I am.


.i am 13

湯浅高校という女子校の生徒達が何人か、渋谷サイキックリサーチに相談をしにやってきたが、ナルにとって憑依霊は専門外だからにべもなく追い返した。
最初は学校名や症状を聞いてもピンとこなかった。
ぼーさんが来て、同じ席に座ると怪我をするという現象を聞いたり、校長が正式に依頼しに来たことで、俺はようやくカサイパニックを思い出した。
犯人は笠井さんの傍に居る先生で、麻衣ちゃんとナルが呪われたというのは覚えてる。ヒロイン業も楽じゃねーなあ。


湯浅高校への調査は初日、ぼーさんと俺とナルで行った。
ベースの会議室にはひっきりなしに人がやってきて、症状や体験談などを話してく。怖い話ばっかりで超疲れるけど、何も知らずに真面目に聞いてるナルたちの方が大変だ。怪談を持ち寄る人全てが今回の件に関わってるとは言い切れないけど、その人の周囲との関係や接点が大事であることを知ってるので俺はそっちを重視した。かといって、情報を集めたいナルは調書を作らせるので内容もしっかり聞かないといけなかったけど。
相談が続く中、ぼーさんのおっかけをしているらしい女の子がやってきた。高橋さんっていうんだけど、タカって呼んでって言われる。なんだか人懐っこいかんじ。うんうん、元気な子っていいね。
「……問題の席を見てみたいな……」
電車のドアに挟まれる呪われた席の話を聞いた後にナルが呟くと、タカが案内を申し出てくれた。

陽が暮れた頃には、怪談話のメモをした書類が束になっている。まだ書き残しが随分あるので、実際にはもっと沢山になる。あれ、これ、俺の仕事増えるだけだよね。
「どーなっとんじゃこの学校はー!!!」
ぼーさんは、どさっと書類をテーブルに叩き付けた。
「こんだけの量誰が除霊するってんだよ!俺か?俺なのか?もーいっそ泣かせてー!」
「がんばれー」
「……尋常じゃない」
ぼーさんとナルと俺の三人分コーヒーを作り、話を聞く。何も知らなければ意味の分からない事件だし、俺だったらきっとずっと気づかない。でも知っているって、不思議だ。

次の日、リンさんだけでなくジョンと綾子と真砂子まで呼んで調査を開始した。カメラの設置や温度計測なんてしてられないので、手当り次第に除霊していくとのこと。
うーん、ご苦労さまって感じです。
幽霊だったとしても凄い数だけど、これが唯一人の仕業だと思うと、あの先生とんでもねえなあ。
「麻衣はここで連絡を待て」
「はーい」
分担を指示したナルが最後に俺に言いつけた。
わー平和だあ。のどかな平日の昼間、学校をサボって難しくもない書類の清書に勤しむ。皆は正体不明のものを探して歩き回っていて、俺は座っている。そんな今でも、時給が発生している。幸せだわー、とにこにこ一人でいたんだけど、急にドアが開けられて、驚いた俺は持っていたペンを取り落とした。
凄い不意打ちだった。どっきんどっきんしながら、慌ててドアの方を見ると、タカが部屋を覗きに来ていた。
「っくりしたー……おす」
「ごめんごめん、なにやってんのー?」
えへへ、と笑いながら入って来るタカ。調査資料を纏めてたと教えれば、その書類の量に少し驚いてる。
「まったく、どーなってんのかねー、この学校は。祟りに幽霊に超能力でしょ?」
「超能力?」
それだよそれ、っと思いながら話を遮る。もっと早く、そしてナルの前で言ってほしかった。
どうしよう、ナル呼び戻すべき?
「あのねー」
「待って待って、ナル呼ぶ」
「うん」
呼ぼう。二度も話させるの可哀相だし、俺が説明し直すのも嫌だ。
「渋谷さん、ちょっと戻って来て」
ぷつん、とインカムを切ると、タカがこてんと首を傾げた。なに?なんか変な事あった?
「ちゃんと渋谷さんって呼んでるんだあ」
「分別くらいつけるよ」
「のわりに、敬語じゃないじゃん」
麻衣ちゃんらしくはないけど、俺はどうも本人にナルって呼びかけるのが苦手だ。ぽろって出たりとか、ふざけている時、怒ったときは遠慮なく呼ぶけど。
「敬語は面倒」
タカと他愛ないやり取りをしていたらすぐにナルはベースに戻って来た。

カサイパニックの話を聞いて、ナルは少し考えたそぶりをみせてから、笠井さんに会いに行く事にした。
優しそうな女の人、産砂先生が俺たちを出迎えてくれたけど、犯人を知ってる俺からすると、この人が怖くてたまらない。
「……なんのご用かしら?」
当の笠井さんは俺たちが顔をのぞかせるとふいっと顔を背けた。俺もこの先生から顔を背けたい。

