I am.


.i am 26

校長を言いくるめて戻って来たナルにリンさんが報告をしているのを俺は良い子に聞いている。まあ、なんだ、俺のお仕事は終わったも同然なんだよね、これで。麻衣ちゃんはここから食って掛かるわけなんだけど、知ってる俺からしてみたら、やってらんねーぜな訳で。
「蟲毒が完成したらどうなる」
「この人物は死にます」
「この人物……とは?」
「マツヤマヒデハル氏です」
リンさんの言葉に、だと思ったー!って指を鳴らそうとするのを俺は抑えた。
パイプ椅子に座って、背もたれに肩をかけると、ぎしんっと軋む音がする。同時に、ノックも無しにドアが開いた。
「帰る準備は済んだか?」
やってきたのは松山だった。顔を見たくないし、口を開きたくもないので、俺は立ち上がらないように足を組む。めちゃくちゃ偉そうに座っているわけだけど、誰もそれは見てない。今から俺、空気だから。
ナルがオブラートに包んで言葉をかけたけが、松山はあっさりそれを溶かしてしまった。無駄だなと思ったのか、ナルはきっちり呪詛の説明をしている。
呪いとかこっくりさんを信じないわりには、助かるときいて笑い出す。
こわいなあ。でも、松山の汚さも坂内くんの闇も、本物の人間が生むあさはかで現実的な感情だった。
「先生、一番悪いのは先生ですよ?何笑ってんですか」
「そもそもの原因はあなたです、覚えておいてください」
松山は、俺と目が合うとひくりと顔を歪ませ、ナルの言葉に少したじろぐ。
ねえ、今どんな気持ち?どんな気持ち?って畳み掛けたいけど、我慢。足を絡ませたままで、立たないぞと決意を固めた。口はすべったけど、しょうがないじゃん、笑ってるの腹立ったんだもん。
「でもな、ナルちゃん、肝心の坂内が死んでんのに、死人に呪詛を返すなんてできんのか?」
「……死人に呪詛は返せない」
ぼーさんの問いかけに、ナルは答えた。
そもそも呪詛を行ったのは坂内くんじゃなくて生徒だから、ヲリキリ様をやった生徒全員に返るんだよね。
うーん聞いてるだけでも胸くそ悪いというか、松山蹴っ飛ばしたくなる。ぶっちゃけ坂内くんも蹴っ飛ばしたいんだけど無理だ。生きてたら蹴っ飛ばしてやるのになあ。でも死んでるから、蹴れないな。気持ち的にも、物理的にも、蹴っ飛ばせない。
衝動を、足を組み替えるだけにとどめて、唇を噛んで、拳を握った。唇は痛いし、掌に爪が刺さるし、我慢してたら息をするのを忘れてて苦しい。人知れず、ゆっくりゆっくり息を吐いた。
皆が助かるって知ってるし、松山への憎悪なんて坂内くんに比べたらちょっとだけどさ。
松山には何かしらの仕返しがしたくてしたくて堪らない!やっぱ一回だけ蹴っ飛ばしてもいいかなあ?
ベースから出て行った松山を追いかけてもいいかなあ?だめか!だめだよね!
むずむずしてる俺に気づいたらしい皆は、気遣わしげに俺をみた。ぼーさんは頭をぐしゃぐしゃ掻き混ぜる。
「もーちょっと、じりじりしてほしかったな」
「は?」
髪の毛を直しながら悪態をつくと、ぼーさんが首を傾げた。
「跪いて助けを乞うまで呪詛返しのこと言わなければよかったのにい」
「……麻衣」
「ん?」
「お前さんいつからそんな子になっちまったんだ?おとーさんは悲しいぞ!」
ぷるぷると震えたぼーさんは、俺をむぎゅっと抱きしめた。
性格が特別悪いわけじゃないけど、松山に対すると俺まで墜ちるんだ!
「おとーさん、これ、豚インフルエンザなんだ」
「なんだって!?そりゃあ大変だ!病院に行こう」
阿呆な会話だけど、癒される。松山のことは考えたくないのでぼーさんと遊びに興じておいた。
そんなことをしてるとナルはリンさんに準備を始めると言ってベースを出て行こうとする。
「どうしてればいいですかボス」
「大人しくしてろ」
「へい」
まってまって、と引き止めると、ナルはまるでハウスとでも言いたげに、ぞんざいな指示を寄越した。ちぇ!どうせ手伝うことなんかねーよな!
「じゃあ、……頼むね、二人とも」
ひらひらと手を振って見送るしか無かった。
リンさんもナルも頷くくらいしろ?俺いい加減怒るよ?
奴らのそっけなさ異常すぎる。もうちょっと俺のこと可愛がってくれてもよくないですか。お手柄もスルーですし。給料が良くなかったら俺絶対このバイトしない。
まあでも、一晩中生徒のヒトガタ作らされる可哀相なリンさんを思えば、俺はちょっぴり優しくなれる気がする。

