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ジョンがミニーのお祓いをするっていうので、皆で行く事になったが俺はベースから動こうとしなかった。ナルは別に来いとはいわないけど、ぼーさんがきょとんとしている。あんだよ。「来ないのか?」
「うん」
「そりゃまた……」
ぼーさんは口を抑えて隠したが、ふにっと口元が歪んでるのが丸見えだ。
俺が怖がってるのがそんなに面白いですか!?なんですか!?
ミニーと礼美ちゃんが話しているとき、本当に死ぬ気で行ったんだぞ。オトコ谷山、生きて戻らぬ、以下略、の気持ちでだな。……と、心の中でぼーさんに言い訳しながら、暇なので資料の整理に勤しんだ。リンさんは相変わらず俺に話しかけてくる事はない。
そして、ジョンのお祓いの後、ミニーは燃えた。
燃える前に、額に十字架の焼け跡がついたお顔を拝見したが、それだけでもトラウマなので、お祓いの様子見なくて良かった。絶対、勝手に目が開くんだぜ。
ぼーさんが、この家で最初に命を落とした子供、立花ゆきの浄霊をすることになった。
それにともなって、礼美ちゃんと典子さんはホテルに移動させることにした。ジョンのお祓いと、綾子の結界があればそこそこ効くだろうってことらしい。
「麻衣ちゃんはいかないの?」
「んー、ごめんね」
しゃがんで、礼美ちゃんを見上げながら謝る。いきたいよお、俺もいきたいよお。
礼美ちゃんはそのままきゅっと抱きついて来てくれたので、嬉しくて抱き上げた。うははは、俺の妹だあ。
「麻衣ちゃんはすっかり礼美のおねえちゃんね」
典子さんはほっとしたように俺たちを見る。しかしその言葉に、礼美ちゃんはきょとんとした。
「麻衣ちゃんはおねえちゃんじゃないよ?」
あ、……はい。
礼美ちゃんのおねえちゃんは典子さんだもんね。
「麻衣ちゃんはおにいちゃんがいい」
「うん?」
ちょびっと照れた様子で礼美ちゃんは言った。え、お兄ちゃん?性別は間違っていませんけど。え?
首を傾げて反応に困っている俺の隣で、綾子とぼーさんは盛大に噴いた。真砂子とジョンも顔を背けてぷるぷる震えてる。典子さんは堪えて、……もう笑えよぉ!
礼美ちゃんのご要望にお応えして、抱っこからおろしながらちょっと男らしく声を掛けた。
「典子姉さんの言う事ちゃんと聞くんだぞ、礼美」
ぽんぽんと頭を撫でると、礼美ちゃんは嬉しそうに笑って、家を出て行った。
「喜んだらいいのか、悲しんだらいいのか……」
タクシーを見送り、家の中に戻りながら呟く。
実際の性別は男だし、普段からきゃっきゃしてるわけじゃない。もともと麻衣ちゃんって元気な子だったし、俺も俺のテンションでいいと思ったから。でも麻衣ちゃんはやっぱり、しっかり女の子なわけで、それができていない俺はちょっと役不足なんじゃないの?だめ?もうちょっと可愛くしゃべるべき?ふにゅぅ。
「喜べ喜べ」
ぼーさんがバシバシと俺の背中を叩いた。
「お前さんの無駄に男前な所、良いと思うぜ」
「それ褒めてんの?」
無駄か。俺の男前は無駄か。
たしかに麻衣ちゃんは女の子なので男前な所なんていらないよね!
「……もうちょっときゃるんきゃるんできるようになるね」
「なんじゃそら」
ぼーさんは笑って頭をかいた。
礼美ちゃんの部屋でぼーさんの祈祷が始まったが、居間に反応が大きく出たので、ぼーさんに移動してもらった。カメラ越しに、子供の顔みたいな靄と黒い淀が見える。そこから、気味の悪い霊が出て来た。かろうじて女だとわかる様相。
うえ、実際に居る訳じゃないのに目が合った気分。さてはカメラ目線だな?
