I am.


.i am 23

麻衣は帰った方が良いといわれましてもね、麻衣ちゃんはそういうわけには行かないんだなあ。
「……帰れないよ」
お前がナルで、ナルがそういうなら、勿論帰るけどな。

退魔法を教えてもらいなさいと言うお告げをうけ、あの鬼火の居る場所には近づかないと約束させられて、俺は目を覚ました。
そして、目を開けた途端安原さんが俺の顔を覗き込んでいた。思わず、ほぎゃあと言いながら思い切り身を引く。びっくりしたじゃんか。
ナルは?ナル帰って来てない?
きょろきょろすると、やつの姿はない。あーよかった。
「サボってると渋谷さんにいいつけちゃいますよー」
「ははは……内緒でお願いします」
俺の珍妙な声に突っ込みはなく、和やかな雰囲気のまま、俺は進行状況を尋ねた。
「作業は終わったんですか?」
「うん、頼まれた分は。コーヒーいれますね」
「依頼人にそんなことをやらせるわけには」
コーヒーをいれようとした安原さんに近寄る。でも、コーヒーを渡してくれない。
「いいですよ、弟子としてはこれぐらい」
調査の手伝いをさせているんだから、今更何を言っても意味が無い。安原さんはきっちり、俺に手伝わせずにコーヒーを二杯いれた。

「この学校のこっくりさんって変わってますよね」
なにげなく、ヲリキリさまの話題を出してみる。昨日丸めた紙を回収しておいたけど、情報が少なすぎて、今の所は書類の束の下に忍ばせてる。
「なんかいろいろ決まりがあるみたいだね、一度使った紙は二度と使えないとか、使ったら神社に捨てなきゃならないとか」
「神社はゴミまみれか……」
「ははは……あと、呪文を唱えたり」
「?」
そんなんあんの?でもそうか、呪うんだもんなあ。あるよなあ。
呪文自体は、安原さんが率先してヲリキリ様をやったわけじゃないから詳しくはわからなかった。まあ、俺たちが唱えられた所でどうしようもないし、今リンさん居ないし。
あ、そおだよ、リンさんの前でヲリキリ様の話題だせばいいんだよ。
二人で話しててもなんか無駄な気がして来た。まあ暇なので喋るけど。
「なんでこんなに流行ってるんですかねー」
「うーん、流行の原因を分析できれば苦労は無い……なんてね」
にこっと安原さんは笑う。
「手順や紙とかがかわってるからじゃないですか、呪文もそうだし。目新しいものってまずみんなとびつくでしょ」
「……年齢誤摩化してないですか?安原さん」
「ははは、僕、若年寄っていわれてるから。渾名が越後屋って言うんだ」
人のいいじいさんみたいな顔して何企んでるかわからないって言われたらしいけど、言ったやつ勇気あるな。何企んでるか分からない越後屋に言ったんでしょ?

コーヒーを飲み干して立ち上がると、安原さんは「きょうだね」と呟いた。なに?ドラマの再放送?俺テレビあんまり観ないからわかんないよ?
とぼけた顔をしてると、こいつ本当に分かってないと思っただろう安原さんはちゃんと説明してくれた。ああはいはい、更衣室で火事が起こるのは今日でしたね!
まてよ、あの更衣室って、真砂子と綾子が行ったところで、鬼火は放送室に移動したよね。
「今日は違う所で起こるかもね」
「え?」
安原さんが、俺の顔を覗き込むように首を傾げた。
んーなんていったらいいんだ?ふよふよ動いてるの見たって言えばいいの?
夢の話はして良い筈なんだよね。多分だけど。
「綾子たちがお祓いしただろうし……それで逃げて、今度は放送室とかに」
と、話していたところで、ぼーさんとジョンが帰って来た。おまけに俺と安原さんを茶化したので話は途切れる。
「いやだな、滝川さん」
「照れるな照れるな」
「気をきかせてくださいよ、良い所だったのに」
安原さんの冗談に、ジョンがホワイトボードに頭をぶつけた。一番良い反応。関西でリアクションも学んで来たんだね。でもそこは、ちょいちょいちょーい!って言わないと駄目だよ?
「ジョン大丈夫?」
「……ハイ」
頭を抑えるジョンをうかがってる間に、安原さんはぼーさんに諭されてる。
おもっくそからかわれてるぞ、ぼーさん。
「がんばるってアンタ。……麻衣が好きなのか?」
「好きですよ」
あっさり言われてもときめかない。なにせ越後屋だぜ。
「あっ、でも、渋谷さんも好きだなー、綺麗だし。……でも、滝川さんはもっと好きです……」
この発言に、笑ったのは残念ながら俺だけだった。笑うとこ!これ笑うとこ!
「皆して、弄ばれちゃったねえ」
笑いを抑えながら言葉にすると、安原さんには「谷山さんは弄ばれてくれませんでした」と言われた。そうかなあ、結構心の中で色々突っ込み入れてたから、安原さんに遊ばれた感覚でいたよ。
「ちっとも赤くなってくれないので……僕ってそんなに魅力無いかな」
「ごめんなさい、可愛い女の子にしか興味ないの……」
わざとらしく腕を組んで悩ましいポーズをとった安原さんに、俺も頬に手を当てるポーズをとって答えた。俺で遊ぶな、ぼーさんで遊べ。
ジョンが今度はペンを取り落としたので、俺はそれを拾って差し出した。