次の日、恙無く呪詛返しは行われ、ヒトガタの確認作業におわれた。
校庭でコートを着込んで黄昏れてるナルに報告に行くと、不意に「辛かっただろう」と言われた。
うん?なんのこと?
「お前は変に面倒見が良いから」
「ああ……ははは」
変に面倒見が良いってなんだよそれ、と言いたかったけど笑いがこぼれた。
たしかにナルの言ってるとおり、辛かったこともある。
大多数に被害が行くくらいなら一人が死ぬというのも、また正論でもある。だから俺は生徒が怪我するくらいなら、松山に死んでもらった方が良いと思うくらいには浅はかだし、松山のことは嫌いだ。
それに、坂内くんが死んだ要因は松山だと思う。……霊に喰われたのは自業自得だけどさ。
「一番辛いのは、これが現実だってことかな」
ナルは俺を見た。
「……こうなること、知ってたんだ」
あまり表情がかわらないが、ナルはしっかり俺の言葉に耳を傾けている。
「皆に出逢うこととか、礼美ちゃんとか、笠井さんとか、坂内くんとか……ずっと前からね」
「それは、……予知?」
「さあ?とにかく知ってることを黙ってるのも、その通りになるのも、現実だと知るのも、結構大変だなって思ったよ」
今回は特にねと言うと、ナルは考えこむように俯く。
俺がサイ能力のテストでほぼ満点をたたき出したこともあって、あまり疑いないようだ。
「やけに勘が良いのはその所為か」
「知ってる未来は、知らない時の自分だから、言うのも躊躇っちゃってさ、ごめんね」
ナルは首を振る。
予知しなかったのを、人の所為にするやつじゃないよなあ。
「事件は結局、解決してくれるからいいんだけどさー」
言いづらいけど、言うなら今じゃないかなーと思い、口ごもる。ナルはなんだと言いたげな視線を送ってくるので、苦笑が浮かんだ。
まあまて、言いづらいことなのよう。
「これを黙ってると、共犯者になった気分で嫌だし、旅行から帰って来た所長の機嫌が悪いのも嫌だし、今この瞬間も湖の底に居るのだと思うと嫌だ……かなしい」
「っ」
ナルは目に見えて驚いている。
「次の旅行は長野に行くと良いよ。……詳しい住所はわからないけど……。近くに生徒が山津波で死んじゃって廃校になった小学校と、キャンプ場があったかなーっと、ここまで」
そう言いながら、俺は口の前でばってんを作った。
ナルは若干目を白黒させていたけどすぐに冷静になった。つまらん。まあナルにでっかいリアクションは求めてないけど。
「麻衣の予知では、いずれ見つけるということか?」
「夏に」
ナルは俺の言葉を反芻した。
「だから……、このままイギリスに帰ってお別れになると……本来やる筈だった調査が出来なくなるのがネック」
ナルは呆れた顔をする。イギリスってことまで知ってるのか、みたいな突っ込みは無いようです。
まあ、俺も深く喋らない方がいいと思ったので、ナルの反応が薄いのは助かる。
「秋までは調査してたから……それまではいて欲しいんだなー」
「秋?」
日本での調査をまだ続けるとか言ったとかなんとか、覚えてないけど、とにかく俺は秋の事件までは知っているわけで、それまでは調査を放り出すのも、麻衣ちゃんを放り出すのも避けたい。

「うん───知ってるのは秋まで。もし見つけられたら、ご褒美に秋まで居てよ」


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ご褒美に、とかいうあたりわんわん臭が……。
ここから先は原作からほんのり変わって行くと思います。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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