I am.


.i am 09

外で礼美ちゃんと遊んでいると、案の定霊がちょっかいだしてきた。怯えて走りだした礼美ちゃんを追いかけ、池に落ちる前に捕まえたんだけど、何故か俺の服を手みたいなのが握って引っぱりこんだ。
なんで俺?掴む相手間違えてるよお!いや、礼美ちゃんが掴まれなくてよかったけど!
礼美ちゃんを巻き込む訳には行かないのでひとりで池ポチャコース体感しておきました。鼻に水が入ってつらい。めっちゃ飲んだ。気持ち悪い。うぇぇ。
幸い水中で足まで掴まれるなんてこともなかったので、池から上がれた。典子さんは痛い足で無理して走って来てくれて、俺の代わりに礼美ちゃんを抱いて守りながら、誰かと声を上げてくれている。
「麻衣ちゃん!」
「だ、じょぶ、だよー」
咽せるのも我慢して、へらりと笑いながら、顔の水を払う。
洋服があまりにぺったりしていると俺の絶壁が目立つので、見えていい所まで服をたくし上げて絞る。びちゃびちゃと足に水がかかった。典子さんは礼美ちゃんを見てるし、見えたとしても一応背を向けているので大丈夫だ。
あやうく礼美ちゃんがこうなる所だったというわけで、典子さんは怯えているし、礼美ちゃんも怖くて泣いている。俺は安心させようと思って、彼女達の顔を覗き込むようにしゃがんで、笑いかける。
「ぜったいに、礼美ちゃんは大丈夫だから」
「ほ、ほんと?」
礼美ちゃんはしゃくりあげながら俺を見上げた。
「ん。麻衣ちゃんに任せなさい!」
また助けてあげるよ、と、いいたいところなんだけど、俺では正直役不足だ。
しかも今びしょぬれなので、とりあえず護衛交代してほしい。

駆けつけて来た綾子はずぶ濡れの俺をみてぎょっとしてた。
「池に落ちたの!?」
「ん、なんか掴まれて……。掃除終わった?」
「終わった。礼美ちゃんは見てるから、早く着替てきなさい」
家の中に入れていいのか、遠回しに綾子に聞けば頷かれる。ほんならバトンタッチいえーいって綾子の手をぱんと叩いた。もう腕の水は乾いている。
「じゃ、また後でね」
礼美ちゃんに笑いかけると、少し不安そうにだけど、小さな手を振ってくれた。

俺がシャワーを浴びている間に、礼美ちゃんはお昼寝タイムになっていた。
そばにはナル達が居たので問題はなかっただろう。顔を出した時には、家を引っ越すという話をしていたんだけど、ナルは「ポルターガイストのなかには家を変わってもついてくるものがあります」とか言って追い討ちをかける。それだけでなく、この家で子供が沢山死んでいる事実も調べ上げて語った。
もちろん、ナルは絶望を与えるためだけにこんな悲劇は語らない。ジョンと真砂子を呼ぶので、その為の説明だった。間怠っこしい人だ……最初からそう言ってやれよ。落としてから上げるタイプか。

