I am.


.i am 27

詳しくは知らないけど、緑陵高校の事件が終わると、ナルはリンさんを連れて長野へ向かったらしい。
ナルが行ってから一週間後、事務所に顔を出せと連絡を貰ったので俺は渋谷に向かった。毎日のように雑用をしに来ていたものだから、たった一週間顔をださなかっただけで、久々な気がした。
「こんちは」
リンさんの姿は見えなかったけど別に用があるわけじゃないから聞かないでおく。
コートを脱ぎながら、優雅に座っているナルに声をかけるけど、相変わらず返事を寄越さない。ああとかうんとか時々言うけど。ちなみに今日は小さく頷いた。ねえそれってもしかして挨拶のつもり?全然そんな感じしないからな?
「すわれ」
「はいはいっと」
来て早々、お茶をいれろと言わなかっただけマシなのかもしれない……って思ってることが末期だな。俺、ナルに使われ慣れてる?可哀相すぎる。
「帰って来たってことは、見つかったの?」
「ああ」
「よかった」
肩の荷が下りた気分だ。
俺が悪い訳じゃないし、助けられる筈もないことだったけど、少なくとも、俺とナルはこれで大きな問題を一つ片付けられた。
ジーンは遺体が引き上げられても成仏することは、多分ない。迷ってると言ってのこっていたから。いや成仏したならしたでいいんだけどさ。
「助かった、ありがとう」
「え?」
ナルが言った言葉が理解できずにきょとんとした。
「どうしたの、熱あるの?まさかお前渋谷さんじゃなくてお兄さん?」
「僕が礼も言わない薄情者だと言いたいのか」
「いやちがいます」
身体をしきりに動かして角度を変えながらナルを見る。どっからどうみてもナルだし。いや、ジーンだったとしても俺は見分けつかないけど。
「麻衣は何処まで知ってるんだ」
「はい?」
「僕たちのこと」
俺が上半身をひゅんひゅんさせてもナルは表情を変えやしない。でも話題は変えた。
「ああ、ナルがオリヴァーの愛称だって事は知ってるよ」
イギリス云々も出してるから、ナルにとってはどの程度知っているか一応聞いておきたかったんだろう。知ってるや知らない事を伝えるって案外難しいなあ。
「ジーンの身体を探しにやって来た、SPRのオリヴァーさん」
言い直すと、ナルはちょっぴりため息をついた。
内緒にするよ、大丈夫だよ、俺いわないよ!
「つまりゆくゆくは皆に僕の正体もバレるってことか?」
「え、どうだろう、若干その要素を削っちゃったりもしたからなあ」
俺の能力はあくまで予知ということで、ナルはすぐにその考えにいきついた。でも全部が全部そのまんまじゃないから、どうなるかわかんないんだよなあ。
ナルが力を使う機会が一度失われてるし。
「まー、なんとかなるさ」
難しい事かんがえたくねー。
笑って済ませればナルはもう一回ため息をついた。おい、お前幸せ逃げるぞ。
「それで?」
ぐにょっと大げさに首を傾げた。上半身も曲がって脇腹がつるくらい。
「まさかこれだけの用で呼んでないでしょ?」
「ああ。……オフィスは僕が帰って来るまで閉めることにした」
代わりの人くるかなとも思ったけど、閉めておくらしい。まあ、ナルが居ない間に依頼が来ても俺はなんにもできないのでその方が助かる。
どうせ春になったら戻って来るんじゃないかな。確か次の依頼は、SPRからで偽オリヴァーを調べて来ることだったから。そう考えると、タイミングも良いんじゃないか。うんうん。俺は春休みをのんびり過ごせるし。
週一で掃除はしといてって言われたけど、その日は日給出してくれるらしいので文句ありません。
「ぼーさんとか綾子とか遊びに来ると思うけど……何て言う?」
「放っておけ」
「そーやって放っておくから、詮索されるんだよう」
俺に矛先が向かって来るので大変面倒くさい。連絡先の交換はしてないけど、俺は学校がバレてるんだからな。待ち伏せされたらどーすんだよ。
「聞かれても誤魔化せないからな、知らないっていうからな」
「それでいい。お前に期待はしてない」
え、そこで俺をディスるの?


