.i am 17
ナルが調べ物をしてくると言って部屋を出て行ったあと、俺はベースで居眠りしました。ごめんなさい。だって昨日寝てないんだもん!誰かといろって言われたけどまだ昼間だったもんだから!目が覚めたら午後三時で、それまで誰も俺を起こしに来なかったということはとくに問題もないんだろう。
睡眠よりヒトガタを優先させなかったのは、もう一度呪いの効果を確かめる必要があったからだ。
笠井さんに本当の名前を教えたのは昨日の帰り道なので、今日すぐにヒトガタを見つけるわけにもいかなかった。笠井さんが犯人だったら名前を書き換えるので、時間をたっぷりとっておきたい。
ただしめちゃくちゃ怖いので、早く誰かと合流したい。ようは、霊が来れば良いだけだ。襲われる必要は無い。
でも、階段を降りていたところで、誰かに会うよりも先に悪霊にエンカウント。はわわわわ、なんというタイミングの悪さだ。
「麻衣さん!」
すっ、すきだー!!ジョン!
霊の気配でもしたのか、慌てたジョンの声が聞こえた。アアンでも悪霊消えない、聖水ぶちかませ!
「ん、わ、っ!!」
しかしジョンが駆け寄ってくるよりも先に、悪霊が俺の腕をぐんっと引いたので、階段から落っこちた。
なんとか、足や手をついて勢いを緩和させて、頭は守ったけど、目がまわって頭クラクラする。
ジョンが負んぶして保健室に連れてってくれたんだけど、俺、実はジョンよりちょっぴり大きいから申し訳ねえ。でも、降ろした後にふうっと息を吐くだけで、疲れたそぶりを見せずににっこり笑ってるところは素敵です。
それから、俺が階段から落ちたと聞いて、皆が保健室に来てくれた。
「マンホールの中」
「は?」
「探した?」
さすがに俺がマンホールにおっこちる訳にはいかないので、言わせてもらった。もー痛いのはヤ!
ぼーさんはきょとんとしてから、はっとする。盲点だよね、マンホールの中なんて。
そのまま、リンさんとぼーさんとジョンが探しに行ってくれた。
足を軽く捻ったのと、腕に少し痣が出来たくらいで済んだので、身長の近い綾子に肩を借りてゆっくりベースに戻る。それから一時間くらいすると大量のヒトガタを持ったぼーさんたちが帰って来た。
「麻衣のヒトガタは、これか?」
「そうだね」
ナルは沢山のヒトガタの中から、一体出した。俺はそのヒトガタを見てほっとする。名前は谷原麻衣だ。
「偽名なのに効くもんなんだなあ」
「笑い事じゃありませんわ」
ナルだって呪えるんだから俺のことだってちょろいよね。
あははと笑うと真砂子は不機嫌そうにヒトガタを奪い去った。
「昨日の帰り道で、笠井さんにはちゃんと、本名を教えたんだ」
「あんだって!?」
ぼーさんが目を剥いた。
ジョンと綾子と真砂子も、きょとんとしている。
「勿論、悪霊が出たことは言ってない。だから、放課後になるまでに、ヒトガタの名前を変えても良い筈じゃない?それなのに谷原のままなんだから、やっぱり笠井さんじゃないと思うよ」
「メチャクチャなヤツだな」
ナルはふん、と鼻で笑った。褒め言葉です!