数時間後、ジョンと真砂子が二人で家にやって来た。インターホンが鳴ったので出て行けば、青い目をしたジョンと、青い顔をした真砂子。誰が上手い事を言えと、と内心突っ込みを入れながら二人を出迎える。
「久しぶり」
「ごぶさたしてますー」
にっこりとジョンは笑ったけど、真砂子は口をきくのも億劫そうだ。
「だいじょうぶ?」
そっと顔を覗き込む。
「なんですの、これは……ひどい……」
言いながら、そっと俺にしがみついたので支える。
「真砂子?」
「こんなにひどい幽霊屋敷をみたのははじめてですわ」
まじか。そんなに子供の霊居るのか。怖いなあ。
とりあえず、おぼつかない足取りの真砂子を支えながら、ベースに連れて行くことにした。
きっとナルの顔見たら少しは安心できるだろう。
「ベースついたよ」
「真砂子?やだ、どうしたのよ」
綾子が真砂子の様子に気づいて、心配そうな声を上げる。
ナルも居るぞ、ほら、いけ真砂子。
「子供の霊がいたるところにいますわ……みんなとても苦しんで」
いけったらあ!と心の中で言ってるんだけど、ラスカルはスターリングの傍から離れません。お前の居るべき場所は森じゃないのか。俺の記憶では、真砂子がナルにふらーってする所だった気がしたんだけど。んなことしてらんないくらい、辛いんだろうか。
背中をさすれば、頭を俺の肩口に預けた。
「この家、霊を集めていますわ。全部、子供の霊です……」
もう立っていられないくらいに真っ青だ。
これは確かにナルどころじゃ無いね!俺が浅はかだったよ。
「横になる?おいで」
倒れないように肩を抱いて、ベースを出た。
細々とした声で謝った真砂子を客室で休ませる。ついているのは綾子に任せてベースに戻ると、ジョンとナルはもういなかった。礼美ちゃんのお祈りに行っているらしい。
「真砂子は?」
「寝かせた。……ミニーは?」
きょろきょろ、とベース内を見ると、その姿はどこにもない。
リンさんもぼーさんも、俺の言葉にぎょっとした。わあ、三ヶ月一緒に働いていてて、リンさんが目を見開いたの、俺初めてみたゾ。
ぼーさんは無事の確認とナルへの報告の為に急いでベースを出て行った。
さっきは驚いて立ち上がったけど結局ゆっくりと座ったリンさんと俺だけが、静かなベースに残された。
「ミニー……どうやって出てったんだろう、超気になる、見たかった」
ぼーさんとリンさんが居る所で、……こう、隙を狙ってじりじりと動いて出て行ったんだとしたら、凄くシュールだ。しかも、今も家の中で、誰にも見つからないように細心の注意を払いながら隠れてるわけだろ。めっちゃ見たい。
モニタを眺めながらひとりごとをつぶやいた俺を、リンさんがちらりと見た気配がしたが、俺はリンさんに答えを求めたわけでもないし、リンさんも俺に話しかけてこなかった。

ミニーはまた現れるってナルが言うのでベースに待機していたところ、大きなポルターガイストが起こった。マイクには音が入り、切り替えるとたくさんの子供の声が聞こえる。子供の泣き声がトラウマになりそうなレベルの迫力。
「うひー、こわ」
音がデカいので耳をちょっとだけ塞ぎつつぼーさんの背中に頭をぐりぐり押し付けた。
「うお、なんだ嬢ちゃん、珍しく弱腰じゃねーか」
「めずらしかねーやい」
ジョンは大丈夫でっせ、と笑いかけてくれたので許すが、ぼーさんは俺の態度に笑ってるので許さない。
しかしこの声はなんだ。子供の幽霊総動員させて騒いでるのか?ミニーの身体じゃ、誰にも気づかれないように探すのは大変だし。西洋人形がスパイみたいにこそこそ家を行き来している様子を想像して、勝手にじわじわツボったけど、これ笑ってる場合じゃない。俺が一番不謹慎でした。
「ジョンのしたことが効果あったか……とすると、結界が役に立つかもな」
「ほーん」
耳を塞いでいるので自分の返事はやけに大きく聞こえる。
「ナル!ミニーが礼美ちゃんのところに来たわよ!」
「なに?」
ふいに子供の声が止んだと思ったら、礼美ちゃんについてた綾子がベースに飛び込んできた。
「このなかにいるわ」
シーツにくるんだものを綾子はナルに渡す。
「礼美ちゃんのふとんの足元が膨らんでるのに気がついて、めくってみたらいたのよ……!」
ああ、いきなりふとんの中に現れるパターンだ。あれ?って思って自分で布団めくったら幽霊いるっていうやつ。しかし、そうなると、空間を曲げられるってことなのか?綾子はずっと礼美ちゃんについていたわけだし、布団をめくって入って来たなら気づくし。
それなら見張りも、ガン見し続けてないと無理だなあ。
顎をもにもにと撫でながら、西洋人形をじっと見る。こんこん、とおでこをノックしたら、ナルが訝し気に俺を見た。あ、なんでもないです。


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お池にハマってさあ大変。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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