顔が歪み、俯き始めたので、そっと抱き寄せた。
「どなるなって……ほら、おいで」
礼美ちゃんは俺の服をきゅっとつかむ。
抱き上げて背中をぽんぽん叩きながら、「こわかったろー」とあやすように揺さぶる。ナルが俺をねめつけるが、人差し指を立てて黙らせた。
礼美ちゃんは俺の肩に顔を埋めて「ごめんなさい」とくぐもった声をもらす。続いて、「ミニーが」と小さな声で囁くので、顔を覗き込んだ。
「ん?」
「ほかのひとと、話しちゃ、だ、だめって。なかよくしたらいじめるって……だから……」
しゃくりあげながらも、ちゃんと話してくれる礼美ちゃん。俺だったらギャンギャン泣いてしまって話すどころじゃないだろうな。
うんうんと頷きながらも背中を撫で続け、抱っこしながらゆらゆら揺れてみる。
ナルと目を合わせると、ばつが悪そうに息を吐いた。
礼美ちゃんはそれからしどろもどろだったが、ナルの質問に答えた。
お母さんは悪い魔女で、お父さんは家来、典子さんも魔女の味方になっていて、礼美ちゃんを殺すと脅しをかけたらしい。
「みんなミニーの家来なんだよ」
って、これ、言っちゃいけない事言わせたんだから危なくね?
礼美ちゃんを抱っこしたまま、俺は固まった。礼美ちゃんもミニーの家来予備軍ってことだよね。
「起こしちゃってごめんねえ、礼美ちゃん」
「おねえちゃん、いつ帰って来る?」
「もーすぐだよ。それまで麻衣ちゃんがここにいてあげるよ」
ちらっとナルを見ると、頷いて出て行った。
それから一時間近くしてから、典子さんが帰って来た。こっそりと礼美ちゃんの眠る部屋に戻って来た典子さんはなんだか様子がちょっと変だった。聞いてみると、実は家の壁に落書きがされていたらしい。
俺は典子さんに礼美ちゃんを任せて、件の壁にむかった。わるいこにはばつをあたえる、と子供っぽい字でかかれたそれに、ぞっとする。
「壁に落書きなんかして!お前が一番悪い子だろが!おしりぺんぺんしたる!」
ぺんぺんと壁を指先で叩いた。あ、ちょっと痛い。
「ミニーは礼美ちゃんが裏切ったと思っている」
ナルは俺の奇行を完全に無視して、冷静に壁を見上げている。
「麻衣、礼美ちゃんのそばからはなれるな」
「がってん」
次の日、礼美ちゃんはミニーよりも典子さんをとると決め、人形に別れを告げた。次買うのはくまちゃんにしろよな。何度でも言うぞ。くまちゃんだ。うさちゃんでも可。いや、でもそのうち七頭身の人形買いそうだなあ。
あと、余談ですが、香奈さんはとんずらしました。
「あの壁は礼美ちゃんには見せないようにしろ」
「……その優しさを……昨日の夜も発揮してほしかったです」
俺の後ろで、ぶほっとぼーさんが噴いていた。
ナルは二秒くらい俺を睨んでからさっさと行けとばかりに俺に背を向けた。
next.
面倒見が良い方。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018