I am.


.i am 22

綾子はリンさんと機材と一緒に車でやってきたけど、すごくすごくうるさい。俺は無視しようとして目を合わせなかったんだけど、一番文句を言いやすい下っ端なもんだから、わざわざつかまえられた。
「寝てればよかったじゃん」
「あたしはあんたみたいに図太くないの!」
俺だって図太くねーよ。
「へーへー。でも男部屋よりはマシだから。人数的にも」
男四人、女三人、安原さんも入れたらもっとどんよりする結果だ。
あー、俺、女の子でヨカッタ!

とにかく明日は真砂子が来たら霊視してもらって、わかったらぼーさんと綾子とジョンで除霊をする、ということらしい。ちなみに、曖昧なのはナルとリンさんで調査、俺はベースで中継と整理のお留守番。
「ただし、何かあったら報告するように」
「わかった、じゃ、居眠りしてても怒るなよ」
「……」
ぐっと親指を立てると、ナルは嫌そうな顔をした。えー麻衣ちゃん寝ないと力でないよ?いいの?いいのかな?ん?
「仕事中には眠るな」
「へい」
夜寝るときに都合良く見られるわけでもないんだけど、じゃあナルが見てない所で寝ればいいなと思って頷いておいた。
「え、じゃあ、谷山さんもただの人じゃないってことですね」
「ただの野生動物よ!この間の事件はたまたま役に立っただけだもんねー」
安原さんがきょとんとすると、俺よりも先に綾子が謙遜した。なんか、人に言われるのはむかつく。
「どこかのへっぽこよりはマシかな」
「ちょっと、へっぽこってなによ!」
俺は安原さんを見ながら親指でくいっと綾子をさす。やーい、このへっぽこみっぽこ!
怒った綾子はきゃんきゃんうるさい。めんどくさいので放っておいて、話題を逸らした。
「安原さん泊まるんですか?危ないですよ」
「うん、僕みたいなのでも雑用くらいできるかなと思って。一応泊まるようにはしてきたんですけど」
ぼーさんは「六畳間に五人……うんわ……」と苦い顔をしている。よかったな、俺が女の子で!慰めるように背中を軽く叩いておいた。
ナルは一応一般人への配慮として、やめておく事をおすすめしたけど、最終的に安原さんもナルの雑用になりました。犬いえーい。って、ちょっと不謹慎だったかな……。

俺は安原さんを連れてマイクの設置に来ていた。彼はもっぱら荷物持ち。楽だわー、倍持てるから往復が少なくて良い。
「これで何か怪しい音が入らないかチェックするんですよ」
俺はナルよりも優しいので、一応説明をしてみる。安原さんは「はあ」という曖昧な返事をして、機材の量にちょっと驚いていた。
「……最近の霊能者ってこんな機械を使うんですか?」
「うちは特別。そもそも所長は霊能者じゃなくて、ゴーストハンターだそうですよ」
「あ、知ってる、それ」
「……珍しいですね」
安原さんが、薄く笑った。
「坂内……例の自殺した一年生がね、入学早々の進路調査で”将来の希望、ゴースト・ハンター”って書いたんだって。……まあ、冗談のつもりだったんだろうけど」
ふうんと俺は頷いた。
冗談だったか本気だったか分からないけど、ゴースト・ハンターになりたかったなら、呪いに手を出したらいかんだろーよ。いまいちあの子の事はよくわからないんだよな。そもそも、なんで死んだんだ?もちろん学校も教師も最低なやつだし、人が自殺をする理由なんて他人には分からないけどさ。
そのとき不意に、視線を感じた。まさか霊が出るとか言わないですよね……?ちょっとあたりを見回してみるけど誰の姿も無い。
「なんです?」
「……なんでもないです」
坂内くんが来てたのかなって思ったけど、安原さんには誤摩化した。
「さて、次はどこにいけば良いですか、親方!」
「あはは、えーと、猫の鳴き声のする体育館ですね」
この猫は安原さんが普段被ってるやつかもしれないな!なんて心の中で一人でジョークを言っておく。
「じゃ、ちゃっちゃとすませましょう。やっぱり夜の学校って不気味ですからね。僕怖いの苦手なんですよー」
笑みを絶やさない安原さんにつられて笑った。
「あのー、なんで親方?」
「だって僕、立場的に弟子ですから……いやですか?じゃ”親分”」
何だこの人、と思いながら俺は「お、おおう……」と微妙な声を出す。別に嫌じゃなくてさ。
「あ、そーすると渋谷さんは、大親分かな」
ぶはっと笑ってしまったらもう、あとは身を任せて腹筋を震わせるしか無い。
「うくく、お腹割れそう」
「なんですか、谷山さん緊張感ないなあ」
「誰の所為だと!?……もーいいや、大親分に怒られないうちに片付けましょうか」
「ですね」
笑っているうちに何となくまた、視線を感じた。
つ、ついてくんなよお!
まあ、坂内くんが出て来て直接何かをしてくることはないだろうけど。