そもそも俺はどちらにせよ呪われていたわけで、偽名と本名の話は、単なる思いつきとおまけだ。ぶっちゃけた話、ヒトガタが谷原で、笠井さんが本名を知っていたからといって、決定打にはなりはしないのだ。
「……とにかく、あとは犯人を探すだけ、か」
「それについては想像がついてる」
ナルが俺のヒトガタを拾い上げながら答える。
つ、爪立てたりしないよね?俺は思わず自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
「犯人には僕が会って話をつける。今回の調査はこれで終了だ」
「俺たちには犯人を教えないってことか?」
「皆には関係ない」
すぐそういう事言うんだからお前は!ぼーさんも綾子も不満そうだし、真砂子とジョンだってはいそうですかと帰るわけがない。
ぼーさんはともかく……なんて仲間はずれをしようとしていたところで、ベースにリンさんが戻って来た。後ろには笠井さんとタカ、それから、産砂先生の姿がある。
ナルがリンさんに呼びに行かせたみたいだけど、産砂先生まで呼んだのかこいつ。
「産砂先生?」
「あの、ごめんなさい、来ては行けなかったのかしら」
ナルの表情と先生の様子に、ああ勝手にきた感じね、と納得。ていうか、リンさん断らなかったの?ナルに任せようと思ったの?ちょっと、そこんとこどうなの!
結局ヒトガタを燃やして来いというナルの命令は聞かず、皆がベースに残った。従順な俺は燃やしに行ってもよかったんだけど、他の誰もついて来てくれないみたいな雰囲気だから、言い出せなかった。
「高橋さん、それに、笠井さん。二人は麻衣のフルネームを知っているか?」
笠井さんはこくりと頷く。
「苗字なんだっけ?麻衣」
タカは忘れていたらしく、てへっと可愛く笑う。そんなこったろうと思ってたよ、二回目に会ったときになんだっけって聞かれたから、麻衣でいいよって答えたし。
「産砂先生も、ご存知ですよね」
「ええ、笠井さんからよく話をきくから……谷原さんでしたよね」
ナルの眉がほんの少し上がった。
「笠井さんは、やけに麻衣の勘が冴えていることを聞いた?」
「うん、ちょっとだけ」
「その話は、だれかに言った?」
「恵先生に……」
笠井さんは産砂先生を見やった。
「わたしが聞いてはいけなかったのかしら、でもわたしは他の人にはいってませんから」
「……そうですか」
ナルが視線を少し落とした。お前、俺のヒトガタ撫でるのはやめろ、怖いから。
ついでとばかりに、産砂先生の出身を聞いて、ナルは小さく頷く。もう聞きたい事が無いのか、ぱたんと膝の上のファイルを閉じた。ねえ、早くそのヒトガタ俺に返して!今この場で燃やすから!
「現在学校で起こっている問題は解決できると思います」
「……あの、解決できるって……?」
笠井さんはナルを見つめた。
「事件の様相はわかった。あれは呪詛だ。それも、ヒトガタを使った厭魅……」
ヒトガタを始末すれば終わりで犯人に呪詛をやめさせればいいということを、ナルは説明した。
「じゃあなに?あたしをここへ呼んだってことは、つまり、あたしが犯人だって言いたいわけ!?」
「いや、これは、……麻衣のヒトガタだ」
ナルはそう言いながら、俺のヒトガタを見せた。谷原麻衣と書いてあるそれに、笠井さんは目を丸める。
「麻衣は、生物準備室に言った際に偽名を名乗った……笠井さんはそれを昨日、知ったね?」
「……うん」
「名前は術者が気を高めるのに必要なだけで、麻衣がそう名乗り術者がそう認識していたので偽名でも問題はないんだ。そして呪いに効果があったのは笠井さんが麻衣の偽名を知る前だが、今日一日、麻衣は呪われていないふりをして猶予をあたえた。偽名だと知れば、効果を高めるためにもすぐに書き直すだろう」
笠井さんは俺を見た。産砂先生にも、ちゃんと俺の本名は内緒にしてくれたようだ。ぱちっとウインクをしてみると、笠井さんはふにゃっと顔を歪めた。
「つまり、麻衣を谷原だと誤解しているのは、産砂先生だけです」
next.
ナルが偽名で呪われてしまった以上主人公も偽名を名乗っても呪われなければならなかったし、つまりほぼ意味がない展開だったのですが、笠井さんにだけこっそり本名教えてドヤ顔ウインクしたかったのです。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018