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二学期になってすっかり制服が冬物に変わったある日、真砂子が事務所に訪ねて来た。時々用事のついでとかいって事務所でお茶を飲んで行ったりするから、今日もそれかと思ったが、仕事の話らしい。いまナルはジーン捜索のための瞑想中ってやつで、あんまり邪魔はしたくなかったんだけど、仕事の話じゃあしょうがない。遠慮がちに所長室のノックをしてみる。勿論返事なんか無い。これは、入って来るなって意味。だからといって入って行かないなんてことはない。
「所長ー、真砂子ちゃんでーす」
「だからなんだ」
いつも真砂子が来るとナルを呼び、秘密を握られている彼は渋々出て来て一緒にお茶をしたりするんだけど、今日は特別機嫌が悪い。
「仕事の依頼なんだって」
ナルはうんざりとした顔で立ち上がった。
依頼内容は、公園に居たカップルに、急に水がぶっかけられる現象を調べてほしいと言うことだった。
……こんなはなしあったっけ?記憶に無いだけかな。
次の日、霊だったときの保険と囮要員としてぼーさんを呼び出した。しかし俺はその囮と水ぶっかけフラグを回避するために、当日男物の服を着て行ってやった。
「おっすー」
元々ショートヘアーだし、そもそも身体が男の子なので、男の服を着れば男に見える筈だ。むしろこれじゃあ麻衣ちゃん男疑惑が浮上するわけだが、皆さん俺のことを女子高生だと知っているので問題は無い。
囮のペアはどうせ、俺とぼーさん、ナルと真砂子だ。すると、多分麻衣ちゃんは絶対水を被る事になるはずだ。
でもそんなのやだ!!!むしろナルが濡れる所が見たい!あ、でもあの人すぐ風邪引きそう。
「なんだその格好は」
「普段着です」
「ぜったい、嘘だろ」
ナルににっこりしらばっくれてみせたけど、ぼーさんがすかさず突っ込む。
「あー、最近ボーイッシュ路線に目覚めてね?」
「ボーイッシュっつうかもう、黙ってれば普通の少年じゃねーか!」
ぼーさんに頭を掻き混ぜられる。あーよかった、俺やっぱり男の子なんだよ。麻衣ちゃんだからって、あえて可愛い服とか選んでたので、この格好が凄く懐かしい。
「さ、囮しよーぜ!」
ぼーさんの背中をぱしーんと叩いてナルと真砂子から離れようとした。すると、真砂子が俺の腕をとって引き止めた。ぎっくんちょ。
「囮が一つでは心もとないですけれど、しかたありませんわね」
え?俺?なんで?まさか、"ナルへの水ぶっかけ作戦"がバレてて、ナルはあたくしが守りますってこと?
ナルはそもそも囮になんかなりたくなかったみたいだし、ぼーさんは楽しそうに俺と真砂子のツーショットをカメラに収めて俺たちから離れていってしまった。
ぴええええ俺のばかあああ。逃げ場がないよお。
そんなわけで、真砂子と俺は今日だけカップルになりました。……っていってもなあ、彼女居ない歴がもう十五年以上になるんだぞ。女の子とは友達として過ごして来たもんだから、彼女にどうやって接するのか忘れたよ?抱きしめれば良いの?公園でいきなりそれはだめか!下手したら真砂子にビンタされそうだ。
俺たちの座るベンチの正面の、離れた所にあるベンチにナルとぼーさんが普通に座っていた。
くっそ憎たらしいです。いっそ男同士のカップルのふりしてろや。イライラ。
「恋人と居る時に眉間の皺はいけませんわよ」
「ん?あ、ごめん」
「何か不満なことでも?」
「いや、渋谷さんたちもカップルのふりしたらいいのにって」
笑いながら言うと、真砂子もぷっとふきだした。しかし、急にはっとして、「きましたわ」としらせてくる。
やっぱり俺水被るフラグなの!?
ぽちゃん、と項に水が垂れた。ほんとに来た!
ていうか、やべ、真砂子の着物濡れるじゃん!ナル絶対濡らすとしか考えてなかったや。
「ごめん、倒れて!」
「きゃあっ」
ベンチに押し倒して覆い被さると、頭と背中にびしゃーっと痛いくらいの水がかかる。
「ぅあ……───つめってぇ」
冷たい!痛い!つらい!くそ、麻衣ちゃん悪運強くねえ?
後頭部から米神とか頬を伝ってぽたぽたと滴がたれて、木製のベンチと真砂子にほんの少し零れた。
真砂子は固まっている。そして、ゆっくりと両手で口元を覆い隠して、顔を真っ赤にした。
……え、真砂子?
