I am.


.i am 24

ナルは俺の居眠りについては言及しなかったけど、これで放送室が燃えなかったら俺はとてつもなくポンコツ扱いをされていたに違いない。
深夜の四時頃、火災報知器がけたたましく鳴り響き、俺たちは飛び起きた。なんとか火事を消したけどカメラもマイクもおじゃんだ。
「話に聞いてたより派手だったな。壁がこげる程度って言ってなかったか?」
「そのはずなんですけど……」
ぼーさんと安原さんが現場を見て溜め息を吐く。
悪化してるのは、放送室にいたやつを喰ったからだろうなあ。
「ほかに鬼火がいたという場所は?」
「印刷室とLL教室と、保健室かな」
焦げ跡を眺めているとナルが俺に意見を仰ぐので、夢の内容を思い出す。
「よーナル坊、このカメラもう駄目なんじゃないか?」
「……ああ、大丈夫だ、保険をかけてある」
「嘘はつきとおせよ」
ぼーさんに答えたナルに、俺はついつい突っ込んだ。ナルは忘れてたのか、大して気にしていなかったのか、何の事だか分からない顔をしてから、小さく笑った。あ、思い出しましたか。
「……意外と賢かったんだな」
「せっかく手伝ってやってたのになんだその口ぶりは!けっとばす!!けっとばすう!!」
ぼーさんに抱えられてナルの背中に向けて足をばたばたさせた。
俺が知ってて手伝ってやった事に対して、感謝をしなさいよばかめが!ほんとに性格悪い子だな!


生徒が登校し、授業が行われている時間帯、俺は廊下を歩いていた。
「おい、どうだ除霊とやらはすんだか」
俺の後ろから腕を組んでやって来た松山に、なんとか表情を取り繕う。
うげー……なるべく会いたくなかったなあ。俺は善人じゃないから、助けたくないなって思っちゃうかもしんない。
「ありもしないものをでっちあげて詐欺のような真似をして、どうせ金儲けが目的なんだろう?」
「仕事中ですので、苦情は責任者にどうぞ」
ぺこりと会釈して、踵を返した。かかわりたくねー。
すごくイライラする!お前呪われてるよ、殺されるよ、お前の所為だよ、助けてあげなくても良いんだよ、……って言いたくなる!
「幽霊だなんだと馬鹿な迷信に振り回されるヤツがどうなるか、教えてやろうか!?」
「……?」
わざわざ俺を引き止めようとするなんて、なんなの!俺の事好きなの!?
「うちの学校にもいたんだよ……オカルトだかにかぶれて、悲惨な末路を辿ったヤツが!」
あの世で後悔してるだろうなんて、お前には一番言われたくねえ……。むしろ坂内くんこの世にと留まって、お前が死ぬのを見てるから。待ってるから。たった一人にでも、心の底から死を願われてると知りたいか。
「つまり先生は、坂内くんの死を悼んでいらっしゃらないと」
「なにい!?だれがそんなことをいった!?」
「そんな口ぶりじゃないですか」
腹立つう!
坂内くんを贔屓してるわけじゃないけど、同情しちゃうわこれ。

その時、騒音と悲鳴が俺たちを遮った。
狼狽える松山をおいて音のする教室を覗くと、またあの大きな犬が居た。
ぼーさん達も同時に駆けつけて来て、教室の惨状に目を見張る。
ああっ、犬おっきくなってる、机齧ってる……。誰かビーフジャーキーをもってこい!!
あぶ、あぶにゃああああ、この犬机投げて来た!生徒にがっつんってあたった!
ひい……可哀相……。

犬はそのあと、ニタァと笑って消えたけど、真砂子がその場に崩れてしまった。
「真砂子?……ん!?」
顔を覗き込もうとしゃがんだら、立ちくらみみたいに頭が揺れて、意識を持ってかれた。なにごと!?
俺はまた、人魂で溢れる校舎を見ていて、目の前にはどす黒い靄。傍にある白いふわふわした人魂をつまみ食いしておられる。なんかぐろい……。
「……坂内くん?」
その人魂のうちの一つが、人の形を作っていた。黒い何かに巻き付かれている、人だ。
思わずぽろりと名前を零すと、顔が見えた。……坂内くんだった。
「ま、って、駄目だ!」
たすけてって声が聞こえた。
屋上で見たときの死んでる目じゃなくて、普通の男の子の顔をしてた。
ばか、そんなのは、生きてるときに、誰かに言えってんだ!
「だめ、麻衣さん!!」
駆け寄って、手を伸ばそうとした俺を、誰かが引き止める声がして、我に返った。
真砂子が泣きながら俺に縋り付いていた。
坂内くんは、あれに喰われてしまった。助けに行っていたら、俺も喰われていたかもしれない。ドキドキと胸が痛む。こわいし、かなしい。
「どうしたんだ、急に二人して踞るからびっくりしたぞ」
放心気味の俺の前には、ぼーさんがかがみ込んでいる。
真砂子が綺麗な泣き顔と震える声で、「坂内さんが、消えました」と答えた。

