I am.


.i am 25

俺が一旦目を覚ましたことで、皆も仕事に戻った。綾子がついていてくれるというのでもう一度眠ると、なぜか神社の中に居る。これってヲリキリ様の紙を捨てた神社?ぼけーと立っていると、ナルみたいに神妙な顔をしたジーンが、起きてここから出ろと警告した。
あ、ここ、保健室だ。
学校がまた透けて見えて、大きくてどす黒いやつが居る所に、ジョンと安原さんが行こうとしているのが見えた。たしか、印刷室だ。
学校にある大きいのが全部で四つ、こりゃあいかん、と思ったら自然と起きた。
身体を起こすとまた頭がくらくらするど、手をついてなんとか堪える。
「麻衣!?こら、なにやってんのおバカ!」
「うぇぇえ……綾子、印刷室いって……」
「なに?」
背中をさすってくれる綾子に伝える。除霊はストップかけているけど、人に反応して悪さをするかもしれない。
「印刷室は危ないんだ、はやく!」
少し声を荒らげると、必死なのが伝わったのか綾子は頷く。
「でもあんた一人で……」
「大丈夫、退魔法はもう噛まないでいえる!」
握りこぶしをつくると、ちょっとあきれつつも、綾子は九字を教えた。ありがたいけど、そんな、一発で覚えられるだろうか……うーん、とりあえず保健室からも早くでないと。俺ってめちゃくちゃヒロインだわー。

頭がぐるぐるするのを堪えていると、部屋が急に寒くなった。電気も消えた。
奥から二番目のベッドが膨らんでいて、俺が身体を起こしたのと同じように、黒いもにょもにょが起きた。真似すんなよお!!!
ぼーさんから教わった構えをして、真言を三回唱える。次の九字の途中で、思い切り衝撃が来た。ベッドからたたき落とされた痛みと、内臓がひっくりかえったみたいな感覚に咽せる。
部屋は寒くて、さっきのやつは姿を消した。とにかく外に出ないとと思って後ろ手にドアに触れる。まさかまた開かないとかじゃないよね?と思ってたら、さっきのよりももっと大きな衝撃が来た。
「え……?」
さっきのは何かに押されたみたいに叩き付けられたけど、今度は一瞬ふわっと身体が浮いた。
しかし飛ぶ訳でもなく、落っこちた。……落ちた?なんで?倒れたっていうよりも、落ちたよね。
頭は打たなかったけど、体中が痛い。ヒロインどころじゃねーよこれ。
「あ?」
壁に触れて立ち上がった俺は素っ頓狂な声をあげた。ドアがない……壁がなんも舗装されてないコンクリートになってる。はい?どうゆうことですか?
「はあ!?」
上を見上げれば、ドアが目に入る。床ずどんだったのか!
わー!思い出した!この後天井ずどんのやつう!今まであっさり忘れてたあ!!!麻衣ちゃん怒濤の襲われラッシュだから大まかにしか覚えてないんだよう!!!
ドアを開けようとしたら、床が落ちた衝撃に気づいたっぽいナルが入って来た。お、おおう、落ちてくんなよ!?
ナルはなんとか踏みとどまり、俺を見下ろす。
「のいて」
「これは……なにがあった?」
手をべたりと廊下について、身を乗り出す。
「よくわかんない……床が落ちたとしか」
あとは下半身なんだけど、ここからが大変。
四苦八苦してる俺をナルが引っ張ろうとしてくれたときに、背後の上からぴしっと音がする。まさか下半身ちょんぎれる?
みしみし、ぱらぱら、パキン!という音に俺は半分になる想像をしたけど、危機一髪、ナルが引っぱりあげてくれた。
麻衣ちゃんよりも動けるあまりに、逆に怪我する所だったよ!
「うっ、ナルー!」
ナルに乗っかっていたのでそのままむぎゅっと抱擁をすると、ナルは息を詰めて固まった。顔を上げると、お綺麗な無表情がある。俺一応女の子だもんな……そうでもなくとも、たしかナルってスキンシップ苦手だったはず。

音をききつけて皆も保健室に戻って来てくれて、ナルと俺の様子を見て呆れつつも無事な姿にほっとしていた。
「なにやってんのよ麻衣」
「感謝のハグですね」
俺はナルに腕をまわしたままだ。
ナルは俺を引きはがす事もできずに固まっている。俺は別にいつまでも抱きついていたいわけでもないので、すぐに離れて立ち上がった。
「おーい大丈夫?」
「大丈夫だ」
顔の前で手を振ると、ナルはすぐに身じろぎをして立つ。手を差し出しても掴んでこないあたりナルだよな。いいんですけどね、ここで頼ってきたら今度こそ槍が降るか学校が倒壊するもんな。