カメラに写ってもぼーさんには見えないみたいで、うしろだと指示を出すしか無い。……俺はいかねーぞ怖いから。
その後、ナルが撤退を指示したので、結局大したことはできなかった。
女がぬうっと現れたところの床に穴があいた。
日中、ホテルに行ったジョンと綾子と真砂子を呼び戻し、その穴を見せる。子供達の霊がたくさんいて、女が娘のとみこを探し求めて子供を沢山殺しているとかそういう、ドロドロした話を聞いた。
仮にも母親だったのなら、同じ年頃の子供を殺すなよ。狂気と絶望に満ちて死に、人としての心は消滅してしまったんだろうか。わかんねーや、人の心は。
ナルは真砂子の言葉を聞いてすべてわかったように頷いた。
「どっかいくの?」
部屋を出て行こうとするナルの背中に問う。
「出かけて来る。帰りはいつになるかわからない。あとをたのむ」
「いってらっしゃい、早く帰って来てねー」
ぱたん、としまるドアに声をかけた。返事は無い。
とみこのことを調べてくるのだろうから、あとはもう何も起こらないように大人しくしてればいいわけだ。でもそれを知ってるのは俺だけなので、ぼーさんたちはナルの行動に肩をすくめて、次に除霊するやつは誰だと順番を決める。渋々と言った様子で、綾子が手をあげ、ジョンとぼーさんと真砂子は礼美ちゃんの居るホテルに戻った。
「ねえ麻衣、一緒に来てよ」
「え、なんで」
「だって怖いじゃない」
巫女装束に着替えた綾子が、ベースに居る俺に言う。
「祈祷やめとけば?」
カメラ越しに怖い女の霊を見た俺は、絶対に行きたくない。綾子だっていかなくていいと思うけどな、俺は。普段のお祓いはあんまり強くないみたいだし、向いてないと思う。
あと、俺は井戸に引きずり込まれたくないからな。どうせナルが帰って来たら解決してくれるから大丈夫だ。
「ようは礼美ちゃんの所にいかなきゃいいんでしょ?綾子のお札で家に閉じ込めたら?家が凄い荒れそうだけど」
「……それじゃ何の解決にもならないじゃない」
「んなら祓って来たら?」
「だから、一緒に居てっていってるんでしょ」
「こわがりだなあ!井戸に引きずり込まれたらどーしてくれんの!?」
「それはあたしの台詞よお!」
いえ、麻衣ちゃんの役目なんです。
俺が行ったら俺が引き摺りこまれんの!絶対!そういうタイプなの!!
リンさんもなんとかいって……と縋るように視線をやっても、当然リンさんが口を開く訳がない。
「いいじゃない、普段役に立たないんだから」
綾子は俺のポロシャツを握って放さない。
俺は事務員だから目に見えて役に立つことはないし、その必要も無いと思うんですけど。
「立ってますう、事務員として!」
「今事務仕事は必要じゃないのよ!現場を放り出してどっかいった雇い主の代わりに働きなさいよ!」
こら、服がめくれてお腹が見える!
綾子は俺を引き摺るようにしてベースを出て行こうとした。
「ナルが遊びに行ったわけないだろ!帰って来たらなんとかしてくれるもん!やだあああリンさんといるんだあああ!」
リンさんに手を伸ばすも、大きな背中は私何も聞こえてませんと語っていて、ぴくりとも動かなかった。う、うらぎりものぉ!
結局俺は綾子に付き合わされて居間で正座だ。
祈祷の最中に綾子はびびるびびる。まって、この人、こんなにヘタレだったの?まだ役に立つときじゃないからこんなにへっぽこなの?
「うあ!」
ひんやりとしたなにかが足に触れて、声を上げる。正座をくずして、フローリングに尻と掌をぺたりとくっつける。当然つるっと平らなので、近くに掴まれるものもない。
ぐんっ、と引っ張られるのがわかった。内臓がせり上がるような感覚に、吐き気がする。
みゃあああと阿呆な雄叫びを上て引きずりこまれて行く。
急変した事態に慌ててかけてつけてくれたリンさんの指先は、わずかにかすったけど及ばず、俺はまんまと落下した。
リンさんはもうね、ベースの時点で俺を引き止めるべきだったね。
悪いのは綾子なのか、俺のヒロイン体質なのか。
麻衣ちゃんこれを知らずにこなしていたんだから、すごいよなあ。
……なんて思いながら目を覚ました。
知らない風景───どこかの和室に居て、庭で小さな子供が遊んでいるのが目に入る。麻衣ちゃんが見るような過去視だろうか、これは。
男に声をかけられて、とみこらしき幼女が遠ざかっていく。それから、髪を振り乱した女が悲しみにくれ、井戸を見下ろしているのを見つめる。だれもが被害者だったのになあ、悲しいことだ。
物語を読んでるのとは違い、これはこの世で実際にあったことで、目の前でその光景を見せられている俺は素直に辛いと感じた。
気がつけば傍にはジーンが立っている。それから、とん、と肩を叩かれる。軽い衝撃だったけど、意識がふっと遠のく。いや、むしろ意識が戻ったんだ。
「麻衣!」
綾子の必死な声が、頭に響いた。
next.
麻衣ちゃんはおにいちゃんがいい、っていうのを書きたくて。
綾子と言い合ってるとき、ナルと呼びながら信頼してる感じのことを言ってるのは、リンさんだけしか気づいてない。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018