「良いアングルだわあぁ!」
「は?」
言いながら、真砂子は目をキラキラさせていた。
ゆっくり起きると、ぼーさんとナルが俺たちの所に駆け寄ってくるのが見えた。
ジャケットを脱ぎながら、頭を少し振って水気を払う。真砂子は憑依されたのか、「庇われるなんて腹立つわね~」「でも少女マンガみたいで素敵だわ~」とか言ってる。
「ちょうどいい、このまま話をきこう。あなたがここにきた人達に水を降らせた犯人ですか?」
「そ~よ~、風邪引いて肺炎でも起こして苦しむがいいわ~!」
ホホホホホと高飛車に笑う真砂子。
ナルは表情を変えずに、彼女の話を聞いた。鬱憤がたまっていたみたいで、あっさりと自分の過去を語ってくれて、なんとも残念な死に方をしてしまった人だということが判明した。
「だから腹いせに、ヤツのかわりに公園でイチャつく人々を同じ目にあわせてやろうと思ったのよ~!」
もう俺、着替えに帰って良いですか?背中も濡れてるから、ひんやりしてて、すごく寒いんだけど。
「一時的に憂さが晴れても、その度にいやな男のこと思い出さなきゃいけないんでしょ、それって」
濡れた後頭部の髪の毛をとかしながら声をかけると、真砂子はきょとんと俺を見た。
「そんな男のこと思ってやるなんて勿体ない。忘れてー……っくきゅん」
くしゃみでてちょっと台無しだけど、まあいいや。鼻をすすりながらぼーさんが貸してくれたコートを着る。
「あなただって、今の状態がいいものだとは思ってないはずです」
「そうそう、いつまでもそんなことしてると、地縛霊になっちゃうぞ。ちゃっちゃか成仏したほうが幸せだと思うなー」
ナルとぼーさんが続けてくれた。ぶっとんでるけど実際はまともな人みたいだ。地縛霊という言葉にも引いている。
「……あなたたち、心霊オタク~?」
余計な一言があったけど、公園の木々のざわめきや、のどかな雰囲気を見てから、彼女はそっと息を吐いた。
「そうね、……ありがとう」
話を聞いてあげたから、さっぱりしたみたいで彼女はわりとあっさり天に昇って行けたみたいです。そして、真砂子はすぐに我に返った。
「うえっきゅふん!んぐっふぇ……ぅぅもお帰って良いでしゅか」
なんか浄霊して仕事終わったぜ、みたいなほのぼのした感じだったけど、俺のくしゃみが色々台無しにした。
数日後、ジョンと綾子とぼーさんが事務所に遊びに来た。
あんまりもてなして騒ぐとナルに怒られるんだけど、暇だったからいいやと思い、彼らにお茶をだす。
この前の事件の話をしていたのだが、ぼーさんが俺と真砂子のツーショット写真を思い出したらしく、綾子達に見せた。
「やだ麻衣ったら、本当に男の子みたい、これ普段着?」
「いや友達の兄ちゃんから借りて来た」
「やっぱり嘘だったんじゃねーか」
あっさりネタバラしをしたのでぼーさんに小突かれる。
「どうせぼーさんとペアだろうから、カップルに見えない格好を考えてったんだ。絶対ああいうとき水被るじゃん?」
「確かに真砂子か麻衣のペアだったら絶対麻衣の方……あんた運悪いわよね」
「今回も結局被ったしな」
ぼーさんはニヒヒと笑った。
そんな話をしていると、真砂子が事務所にやってきた。
「あらみなさんおいででしたの。ナルはいます?」
「居るよ。出かけんの?」
「ええ」
何度か連れ出されるのを見たし、真砂子が色々誘いをかけていることは知っているので、俺はソファから立ち上がる。
「えー?無理よ無理、いくわけないじゃない、あのナルが!」
「そんなことございませんわよ、あたくし何度かご一緒しましたもの、映画やコンサートに」
そんなことなんて知らなかった綾子たちは、雷に打たれたように固まる。
「一人で出かけると声をかけられやすくて。ですからナルにボディーガードを頼んでますのよ」
え、そんな理由なの?と俺も驚いたけど、納得。真砂子は結構顔が売れてるし、そうでなくとも和服美少女だから遊びに行くのも一苦労だろう。
「とりあえず今呼んで……」
「いいかげんにしてもらえませんか、ここを喫茶店がわりにするなと何度……」
「こんにちは」
俺の言葉を遮るように出て来たナルは、真砂子に気づいて一瞬固まる。
「お出かけだって」
口添えすると、ナルはじろりと俺を見る。なんで俺睨まれてるの。
「お前が行って来たらどうだ?」
「は?いやいや何言ってんのかな君は」
「この間みたいな格好をすればいいだろう」
「今日の格好かわいいだろ、無理です」
ショートパンツとタイツの、普通に女の子の服を着ている俺は、ナルに抗議する。そもそも真砂子はナルと出かけたいんだから、俺になすりつけたら駄目だって。
「あら、でしたら麻衣さん、洋服を選びに行きません?」
「へ」
「この間みたいな格好なら、お付き合いいただけるのでしょ?」
「ふえ?」
するりと腕が組まれた。あれ?どうしたの、真砂子。
「先日庇ってくださったんですもの、お礼にプレゼントさせてくださいな」
「おっいいねえ、麻衣、俺がいい店教えてやるよ」
「面白そうねえ」
ぼーさんと綾子までのって来た。まってよお、ついていけないよお。
ジョンはにこにこ笑っているし、ナルはドヤ顔。スケープゴート麻衣ちゃんですか。おもちゃにされるんですか、俺。
真砂子は別に二人はついてこなくていいなんて言っているけど、そんなの聞くわけがない。しかもジョンも無理矢理引っぱりこまれている。
「えと、おしごと……あるから、」
「麻衣、今日は帰って良い」
機嫌の良さそうなナルは俺に若干微笑んでいた。
こ、こいつそんなに真砂子とお出かけいやなのか。いやそういうやつけど。
next.
主人公は小説派だったのでこの話は知らない。
さりげなく真砂子→麻衣。恋愛感情にまで到達してないけどデートできるならしたい。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018