I am.


.i am 28

春休みはのんびりしつつ、事務所の掃除に行ったり、友達と遊びに行ったりして有意義に過ごした。新学期が始まって、新しいクラスでは数人顔見知りが居たし気の良い人たちとはすぐに仲良くなれたから、問題も無さそう。麻衣ちゃんは明るくチャーミングなガールだから、お友達が居ないなんてあり得ないよね!俺も一人が好きな訳じゃないし。

校庭の向こうの、倒壊した旧校舎はもう一年経ったので既に跡形も無く片付けられている。なつかしいなあ、一年かあ、とぼんやり思って居た所に、ナルからの連絡は来た。
言葉短く「事務所に来い」ときた。いやあ、三日前に掃除しておいてよかったよ。ぎりぎり一週間前の掃除だったら埃があったかもしれなくて、怒られていただろう。あの神経質かつ、俺に対してまず嫌味を言いたいナルに。
ぼーさんに「麻衣はナルの扱いがぞんざいだな」って言われたけど、正直ナルの方が俺の扱いがぞんざいだからね。

事務所に顔をだすと、笑顔の似合うお姉さんがいた。
わああナルとリンさんの仏頂面ばっかりのオフィスに、春が来た!もともと春だけど!
「こーんにちはー……れ?」
にっこり笑うお姉さんにつられて、俺もふにゃーっと笑ってしまった。
「こんにちは。あなたが谷山さんね」
「そうです、お姉さんは?」
「私は森まどか」
「森さん」
ああナルのお師匠さんの人か。口には出さないけど納得。
ほのぼのしたやり取りをしていると、ナルが咎めるように俺の名前だけを呼ぶ。俺が悪いわけじゃないけど「あい」と返事をして口を閉ざす、よく訓練された俺。なんか森さんに笑われてる。
「仕事の話をする、座れ」
おすわりを言い渡されたので、ソファに座る。森さんとリンさんもソファにいて……え?なに、この勢揃い。安原さんを代理に立てて、ぼーさんとか綾子とかに協力頼むヤツでしょ?なんで俺だけなの?
「麻衣、僕の身代わりをしてくれないか」
「え?え?え?」
膝に置いていた手をぎゅむっと握る。皮膚をつねってみたけど、痛いし、これ夢じゃないです。
「つ、続けて言ってみろい」
安原さんの仕事でじゃないか、それは!と思ったけど言えなくて、とりあえず話を聞いてみる。
大勢の霊能者を呼んでる依頼人らしくて、その人達はマスコミにもて囃されてるタイプで、ナルは関わりたくないと。ははーん。ってちがう、なんで俺かききたいんだよ。
「所長の名前はわれてるんでしょ?渋谷一也のフリでしょ?」
「そうだ」
「男だろーがよ」
俺は確かに身も心も男の子ボーイですけど、麻衣ちゃんは女の子ガールなの。俺女らしくないけど、女の子の格好して頑張ってるでしょ?このセーラー服が目に入らねーのか。
「麻衣なら大丈夫だろう」
「い~や~だ~」
ブインブインと頭を振った。
だってだって、俺、女の子だもん!
男の格好するのは別に嫌じゃないよ?男のフリだってできるよ?でも麻衣ちゃんのやることじゃないよねえ?
「こんな威厳がない所長がいるか?」
ばばーんと胸をはってみる。
ナルでさえ侮られるのに、ナルよりも小さくて年相応の、男だか女だかわかんない顔をした俺が所長だって言っても、胡散臭さが増すだけだろ。
「確かに威厳はないが……」
ですよね!?
「僕は素性は明かしたくない」
「ぼーさんとジョンは……んー、駄目だな。安原さんに頼んでみれば」
「安原さん?」
森さんは隣でこてんと首を傾げた。
「この間の依頼で会った人なんです。この春から大学生になったし、頭良いし、背も高いし、嘘つくのも上手ですよ!ね?」
教えながらナルをちらっと見ると、そうだなと呟いてから少し考えるように黙った。
ていうか、なんでリンさんにやってもらわないのかな。いや、うーん、リンさんも駄目だな。責任者って感じじゃないんだよね。無口すぎて。でも、この中で俺が一番マシだと判断された訳がわからん。

