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俺の前に現れた悪霊は、駆け込んで来たぼーさんによって祓われた。でも、滅したわけでもないし、呪いを破ったわけでもないので何も解決はしていない。でも、弱々しい声は全員に届けたもんだから、全員ベースに駆け込んで来てくれて……俺うれちい。
「大丈夫か、麻衣?」
「ぼくお寺の子になるぅうぅ!!!」
顔を覗き込んで来たぼーさんにがばっと抱きついた。ぼーさんはノリが良いので、抱きしめ返してくれる。その調子で、今晩も俺の傍に居てください……。と、言えないのが女の子です。わりとマジの意味で。
「はあ、こわかったー。皆来てくれてありがとう、感謝のハグをしてやろう、さ、並んで」
ぼーさんから離れて皆に言いながら、手をばっと広げると誰とも目は合わなかった。ははは。もう一回ぼーさんに抱きついておこうかな。うわーん。
結局、俺が呪われているのではなくて、この部屋に出るんだという話になったので、俺は心配されてません。
しかしまあ、ちょっと勘が良いと言っただけで呪われるとは。それとも悪意があるって言ったから?
ていうか笠井さんどれくらい筒抜けなんだろう。いや、この際言ってしまったことはいいんだ。必然だったとは思うし、事態が動く種にもなった。
あの悪霊は俺の所にまた出るわけだろ?そしたら俺が呪われてるってわかる。それで、悪霊が来る呪いなんてあるのかってなって、リンさんとナルが気づいてくれる。まあ、その前に俺がお陀仏したら意味が無いけど。……はー、綾子に駄々捏ねてお札書いてもらえばよかったかなあ。ジョンに聖書読んでもらえば、危害は加えられないかなあ。でも一日中歩き回ってお祓いしてくれていたんだから、意味も無くやってくれないか。ジョンはともかく。
「麻衣」
とぼとぼ歩いていたところ、ふいに背中を叩かれて、ぎょっとした。霊に突き飛ばされたのかと思ったけど、笠井さんがにこっと笑って隣に並んでいた。
「あれ、まだ残ってたんだ」
「うん。麻衣は今帰るんだね、駅?」
今日は怖い思いをしたので、皆より少し早く帰っていいと許可をもらった。俺も笠井さんも、コートを着て鞄を持っているので、家に帰ることはお互い見て分かる。
「うん、笠井さんは?」
「あたしも……よかったら」
「一緒に帰ろうか」
多分、除霊の事もききたいのだろうし、なんだかんだ笠井さんも打ち解けるのは早い気がする。それとも、俺なんて警戒するに足らずって感じ?どっちだっていいけどさ。
誘いをかけると、笠井さんはふふっと小さく笑う。
きっと、最近はずっと一人で帰ってたんだろうなあ。
「恵先生に麻衣の事話したら、きっとESPがあるんだって言ってた」
「はえ?」
ああ、やっぱり話したんだなと思いながらも、そういった産砂先生に疑問を覚えた。たかだか一言でなんでESP?……言い当てられた、と思ったのかな。だから誰よりも俺の勘を信じたんだ。
しかし、偽名が通用しないなら、人を呪うのって簡単なんだなあ。あの呪われた席に座っていた最初の子だって、簡単に呪えたんじゃないか?……なんて思ってしまう。
自分で名乗ったから偽名でも呪えたのだと思うことにしよっかな!深く考えると俺のちっちゃい脳みそがパンクしちゃうのでやめる!
「何か手伝える事があったら言ってって。あたしも手伝うし、なんでも言ってよ」
「ほんと?ありがとー」
といっても、バイトちゃんの俺ですら今やる事がないので、とくにやってもらいたい事は無い。
ただ、今、思いついたことがあったので、あっと声を漏らした。
「ひとつ、いいかな?」
「うん!なに?」
「谷山麻衣、って覚えててくんない?」
「谷”山”麻衣?」
きょとん、と笠井さんは首を傾げた。俺は頬を掻いた。やっぱり、谷原と名乗ったことを覚えてるんだろう。
「ほんとの名前」
「どうして、嘘の名前を名乗ったの?」
「んー、一種の自己防衛なんだよね。ほら、呪われるってきいてたから」
笠井さんは少し目を丸めてから、「なるほどね」と自嘲気味に笑う。
「気を悪くしないで、笠井さんに会う前のことだ。身を守る為の嘘」
「ん……」
「学校中の誰もがこの名前は知らないんだ。それを、笠井さんだけが知っていて欲しい」
「それ、なんの意味があるの?」
「この秘密は、きっと笠井さんのことも守ってくれるよ!」
きっと産砂先生は俺を呪う時に谷原麻衣と書いた。まんまと俺は呪われているけど、笠井さんがもし呪ったのなら後からそのヒトガタは回収して、書き直すだろう。間違った名前でも俺に呪いの効果が出ている、ということを知らないから。
ヒトガタが回収された時に、谷原麻衣と書いてあった場合、俺の本名を知っている笠井さんは除外できる筈。
きっとナルが犯人の証拠をあげてくれるから、あんまり意味はないかもだけどね。
「わかった」
「信頼する恵先生にも、内緒だぞ」
おでこをつんとつつくと、一拍遅れて、笠井さんは「わかってる!」と怒りながら笑った。
次の日の朝、ベースにやって来たナルとリンさんは、俺の挨拶にろくに返すこともなくコートを脱いでいる。なんか、はいはい、みたいな雰囲気は出てるからガン無視ではないんだけど。お前らなに?低血圧?普段そんなに口開かないんだから挨拶でくらい声きかせてよ、特にリンさん。頭の中で文句を垂れていると、ナルは俺の顔を見て、眉を顰めた。
「目、赤くないか?」
まさかナルが俺の機微に気づいて指摘して来るとは思ってなかった。きゅん。
「夜……うちに出たんですよ」
「は?」
怪談を語るようにひっそりと声を出す。ていうか、怪談そのものだけど。
「ベースにでたヤツが夜中にじーっと見てて、朝までにらみ合い」
こんなことならいっその事ナルにつけてやればよかったあ!と思ったけど、麻衣ちゃんは優しいのでそんなことしないぞ。
「夕方のは、貴方の家に行ってもいいですか?今夜は寝かさないぜ!っていうデートの申し込みだったのかもしれん」
腕を組んで、なんてことのないように言ってみた。
本当はめっちゃ怖かった。むしろ怖すぎて逆に元気!みたいな。気丈に振る舞わないと、心臓が動くのをやめそうなんだ!
布団の周りに盛り塩して寝てみたけど、ヤツが出ない理由にはならなかった。いや、布団に潜り込んでこなかったのは塩のお陰かもしれない。なら、部屋全体に盛ればよかったのか?いや、だとしたらいざとなったときに塩をぶち当てられない。やっぱり昨日ので合ってたんだ!……あっ、二重にすればよかったのかもしれない……あっ。
「麻衣を、狙っているのか?」
「たぶん。ほら、万年モテてるから。……呪われて悪霊にモテるとか勘弁してほしいな」
「……!」
へらっと笑って言ってみる。合ってる?これで合ってるよね?
ナルとリンさんが俺の前と後ろではっとした。
「リン……」
「……その可能性はあります」
二人にしか分からない会話をされている。
next.
きゅん。に深い意味はない。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018