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今日は、ジョンの相談を受け、教会に調査にやって来ていた。ぼーさんはおまけ。教会の周りや中には小さな子供達がいて、彼らは外国人就労者の子供や、訳あって親といられなくなり教会に引き取られた子供達らしい。こんなに小さいうちから大変だなあ。まあ、麻衣ちゃんもか。
でも、俺は本当に大人が必要な子供の精神ではない。もちろん、身体も公的立場も子供だから、助けてくれる人は必要だし、寂しくないと言ったら嘘になるけどさ。
ジョンに東條神父を紹介されて、教会の中に入った。
「この教会では時々妙なことがありまして」
あたたかいお茶を入れてもらい、神父様の話を聞く。
なんでも、永野ケンジくんという男の子の幽霊が、頻繁に出てくるのだとか。うーん全然ピンと来ない。真砂子が持って来た公園の水かけ幽霊の件みたいに、俺の記憶には無い事件かな。大事にはならないだろうと、俺はあっさり考えを放棄する。
ケンジくんの話を聞くと、ナルは素直に依頼を受けた。まあジョンの頼みはなるべく聞いてあげたくなるよね。……ナルはそういうんじゃないと思うけど。
当時の敷地の様子や、ケンジくんのホイッスルが落ちていた場所なんかを見ていると、あっさりとお昼の時間になってしまった。
「もうそんな時間かー、あたし朝食べそこねたのよねー」
「それ、綾子の真似?」
ぼーさんの突然のおねえ言葉に失笑していると、子供の声が響いた。「おとうさん!」という声に聞き覚えもないし、この中にお父さんらしき人もいなくて、俺はきょとんとして声の方を見る。
そのまま、駆け寄って来た子供が、リンさんに抱きついた。……え、……隠し子?
「リンさんって結婚してるの?」
「してない。していたとしても、ここに子供が居るわけないだろう」
ナルは寒いと身を縮こまらせて教会の方歩いて行こうとする。本当に子供だとは思ってなかったけど、なんとなく聞いてみたら普通に答えてもらえた。フルネーム知らねーけど、新たな情報はゲットだよ。たしか中国の人っていうのは覚えてるんだけど……まあ、あんまり知らない。作中でもプロフィール少なかったし。
とりあえず、異様な光景に笑いと戸惑いを感じながら、浅黒い肌をした子供と一緒に教会の中に戻った。
どうやらタナットという坊やの中に、ケンジくんが入っていて、リンさんはケンジくんのお父さんに似てるらしい。ケンジくんはじきにはなれるはずだというので、リンさんは子守りを任された。
俺たちはリンさんと遊ぶケンジくんの姿を部屋の陰からこっそり見ている。ああ、爆笑したい。
「……へんですね」
ジョンの呟きに、ぼーさんが「たしかにへんな眺めだ」と肯定した。
「いえそう言う意味ではなくて……」
ジョンが少し困ったように言う。
「いつもやったら、出て来たらすぐ離れてしまうんですけど……」
「お父さんと離れたくないのかな」
純粋に考えてそうだろうと思って俺は口に出した。
「……ホームビデオを撮っていてもしかたない。ジョン、落としてみないか?」
「はいです」
調査中なので一応カメラで記録してはいるが、ナルは早々に無駄だと判断した。
準備をして、ナルが始めるように合図をするとジョンは頷き、タナットの額に聖水で十字架を書いた。
タナットはびくっと震える。
全然関係ないけど、聖水触ってみたい。いっそのこと、かけられてみたい。肩こりとか解消されないだろうか。……なんて、ジョンのお祈りを聞きながら場違いなことを考えていた。
「とみこみたいに、お父さんのヒトガタ用意するのは?」
「ヒトガタはあくまで見立てるだけで……それを用意したからといってお父さんだと思うわけじゃない」
ナルいわく、とみこのときは、女がとみこにしか目をむけなかったからこそ効いたとかなんとか。霊のお願い事も、簡単ではないですね。
ジョンのお祈りが終わって、タナットがふらりと身体の力を抜いてしまったのが見えた。落ちたみたいだと皆がほっとしたのもつかの間、ビキ!と壁や天井みたいなのが音を立てる。その中で、子供が「お父さん」と呼ぶ声がした。頭の中に直接響いたみたいな声。タナットの声でも、この中の誰の声でもない。
「ケンジくん?」
と、口に出したつもりだった。
気がついたら外にいて、身体がめちゃくちゃ冷えている。
「さ、……むうぅぅぅう……」
自分の身体を抱きしめて、狼狽える。なんだ、知らぬ間に眠ってて、しかも外に出てたのか?夢遊病?寝てたにしては、なんか身体が怠い。風邪か?風邪ひいちゃったのか?
