I am.


.i am 11

リンさんに下から支えてもらってなんとか井戸から這い上がる。ほんの少しだけどリンさんを踏んづけられたので、憂さ晴らしになった。勿論蹴ってなんかいないよ?気持ちの問題だよ。
「なんか意味深な夢をみちゃったよ」
「なぁに?」
脱脂綿で膝をちょんちょん消毒しながら言えば、綾子は絆創膏の準備をしながら首を傾げる。
夢の話をしたら、綾子は「人さらい~?」なんて顔を歪める。信じてねーな。
おまけとばかりに、絆創膏の上からぺしんと叩かれたので、悶絶する。まあ俺は一般人だと思われているので、信じられるとは思ってなかったけど。
「……真偽のほどはわかりませんが、案外的を射ているかもしれませんね」
リンさんは一応真面目に話を聞いてくれていた。え、初めて優しさに触れたんじゃないのこれ。優しさじゃなくて、ただ律儀なだけなのかもしれないけど。
ソファに寝転がりながら、綾子がこれからどうしようかな、なんて言っているのを遠くに聞いて、もう一度寝た。
夢の中では、ジーンが俺の顔を覗き込んでいる。
「もしかして、元気づけにきてくれた?」
身体が痛かったからなのか、動く気は起きず、顔を向ける事しか出来ない。
ジーンは微笑んで、「だいじょうぶだよ」といって、暗闇に消えた。

どのくらい寝てたのかわからないけど、ホテルにいるはずのぼーさんの声がして目を覚ました。
霞んだ視界がゆっくりとはっきりしてきて、ナルを含む皆が戻って来ているのが見える。
「リン、今までの分を再生してくれ」
「はい」
「あーおかえりー……もーちょっと早く帰って来てほしかった」
起き上がりながら恨み言をひとつ零すと、ナルは俺を見て溜め息を吐いた。
「僕を責めるのはお門違いだな」
「そーだね、綾子がへっぽこだから悪いんだね」
「なによへっぽこって!」
ソファに座り直すと、綾子が俺の耳を引っ張った。
「綾子は今度から、巫女じゃなくて、へっぽこって自己紹介したら良いと思う」
「なんですってぇ!?」
ぼーさんは、そうしろそうしろ、なんてヤジをとばし、真砂子も冷たい目線で綾子を見てる。
「で、なんかわかった?イケそう?」
喧嘩が勃発するまえに、綾子から視線をはずしてナルに問いかけた。
「ああ、今夜中に決着をつける。……まったく、これだけの人間がいてこのザマとはね」
折角話をそらしたのに、ナルは辛口なので、綾子の怒りの矛先がナルに向いた。
ナルは綾子に言い募られても顔色一つ変えずに、解決方法を語る。真砂子曰く、まだ霊はホテルのほうには行っていないようだし、大丈夫だろう。俺はジョンと一緒におりこうさんに黙って彼らのやりとりを聞いていた。
「あたしたち、身の安全を考えるべきじゃない?」
「……下手したらこっちまで地縛霊にされそうだしなあ」
綾子は前の件でもこの台詞言ってるけど、逃げるときは潔いし、自信あるときは高飛車だし、この人ハート強いよなあ。
「帰りたいならご自由に。その程度の霊能者なら必要ない」
そしてナルは相変わらず冷たい。あと誰よりも自信満々。
でも説明不足にもほどがあると思うよ俺は。ヒトガタあるなんて聞いてなかったもん。
ナルは勝算と実力があるからこそのナルなんだけど、結果を見ない限りは、成功するだとか、その理由だとかを言わないから、結構いろんな人が振り回されていた。特に麻衣ちゃんな。
霊を散らす作戦らしいが、……うん、特にやる事がないね、俺。
今度こそリンさんとお留守番しちゃうぞ!って思いながら、ナルのドヤ顔をにこにこしながら眺めていたのに……真砂子が心細そうな顔して、「一緒に居てくださいまし」なんて腕を掴んで居間に引き止めるもんだから、撤退できなかった。
また幽霊みるのかあ……。今は真砂子が俺にしがみついてるけど、いざとなったら俺が真砂子にしがみつきそう。

家中に綾子のお札が貼られて、ぼーさんと綾子は鬼門に待機。リンさんはベース。憎い。あとの皆で居間。寒くなると思ったからパーカー着てきたけど、既に寒い。真砂子もあったかくない。
「ベースに戻ろうか?」
腕をぎゅっと抱きしめられたので声をかける。戻ろうかっていうか、戻ろうよっていうのが本心なんだけど。
でも真砂子はここに居るといって聞かない。やっぱりナルの傍が良いのかな。もうちょっとナルの傍によろうか?ていうか、怖いので俺もナルの傍に行ってもいいですか?
しかし真砂子が漬物石のごとく動かないので、俺も動けない。
「除霊には二つありますの。除霊と浄霊……」
「ん?」
囁くような声で、真砂子は語る。
「ナルは霊媒じゃないですもの……除霊をするつもりなのですわ」
「そうかなあ」
「除霊はしてほしくありませんわ、少なくともあたくしの目の前では……」
悲し気な真砂子の、長い睫毛を見下ろす。その時、空いている方の腕をぐっと引っ張られて前につんのめる。バランスを崩した程度だったので、真砂子の隣に座り直して、肩に手を回す。お互いにしがみついてた方が安全だと思うんだよね、怖いとか、そんな、怖いに決まってるじゃないですか!
「大丈夫、なんとかなる」
強がって、とりあえず笑っておくことしかできない。信じてるよお、ナル!
真砂子はどうしても除霊を見たくないみたいで、必死に女を説得したけど、あの恨みと絶望に満ちた目を見て、ぐっと押し黙ってしまった。
いやだなあ、怖いなあ、あんな思いを抱えて俺は死にたくないぞ。
ナルが歩み出すと、真砂子はやめてと叫んだ。俺的にはいいぞやれ!って感じだ。
ジョンがさっき床に叩き付けられてしまったので、助け起こしに行っている間に、ナルはポケットからヒトガタを出して女に投げていた。
あの人出て来た瞬間に投げてくれればよかったのに、どうせちょっとどんな奴なのか見てみようとか思ってたんだろこいつ。俺がどんだけ怖かったと……!
ジョンの肩を支えながら心の中でケチを付けている間に、ヒトガタが幼女に変わって、女はすっかり良い顔して、ふわふわと浮かばれて行った。


帰り際、礼美ちゃんが寂しそうに俺を見た。とことこ、と歩み寄って来て両手を広げたので、抱き上げる。こういう抱っこされなれてる感じの構えが、すごく可愛いんだよね。
「麻衣ちゃん、またきてくれる?」
「うん、呼んでくれたらすぐくるよ」
おでこをこっつんこすると、礼美ちゃんは嬉しそうに笑う。そして「やくそくね!」と言った礼美ちゃんは俺のほっぺにちゅーをした。あらら、と思いながらお礼を言って礼美ちゃんを降ろす。まあ、傍目から見たら女の子同士だし、子供だし、いいんだけどさ。
ばいばい、と手を振って、先に歩いて行ったナルに追いつく。
「まいったね、初恋泥棒だったりして」
えへっとふざけて笑ってみたけど、ナルは何も答えてくれなかった。
はい、調子にのりました。


next.

人形編終了です。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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