I am.


.i am 21

生徒を集めてくるのは安原さんに任せて、俺はナルたちと一緒にその生徒の証言を聞いた。
LL教室の雑音、開かずのロッカー、いつのまにかバラバラになる人体模型、音楽室の物音、焼却炉のフタを開けるとおじいさんが逆さまに顔を出す、保健室のベッドは奥から二つ目にいつの間にか誰か寝てる、エトセトラ。
どんだけあんの、この学校。いや、沢山あるんだろうね、知ってたよ、うん。
「……坂内くんを見たって人がいます。廊下ですれ違ったとか、教室に立ってたとか……」
「坂内?だれです?」
女子生徒がぐすっと鼻をすすりながら言った。
「九月に自殺した一年生です」
今度は三つ編みの子が堂々と言った。坂内くんが自殺したあとから変な事件は起こり始めたらしい。自分たちで除霊をしてみようと思っておこしたことも、また騒ぎとなってしまい、また記事になった、と。
遊んでんなあ、マスコミ。学校じゃなくて松山で遊んであげたらいいのに。

「わからないでもないな……」
生徒達が出て行ったあと、ぼーさんは呟いた。
「進学校だとしても、先生の目が厳しいね……うちの学校とは大違いだ」
「お前んところは自由すぎないか?」
「自由な校風な学校程、良い先生が多いぜ、いーだろ」
ぼーさんに、ははんと鼻で笑っておく。
うちの学校に松山みたいな先生はいない。ちょっと頭が堅い人はいるけど、だからって怒鳴りつけたり自分の言いなりにさせようなんてこともない。皆、甘えれば笑ってくれたり、悪い事をしたら怒ったり、極々普通の大人たちばかりだ。
「とにかく、こんだけおさえこまれちゃ、ストレスもすげーんじゃねえの?」
集団ヒステリーとも確かに考えられるけど、これ、ストレス溜まった末での呪詛だから。ぼーさんの言葉には、小さく頷いておいた。

「次の生徒達をつれてきました、”集団食中毒”の」
安原さんがまた、何人かの生徒を連れてベースに入って来た。そして、安原さん自身も座った。
食中毒と言われているけど、新聞記事とは全然違った症状に、思わず顔をしかめる。学校が嘘ついたんだな。まあ、原因不明の異臭で騒がれるよりもまだマシっていう、大人の思いを分かっちゃう俺も、ちょっぴり大人なわけだよねえ。
「……教室を見せてもらえますか」
小火の話を聞いたあと、ナルは少しだけ考えて、席を立った。安原さんも腰を上げて、ぼーさんも行ってみるかーなんて感じに首をさすってる。
えー、くさいんでしょ?行きたくない……。
しかし嫌だとも言えずに俺は皆の後をのこのことついて行った。
件の教室は、三年一組。「開けますよ」とわざわざ言うあたり、本当にくさいんだろうな。

……………、ドアを開けた瞬間に、むわっときた。
「ぅ、ぉぇえええ……やだやだやだ入りたくない」
「こらこらこら」
掌で鼻から下全部をおさえて教室から遠ざかろうとすると、ぼーさんが俺の服を引っ掴んだ。
「臭いますか?」
「……なんちゅーか、夏に台所に出しっ放しで三日程忘れていた魚の匂いのような」
「かすかにすえた香りと、水量の減ったドブ川にも似た香りが絶妙なハーモニーを奏でて」
鼻を摘んだまま、「つまりクサイです」と二人で声を揃えた。
ナルは随分鈍感な鼻をしているのか、精神鍛錬の賜物なのか、表情一つ変えずに教室内を歩く。
臭いの強い場所はないとか言ってるあたりきっちり嗅いでるみたいだ。慣れちゃってるらしい安原さんならともかく、何で平気な顔してられるんだ。
俺とぼーさんは何よりも先に、窓を明けによーいどんをした。コンパスの差でぼーさんが先に窓にたどり着き、がらりと開ける。でも、臭いが薄まる事はなく、仕方なく顔を外に出して外気を吸う。俺は教室を出るまでここを動かんぞ。
「……ここで、なにか変なことをしませんでしたか?」
「変なこと……ですか?」
「降霊術のような」
ナルの発言に、ぼーさんや生徒たちは少し目を見張った。
なんでぴたりと言い当てたんだこいつ。あ、さっき机撫でてたのはサイコメトリしてたのか。
「ヲリキリさまのことじゃない?」
「ばっか、違うよ!だってあれは……」
女子生徒が二人、ぽそぽそと話している。
「なーにそれ、こっくりさん?」
「ああ、……二学期に入ってから流行ってるんです、ヲリキリさまとか権現さまとか、いわゆる……」
「あたし持ってる!まだ使ってないやつ」
いわゆるこっくりさんですね、と言いたかったんだろうけど、女子生徒の声に阻まれて消えた。こっくりさんと認識してる人も入れば、こっくりさんじゃないと認識して安全だと信じてる人もいるんだな。
普通にこっくりさんはこっくりさんだし、怖いと思ってたから一回もやった事無い。良い子だからね!
「こっくりさんじゃねえか!」
「ええ!?」
生徒はぼーさんの言葉に驚く。
ぼーさんはぐしゃっと紙を丸めて、全部こっくりさんだからもうやるなと怒った。
俺は教室を出て行くときに、ゴミ箱からぼーさんが捨てた紙をパクっといた。

その後、学校中で流行っているというヲリキリ様が、本当にどのくらいの普及率なのか聞き込み調査をさせられた。安原さんもすっかり使いっ走りになったので、ナルの犬同盟でも組もうかなあ。
「ナルちゃんよー本気でやんのー?やなんだよねーこっくりさんて。とんでもねえ霊を呼び出してたりするからさー」
「そこをなんとかお願いしま……」
「そーだ!除霊のやり方教えるからきみがやれ!」
「こら、ものぐさぼーず!」
嫌がって安原さんに詰め寄るぼーさんの頭の尻尾をぐっと引っ張った。
「だって!んじゃおまえ、松山の態度見てやる気でるかー?」
「出ないが!?」
ドヤ顔で見返す。
ぼーさんは「んなキッパリと……」と苦笑する。
「すみません、松山はああいうやつなんです」
俺とぼーさんの会話に、安原さんがうんうんと頷きながら入って来た。今この人呼び捨てにした。やつっていった。
安原さんの被ってる猫が一匹剥がれて、俺の足元にすりよってきたよにゃーん。よーしよしよしよし。



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心の中ではとてもうるさいけど実際そんなに口に出してないなって思いました。今回は結構喋ってる気がします。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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