ガタガタと歯が噛み合わずに震える音を出す俺を、皆がじっと見つめてる。「……麻衣?」とぼーさんが遠慮がちに顔を覗き込んで来たんだけど……なんだその目は……。俺は夢遊病ついでに何か自分でも知らない隠し芸でも披露しちゃったんだろうか。
「なに、これ、なんかした?」
「あーいや、具合はどうだ」
「くっそ寒い」
「こら、女の子がくそとか言うな」
「……中入っていい?」
ぶるぶる震えている俺に誰もコートを貸してくれない。お前らそれでも男か。
しまいにゃ、抱きついて暖をとってもいいんですよ。
一応問いかけたけどナルの答えも聞かずに、一人でさっさと教会の中に戻った。
屋内だから少しはマシだけど、もっとぬくぬくしたい。誰かお布団を持ってこい。
「麻衣さん!」
慌てて追いかけて来てくれたジョンに、もう一度身体の具合を尋ねられる。なんでこんなに心配されてるの。
「なんか凄く怠いというか……。ちょっと、渋谷さんに帰って良いか聞いて来る」
体調管理もできないのかこの馬鹿、と言われる覚悟を決めて、丁度教会の中に入って来たナルの方を見る。
「ほんなら、休んでいっておくれやす」
「あーいいっていって」
よくわからないけど、具合が悪いのかもしれないし、そこまで甘えられない。しかも仕事中ですから。
「麻衣、休んでいけ」
え……?いま、なんて言った?休んでいけ?ヤスンデイケ!?
「なんで優しいの?怖いんだけど。……なんかやっちゃった!?可哀相なことやらかしちゃった!?」
ぞっとするう!ナルが休んでいけなんてぞっとするう!朝、教会に来たばかりの時にぼーさんとちょっとはしゃいでた程度で「遊びに来たなら帰れ」って言ってたナルが、休んでいけなんて!!雪でも降らせるつもりか?
ぼーさんの服をぎゅうっと握って揺さぶる。
「いや、あー……ケンジに憑依されてたんだ」
「なんだあ、それを早く言ってくれたらいいのに。不安になっちゃったじゃないかよう」
「知らないままのほうが良かったと思ったんだがなあ」
なにせ、タナットがリンさんにべたべたしてたのを俺は見ていたわけで、それが俺になったということは、俺がリンさんにべたべたしたわけか。
「なるほど、ごめんねーリンさん」
声をかけると、今まで頑に俺と目を合わせないようにそっぽむいていたリンさんが、ぎくりと肩を震わせた。
「あたるもんもあたらん身体してるから、お互いに気にしないでおこうね」
俺絶壁だから、驚きのフィット感の筈。
ぼーさんは笑って、リンさんは気まずそうに視線を落として顔を背け、ジョンは面白いくらい赤くなった。そういえば三人とも抱きついたことあったね。
とにかくこの怠さを取るためにも昼寝をさせてもらった。
目を覚ましたら夜で、本当に雪が降ったので、ナルの優しさはやっぱり異常気象を引き起こすのだということを悟った。
next.
私なんとなく麻衣さんをこみかど先生みたいなノリで想像してる。いや、全然違いますけど。叫ぶときのニュアンスはこみかど先生……。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018