その日の夜、寝ていたら学校の夢を見た。
最初は夢だと思わなくて、いつのまにか屋上にいた俺は佇んでいる生徒を見て、なんでこんな夜に残ってんだと声をかけようとした。あ、こいつ、夏服だ……、と気づいたと同時に、学校が人魂みたいなのに溢れているのが見えてそれどころじゃなくなった。
坂内くんかな、この人、と思い、隣に立って人魂を見てみた。
隣からくすくす笑う声がする。
「楽しい?」
問うと、策から少し身体を離して、俺を見た。目は死んでる。
「すごく楽しい。……これ以上、愉快な気分なんてないくらいだよ」
こわいよお。松山は最低だけど、この人はこわいよお。
可哀相だったのかもしんないし、辛い思いしたんだろうけど、お前がやってる事も十分、人でなしなことだかんな!俺は麻衣ちゃんみたいに優しかねーぞ!勿論松山は嫌いだけど!

翌朝来た真砂子は、霊が見えないと言った。存在は感じるらしいけど、波長が合わないみたいだ。もともと浮遊霊と話をするのが苦手なんだとか。むずかしいねえ。
「ただ……一つだけ特に強く感じる霊がいるのですけれど……」
「どういう霊ですか?」
「男の子です、あたくしと同じ年頃の」
真砂子が言ってるのは坂内くんの事だった。俺も見たけど、昨日の夢の事を言ったってしょうがないので何も言わない事にした。
とにかく除霊をしてみるしかないので、真砂子は綾子と、ぼーさんはジョンと、リンさんとナルは安原さんと回る。俺は相変わらずお留守番。
「麻衣」
「ん」
「サボって寝るなよ」
「はーい」
昨日あんまり寝てないし、多分暇だし絶対寝るなあ……と思いながら敬礼した。ナルは、信じてなさそうに二秒ほど見つめて、ため息を吐いた。ほらほら、はよいけ!寝てるから当分帰ってくんなよな!
手まで振って皆を見送り、一応書類の整理をしてたらやっぱり眠くなった。
あはは、おやすみなさーい。

「おっと」
気づいたら、真っ暗な学校の中にいた。
わかってるけど、夢と現実の切り替わりにぎょっとする。起きてるときの記憶がいきなり繋がるから。
寝ている俺はびくっとしたんだろうか。でも身体の感覚がしない。あ、身体の感覚を思い出そうとしたら夢から醒めちゃいそうだからやめたほうがいいな。
「麻衣」
「ああ……」
振り向いた先の廊下に佇むジーン。
ナル扱いもジーン扱いもできず、笑うしかなくて、歩み寄った。
「ここは危険だ、麻衣は帰ったほうがいい……」
「あー」
「見てごらん、たくさんの霊がさまよってる」
ジーンが言った途端に、校舎が透けた。これがジーンの見方、なんだっけな。
人魂がふわふわと浮いている光景に、眉をしかめた。
透けた風景のなかで、綾子と真砂子が更衣室でお祓いをしていた。あ、真砂子って一応人魂っぽいのの存在わかるんだね。馬鹿にしてたわけじゃないけど、分かりづらいって言ってたからあんまり信じてなかった。
「あそこは……」
人魂は、綾子の傍をすり抜けて移動して、放送室に向かう。
そして、放送室の人魂を、そいつは食べた。なんか怖い。もにょもにょしてる。
鼓動みたいに震えて、大きくなった。


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へっぽこみっぽこ は へっぽこ巫っぽ女です。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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