「麻衣さんが見た夢のとおりです、ここでは霊が共食いをしています」
ベースに戻ると、真砂子が坂内くんも吸収されたことを説明した。どんよりしてる。正直俺もどんより。
松山は憎いし、大嫌いだけど、坂内のことだって、俺は気に食わないからな!
でも、二度と浮かばれないものになって、吸収されたことは辛い。
「……じゃあなに?祓われた霊は除霊されてるんじゃなくて、別の場所に逃げて、食べたり食べられちゃったりしてるわけ?」
「それで食べたほうは、より強い霊になる……ゆうことですか?」
綾子とジョンが、神妙な顔つきで言った。
ナルは一旦除霊を待った方が良いなと答え、そこにやってきた安原さんが、ヲリキリさまの発生ルートをたどったと報告してくれた。お前そうとう使えるな。俺よりお利口さんな犬になれる……あ、俺の地位が危ない?ナル!捨てないで!!!
「ヲリキリさまが流行り始めたのは二学期以降みたいです。わかっているルートは二つ、一年生からきいたというのと、美術部のやつからきいたというものです」
それでその、と安原さんは口ごもる。
「坂内くん?」
「……そうです。いや、もちろん絶対意味があるってわけじゃないですよ、あくまで情報の一つですから」
言いづらそうにしている安原さんに俺は少し笑いながら問い、見事に肯定された。ナルは考え込んでから、意見をまとめるが、あまりまとまらないらしい。
学校は元々大きな墓地だったらしくて、その所為で霊が出られないと言う新たなヒントももらったけど、これだけの霊を呼び出せた理由がわからないので、結局なにも繋がらない。
正直俺も、なんでこんなに沢山呼べるのかは分からない。厭魅は才能がないとできないって言ってたしなあ……。
夜になって、ナルが俺に、ビデオテープをかえて来いと言った。
「え、ひとりで?」
「何の為の雑用だ?」
ベースには残念な事にナルとリンさんしかいなくて、一緒に行こうかなんて言ってくれる人が居ない。ていうか、ナルと一緒に行ってもこいつ別に退魔法できないよね。
「……いってきまふ」
しょんぼりしながら廊下を出た。ベースを一歩出るともう真っ暗だし寒いし、こーわーいーよー。
生物室に入って、テープ交換のためにボタンを押す。うごかん。あれれ、と思ってると、懐中電灯が消えた。ええええええ停電じゃなくてこれ懐中電灯だからええええええ。
来る!きっと来る!
ひょぇ、おちつけ俺……とドアに手をかけたんだけど───なんだと……開かないぜ?
クスクス……クスクス、と笑い声まで聞こえて来る始末である。ぴゃああああだれかいるうううう!
背後のドアはあきません。ぼーさんたすけてええええ!
あ、退魔法、退魔法、びびでばびでぶーじゃなくて、なんとかかんとかの!
咄嗟に指を組む。あってたっけ?あってるよな?
「ナウマクサンマンダバザラダンカン……」
なんで俺こんなに真面目に真言唱えてるんだろう。プロかよ。……アマだよ。
五回くらい言ったけど二回は噛んだよ。
若干弱まったかな、と思った所で、ガシャンと何かが割れた。ほぎゃああああホルマリンくさい!
「やだもー!ナウマクサンマンダバザラダンカン!ナルのばか!!!」
本当に一人で来るんじゃなかったあ!と怒りながら一発叫んで、後ろのドアを開けようとすると、開いた。開いた?開いたじゃん!!
廊下にでたけど、頭がくらくらして、へたり込んだ。ホルマリンって身体に悪いんだっけ……あーでも一応、もう廊下だし。
ぺたぺたと掌を廊下につく。ひんやりして、気持ちよさそう。
ホルマリンの所為なのか、涙でてきた。鼻むずむずするし。
へう、へうう……誰か迎えにきて……。

十五分くらい動く気がおきなくて、身体が冷えて、さらに動けなかった。ぼんやりした意識の中で、坂内くんの部屋に何故か遊びにきたと思ったら、麻衣と呼ばれて目をさました。あ、保健室だ、……誰か回収してくれたんだね。
身体を起こすと、思い切り吐き気がする。おえぇっと言って踞っていると、綾子が冷たいタオルを顔面にブチ当てて来た。
「ぅぎゃん!」
顔面から落ちたタオルを手に当たりを見回すと、リンさん以外の皆がいた。


next.

アホみたいにテンパってるけど、ちゃんと退魔法はやる。
しかし結局噛んだりする。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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