ナルが名乗った後、産砂先生は俺にも「あなたは?」なんて聞いた。ナルは苗字しか言わなかったし、別に今この場で呪うつもりで名前を聞いているわけではないと思う。笠井さんと俺が話して、その話を産砂先生が聞いて、俺とナルが呪われるはずだ。
「あ、調査員の谷原です」
偽名を言ってみた。……だって、呪われたくないもん。あれ、でも、だとしたらナルは呪われない筈じゃないか?偽名意味ねーなこれ。はあ、嘘ついて損した。

それから、ナルが笠井さんの信用を得る為にスプーンを曲げた。え、っていうか、折れたんですけど。しかも、笠井さん話しながらくっつけたんですけど。どうやったの?どういうことなの?どういう原理?溶接?溶接したの?
かん、とテーブルに乱暴に投げ落とされたスプーンをとって、ひっぱったりねじってみたり、さっきまでとれてた所を撫でてみたりする。ほえーすげー、ボコボコもしてないよ。
「笠井さん、今でも曲げられますか?」
「できるよ……!」
ナルの問いに、笠井さんは強気にスプーンをとった。
さっきスプーンくっつけたんだから、曲げさせなくたってよくない?ナルって鬼なの?曲げるのとくっつけるのとでは違うの?
笠井さんは真剣な顔して、スプーンを持って踞る。
「そんなことをしてはだめだ!」
でも、ナルの厳しい声がかかって笠井さんはびくっと震えた。なに、何事なの。
「そんなことをしていると、本当にゲラリーニたちの二の舞になる」
「二の舞?」
「いまのはトリックだ。スプーンが身体のかげに入った所で、先を椅子の縁にあてて曲げようとした」
ゲラリーニたちは、最初は力があったがそれを失い、インチキに頼ってしまったらしい。有名になるのも考えもんだよね。
「で、でも曲げた事があるのはほんとだから!」
「一度でも見つかってしまうと、何を言っても信用されない」
ナルは笠井さんからの手からスプーンをとってテーブルに置いた。
「ゲラリーニの能力が不安定なのは、研究者なら誰でも知っている。できないときはできないといっていいんだ」
笠井さんしょんぼり。傷ついたような、ちょっと嬉しいような気持ちだろう。
だって、ナルは笠井さんのことを否定しなかった。やっぱりこの人は、真面目な研究者だなあ。性格悪いけど。
「わたしが教えたんです……ほかの教師たちからにらまれて、どうしてもスプーンを曲げなきゃならない状況だったもので……」
産砂先生が笠井さんを庇うように、肩に手を置いた。

生物準備室から帰り、ベースに入る前、ナルはスプーン曲げの件を俺に口止めした。特にリンさんにはバレたくないみたいで、ちょっぴり困った顔をしてる。かわいいじゃねえかおい。ぱすーんと背中を叩きながら了承しておいた。弱味にはなりやしないだろうけど、まあ、恩を売っておこう。
「ところで、お前の苗字はいつから谷原になったんだ」
ベースの中に入ると、もう無表情に戻っていて、俺を見下ろしている。
「ああ、呪われたら嫌だなって思って咄嗟に」
「……」
溜め息いただきました!
「あんまり意味無さそうだけどね、笠井さんは良い子そうだし」
偽名はきかないみたいだし……と心の中で呟いた。

一旦ベースに全員で集まって話を聞いたが、真砂子は霊が居ないと言うし、他の皆はそんなはずないと言うし、ナルはいつもの如く意見は保留。ぼそっと、誰々が居たらなんて言ってるのはジーンのことかな。
とにもかくにも、進展は無い。
やる事がなくて暇な俺はいつの間にか寝てたらしくて、暗闇にぽつんと佇んでいた。辺りを見回せばジーンの姿がある。いつも案内ご苦労さんです。
「よう」
手を挙げると、少年は目を細めて微笑んでから指を差した。そこには、モノクロ写真が反転したような学校風景があって、校舎の中が透けて見える。その中に何か靄のようなものが燻っていた。
「……鬼火だ」
「あの場所に、モノがある……のか?」
鬼火と言われましてもねえ、と考えつつ、冷静にそれを見つめる。
ヒトガタは、確か、マンホールの中に沢山あったから……あれは悪霊がいるのか?わかんないなあ。
結局ジーンは深く語ってはくれず、目が覚めた。机の上に頭だけ落っことして寝ていたみたいで、米神がじんじんしていた。


next.

ナルが渋谷一也で呪われるのはなんでだろうね。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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