俺の体調も回復したし、ベースに戻ろうと歩いてると、真砂子と目が合った。そしたら思いっきりそらされたので、ちょっと傷ついた。ナルに抱きついちゃったもんなあ、と後頭部を撫でる。
「ぶつけはったんですか?」
「え?あ、いや」
何気ない動きのつもりだったんだけど、隣を歩いていたジョンに心配されてしまった。ああ、ちがうのよう。乙女心に思いを馳せてたのよう。
「麻衣、明日病院に行くか?」
「え?別に大丈夫だって」
俺とジョンのやり取りを見てたぼーさんが、反対隣にすすっと寄って来て頭を撫でた。
「もー、なんであんたはしょっちゅう怪我するのよ」
「これは致し方ないというか……そういうホシのモトに生まれているとしか」
綾子が振り向きながら横顔で俺に文句を垂れる。心配性だなあ、おかあさんは。
「たしかに麻衣は良く当たるよな」
「人気者なんだよ」
笑い事じゃないんだけど笑うしか無い。まあ、俺が麻衣ちゃんである限り、逃れられない宿命だ。多分、余程の危険を冒さなければ死にやしないだろう。
ベースについて、腕のかすり傷に絆創膏をはったり、湿布を貰ってお腹にはったりしている間に、ナルやぼーさんはまた仕事の話をすすめてた。
「しっかし冗談じゃねえぞ、部屋一つ分床を沈没させるなんて、並の霊にできるこっちゃない」
「……つまり、相当強力ってことですか?」
「強力ってより、凶悪だ」
安原さんはぼーさんと同じポーズをしながら眉を顰めた。
これからもっと大変なことになるんだろうなあ。
松山に被害が行ってもどうでもいいし、坂内くんの無念を晴らしたいなんて思いやしないけど、知っていて放っておいたら俺にもきっと罪悪感が生まれる。
保健室でただ寝ていた俺がこうなったり、生徒が犬に噛まれたりしているんだから、松山以外の人もただでは済まない可能性もあるだろう。
唇を摘んで、むーんと小さく声を出しながら、話合う皆を見た。
「今は……校内にいるのが四つね。正直もう、手に負えないと思うよ」
椅子の上で膝を抱えて座って、顔を隠して目を瞑る。声がちょっとくぐもるけど、聞こえるくらいの声量。
それに、みんなもしーんとしてしまった。
「喰い合って、一つになったら……どうなるんだろうね」
「一つになる?」
ナルの声に顔を上げると、真剣な顔をして考え込んでるのが見えた。
「───なんてことだ。もしかしたらこれは、霊を使った蟲毒だ……!」
リンさんがぴくっと反応した。ヘッドホンしてても聞こえてたんだね。
「こどく?」
「呪詛の一種だ」
そんな名前だったんだ、と思いながらナルの説明を聞く。ほとんど現存しない呪詛らしいし、どーしよーもねーぐらい残酷で恐ろしいやつだった。こわいよお。
「もしだれかが意図的にやっていることだとしたら、残った蟲は呪詛の道具として使われる」
偶然の産物だったら、生徒が親となって、蟲に人を一人喰わせてやらなきゃならないらしい。
「……なんとかする方法は?」
ここにいる誰もが大人だ。半ば諦め、口を閉ざす。
いつまでも希望を捨てないのは、麻衣ちゃんの役目だ。
俺は、足を降ろして、手を握る。
「僕にはできない……でも、リン、どうだ?」
ナルに視線が集中してたけど、今度はリンさんに視線が行く。リンさんは相変わらず冷静で、ナル以上に表情が変わらない。
「蟲毒と言うのはすでに失われたとされている呪法です。私も今まで蟲毒には出合ったことがありません」
ヘッドホンを外しながら、呪詛ならば打ち破るのは簡単だと語る。俺、こんなに喋るリンさん初めて見た気がする。多分。
ケンジくんの時はリンさんもちょっと狼狽えたりしていたけど、俺は途中からケンジくんに憑依されちゃったからあんまり喋ってるのを見た事が無い。もちろん、ちょっとした会話はあるけどさあ。
「これが呪詛ならリンが始末をつけられる。……とにかく明日、調べてみよう」
もう夜も遅い上に、今は手出しするのは危険だということで、俺たちは就寝した。誰かしらおきてるかもしれないけど、とりあえず女部屋は三人川の字ですやすや眠った。

その夜、夢を見た。
なんだよまた警告か?なんて思ってたら坂内くんの部屋だった。使われてない部屋、随分前に期限が切れた定期、坂内くんの名前、本棚、いろんなものを眺めて、黒い靄に絡めとられて霊ですらなくなった、最後の顔を思い出した。
「……馬鹿」
これは仕方の無い事だったし、あの子の自業自得だ。
……それが、現実なんだなあ。
ひいては、俺が麻衣ちゃんなのも、ナルが居るのも、ジーンが死んだのも、全て本当の事だ。
なんで俺は麻衣で、俺はいないんだよ。
まあ、辛い思いばっかりなわけじゃないよ、ナル達と居るのは楽しいし、未来を知ってても予想できないことばかりの人生だ。
……ただ、俺が、柄にも無く落ち込んでるだけ。


朝の会議で学校は俺たちを追い出すことに決めたらしく、ナルは交渉に行ってしまいベースには居ない。俺たちは調べておけといわれたので、ベースでもんにょりと考え事だ。
「とりあえず事情を整理してみましょうか」
綾子とぼーさんが口喧嘩しているのをBGMに、安原さんがとりしきってくれる。大人組は駄目だなー。
しかし若い方も、ただの伝言ゲームみたいにやりとりが終わる。うん、これ、どうやってヲリキリ様を提案するの?
ヲリキリ様の紙をじっと観察する。生徒たちの間で何気なく流行っていたんだから、とくに怪し気な事は無い。いや、全体的に変わっているっていう漠然としたかんじか。
松山の名前があれば誰しも気づくのに……と梵字らしきものをねめ付けつた。
「普通に考えて、呪詛だったとしたらこれが一番怪しくない?」
仕方ないので、麻衣ちゃんの勘ということにさせてもらおう。
「呪文もあるんでしょう?なんでしだっけ、てくまくまやこん?……」
椅子から立ち上がって安原さんに話をしつつリンさんの方に向かう。リンさんはいちおう声は聞こえていたみたいで、俺を見ていた。
「リンさんこれ」
リンさんに渡せば、じっと見つめ、それから、口を開く。
「をんをりきりていめいりていめいわやしまれいそわか……」
リンさんの低い声が、ベースに響いて、安原さんが「それです!」と言った。俺の魔法の呪文は誰もがスルーです。いいけどね!べつにね!


next.

ままならないなあという憂いがちらっと。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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