「どう、たいへん?」
冗談はさておき、ジョンに聞いてみたけど、手応えがないらしい。
うーん、故意の意志があるから祓えないのかなあ。
「そうだ、退魔法ってどうやるの?」
「あん?なによいきなり」
「遭遇したときにどうしたらいいかなーって」
「ああ……」
湯浅で呪われた時も退魔法を知っていたら俺は一晩中ヤツとにらみ合う必要もなかったのかもしれない。今回も別に俺がどうこうできるわけじゃないけど、もし遭遇しちゃった時は困っちゃうしな。あとジーンに習えって言われたから。
「手をこう組む」
すちゃっとぼーさんが唐突にポーズをとった。そしてなんか呪文を言う。なに?なんだって?メモとっていい?
「なうまくなむなむ……びびで、ばびでぶ?」
「ちげーって」
ぼーさんはホワイトボードに真言ってやつを書いてくれた。
ナウマクサンマンダバザラダンカン?ほほーん……覚えていられるかなあ……。どうせなら、喝っとかで終わらせてほしい。だって、そんなん言ってる間にやられちゃうだろ。
「南無三!とかじゃだめなの?」
「意味が全然ちげーの」
頭をわしわしとかき混ぜられた。しょーがねーから覚えるよう!
「……しっかし真砂子があれじゃ困ったな」
安原さんが入れてくれたコーヒーを飲みながら、ぼーさんがぼやいた。なに、何の話?
「本人は見えなくてもわかるって言いはってるけど、どうだか」
「見えないのはしょうがないんじゃない?でもわからないものをわかるって言う人じゃないだろー」
「麻衣ってやけに真砂子のこと信じてるよなあ」
「ボスが一流だって認めてたので」
もちろん、真砂子自身のこともちゃんと信じているけど、と心の中で付け足した。
「んー、真砂子は口寄せが得意なんだよなー」
「口寄せ?」
なんか前もそんな話をしてたな。いや、なんとなくわかるよ?わかるけどさ。
「霊を自分に乗り移らせて質問に答えたりするんだが、……考えてみりゃこっくりさんと同じだよな」
たしかに真砂子は公園の水かけお姉さんに憑依されて、自分の胸の内をしゃべらせてたなあ。でもそれ以外あんまり憑依されてるところを見た事が無い。まあ、霊に憑かれる機会なんて少ないからしょうがないけどね。
よそごとを考えていたらいつの間にかジョンとぼーさんがナルの論文の話を始めて、安原さんと一緒にお勉強スタート。
「博士の兄弟にユージン・デイヴィスゆう人がいはるんですけど、この人は完全な霊媒やと博士はいわはるんです」
「完全?」
「たとえば、ドイツ人の霊を呼べばドイツ語、ギリシャ人ならギリシャ語でしゃべる」
こういうのは珍しいとジョンは言った。
真砂子がこの間憑依されたときは、ちゃんとした憑依だったと思うんだけど。だって人格変わって動き回ってたし。あれが例えばアメリカ人だったら、あのまま真砂子は英語を喋っていたかもしれない。
なら、普段の口寄せはまた違うのかなあ。ていうか、故意にはできないってことかあ?
「やだもー頭使いたくない」
俺は考える事を放棄して、席に戻った。パイプ椅子が軋む音を立てる。
「だな。っちゅーわけで麻衣、お前なにか感じないか?」
「ん?」
「あ、谷山さん言ってたじゃないですか、火事がおこるの放送室じゃないかって」
「ほんとか!?」
安原さんにあっさりバラされた。おい、必然的に俺が居眠りしていたことになるんだぜ!?
ま、まあ……事実ですし……いいか。
ぼーさんと、ジョンまで詰め寄って来たのでおほんと咳払いをして、真砂子と綾子がお祓いをしていた更衣室の人魂が放送室に行ったことを教えた。
「まあ、夢なんだけどー」
「よし、麻衣!いい子だから寝ろ」
「今まで寝てたから無理」
肩に手をぽんと置かれて、俺はその手を掴んでぴょいっと放り投げた。


next.

つつくわりに、麻衣さんも私も解決はさせられないという。考えるのはやめる。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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