それから数日後の日曜日、掃除にきた俺は、ぼーさんと綾子と、何故か安原さんの奇襲を受けた。え、なんで安原さんがいるの。
「もうずーっと事務所しまってたからどうしようかと思ったわよ」
確かに依頼のすぐ後からはナルたちが居なくて事務所閉めてたし、この間俺が来て以来はまた閉まっていたから、既にぼーさんたちは事務所が閉まってる事に気づいていたらしい。
慰労会もやってないってぼーさんに言われて、そういえば湯浅以降はなんだかんだ事務所がたまり場みたいになってたなあと思い出す。
「あー……所長は留守だけど」
「は?マジで?」
ぼーさんはきょとんと俺を見る。
ていうか安原さんわざわざ千葉から来てるのに、事務所しまってたらどうするんだったんだろう。実際しまってるし。まあ、事務所でやらなくても良いわけだけどね。
「また旅行か?」
「うん」
「リンは?」
「リンさんもいないけど……リフレッシュ?」
「なによそれぇ!」
綾子が凄い剣幕で顔をしかめた。すげー理不尽、休ませたれよ。
「二人とも留守だから、週一で掃除にしかきてないんだー。三人ともラッキーだったね」
掃除用具を片付けながら、あははと笑ってソファに座る三人を見た。
これ、あれか?俺がお茶を淹れてくるの待ってる感じか?もう下の喫茶店行って来いよ。
どうせナルもリンさんも慰労会には参加しないんだからいいっていう結論に至ったらしい綾子は「ま、しょうがないか」なんて言って、案の定俺に飲み物の注文をした。

「ブラウンさんと原さんは後から来るそうですよ」
お茶を淹れている俺を手伝いながら安原さんはにっこり笑った。安原さんがいることもそうだけど、あらかじめ人を集めておしかけるって、巧妙な手口だなあ。
つーか、マジでこの事務所で慰労会するんだ。普段も似たようなことしてるけど、一応所長が居るときだよ?当分ナル達も帰って来ないからいいのか?うーん、追い出すのも面倒だし可哀相だな。
「しょうがないやつらめ」
「すみません」
「安原さんが気にすることないですよ」
「そういえば」
「ん?」
お盆のうえにティーカップを乗せながら笑うと、安原さんがふいに会話を途切れさせた。
「敬語、やめてくださいよー。なんか、僕にだけ敬語だと寂しいな」
「依頼人だったからね……あはは、じゃあやめちゃおう」
安原さんは逆に、すっかり敬語キャラになってしまったなあと思いながら、一緒にお茶を運ぶ。
身のこなしが良い男だ。
もう、うちの事務員にならないかな。俺の仕事が楽になりそう。

しばらくしてからやって来た真砂子とジョンにお茶を入れる。ジョンはいつもコーヒー淹れてるけど、面倒なので今日は真砂子と同じので良いや。いつもおかまいなくって言うから注文つけられてないし。あれ、外人さんだけど、お茶大丈夫だよね。
まあ、ジョンなら不味くても飲むな、大丈夫だ。ごめん。
「はいお茶」
「おおきにさんどす」
「ありがとうございます」
とんとん、と二人の前にお茶を置く。
「二人一緒だったから、お茶にしちゃった。大丈夫?」
一応聞いてみるけど、淹れ直せなんて言う訳もなく、無駄な質問だった気がしなくもない。
「はい、大丈夫です」
「良い子だねージョンは。うんうん」
青い目が優しく細められたので、俺もつられて目を細める。癒されるなあ、この人。
「あたくしだって、コーヒー飲めますわよ」
真砂子が不満そうに少しふくれた。たしかに、真砂子にお茶を淹れろと言われた訳じゃなかったわ。綾子とぼーさんは来るなり注文してくるけど、真砂子は聞かれないと頼まないし。
軽く謝ったけど、真砂子はぷんっと顔をそらしてしまった。はいはい、可愛い可愛い。
「それにしても、なんだって二人して留守なのよ。しかも一週間近くたってるんでしょ」
「さあ?知らなーい。実は遠方で仕事なんじゃないの」
ようやく一息ついて、ソファに座りながらぼーさんの疑問にこたえる。
ナルは謎だからな、気になっちゃうんだよな。
「仕事だったらお前もいくだろーが」
「全部が全部一緒なわけじゃないし、知らない仕事もあるよ」
「そうなんですか?」
安原さんも気になったみたいで、首を傾げる。
「そりゃね。バイトの手なんて要らない場合もあるでしょう。多分」
多分、って言ったのは、行かなかった調査はないからだ。
「そもそもナルってプライベートもプロフィールも謎よね」
綾子はティーカップをかちゃんと置いて、俺を見る。確かにナルと一番一緒に居るのは俺なんだろうけど、俺を見るな、俺に聞くな、俺は言えない。
「そーだね。聞いたことないや」
「麻衣も知らないの?」
「答えてくれないならまだしも、嫌味言われたらやだし。業務に関する話以外は基本的にしないね」
ナルの嫌味を皆よぉく知ってるから、俺が聞かなくても変じゃない。むしろね、麻衣ちゃんはよく頑張ったもんだよ。恋する乙女だから?俺にはできねえ。
「渋谷さんと麻衣さんは仲ええんやと」
俺がへらへら笑っていると、ジョンが聞き捨てならない発言をした。
「おっおぞまし!なにそれ、おぞまし!」
そんな、俺とナルがなかよちに見られてたなんて!
思わずぎょっと身を引いて、鳥肌が立ったような気がする腕を抑えた。


next.

麻衣さん的にはナルさんとなかよちなつもりは無いです。
こんなになかよちなのに!!って口ではいうけども。
しいていうならご主人様と犬です。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

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