ふいに、俺が「あ」と口を開くと、三人の視線が俺に集中した。リンさんまでちゃんと俺の事見てる。
いやなんでもないです。なんでもないってば。
安原さん途中退場になるから所長やらないで最初から外でこっそり調査してもらってた方が良いのではって思っただけで。しかもその依頼めっちゃ怖いやつって思い出しただけで。むしろ俺だって行きたくねえ。
俺行かなくても絶対どうにかなるやつだもん、この一件。
「なんでもないっす」
「なんでもないようには見えないが」
顔をそらした俺に、ナルの言及がぶっすりささる。
「いやぁ、むしろ、その調査行きたくないっつーかね」
ナルはぴくりと眉をあげた。
「何か予知してることがあるなら、言っておいた方が身のためだぞ」
「ええ?そんなこと言われてもな」
もじもじしてる俺を庇ってくれる人はいない。そもそも俺の予知のこと、森さんもリンさんも知ってるのかな?リンさんは夢を見る事はわかってるか……。
しかしこの状況で聞いてくるとかボスはマジで鬼畜です。
「内容次第では希望を叶えてやるが?」
「……ド、ドラキュラがいる」
「ドラキュラ?」
ふんわーり頷く。そもそもこれ心霊調査じゃなくて偽物調査なんだもんなあ。
いちおう、これ以上被害が出ないためにもナル達が行って、解決方法を与えてやるのが正解なわけだけども。
「もう少し具体的に言えないのか?」
嫌味ではなく、それだけじゃわからないと言いたいような口ぶりのナルに、俺はうーんと呻いてから、親指を立てて首を掻っ切る動作をして見せた。
「こうなる」
神妙な顔つきをしたのはナルだけじゃない。
俺だけはへらりと困った笑いを浮かべていた。

危ないとわかったから、なんか変わるかな?俺行かなくていいかな?って期待してたんだけど、ナルの最終決定は、俺には全然嬉しくないものだった。
身を守れない要因は減らさなければならなくて安原さんに所長は頼めないんだって……。じゃあ最初からお前がやれよ。多少無理があってもリンさんがやったら良いじゃない!俺よりは説得力あるよ!
「今回の調査に限り、特別手当二割り増し」
ナルの声に、どんよりしていた俺は顔をあげた。にわり、まし……。
「出来次第では三割」
「渋谷一也がんばります!」
えいえいおーした俺を見て、ナルは悪どい笑みを浮かべた。リンさんはちょっと呆れてた。
おきゅうきんにヨワいのだ、苦学生は。

もちろん男物の服はそんなに持ってないので、ぼーさんがくれた服を着て男物の服を調達しに行くことになった。男の格好じゃないと試着し辛いしな。
森さんが一緒に来てくれるらしいので、土曜日の午後に渋谷で待ち合わせた。俺に会うなり「あらあら」と、どう思ってるんだか分からない反応をしてくれたが、所長のふりは無理だと言われなかったのでやっぱり男の子には見えるらしい。女の子のときと違って、ちょっと髪型も変えてるしね。

「これなんかどう?」
「あ、いーっすね」
季節に合った生地のジャケットを手に森さんが提案した。
本当はナルの服を借りても良かったんだけど、あいつ一応身長があるからサイズ違うんだよ。くそ。10センチの差が憎い……いや、俺は女の子なので張り合ったらダメだよね。普段は気にしてないんだけど、男に戻ったら一気に羨ましくなって来る。俺もいずれ……いずれ……。
「似合う似合う。真面目そうに見えるわよ」
「そーですか?着心地もいいしこれにしよーっと」
羽織ったところを森さんが褒めてくれるので、さっと肩から脱ぐ。すると、胸にぺたりと触られて固まる。
「ぺったんこ」
「ふえぇ」
素で女の子みたいに胸を押さえて縮こまった。森さんはぽやぽやした笑顔を浮かべてる。
「つぶさなくて大丈夫そうね……あら気にしてた?ごめんなさーい」
「き、気にしてないもん」
苦し紛れにそう答えて、ジャケットを軽くたたんだ。
その他もろもろの用品を購入してから事務所に出勤して、森さんのおさわりに警戒しすぎて疲れた俺はソファにうな垂れた。
森さんは領収書をナルに渡しながらにこにこ笑ってる。笑顔はホント百点満点だね。
俺は、ソファに寝転がって顔を押さえて、うっうっ怖かったよう……と呻く。
「まどか、なにかしたのか?」
「えー?うふふ、どうかしらあ」
森さんはのほほんとしらばっくれた。まあ、胸の話だから言わないだろうな。

日曜日にはみんなを集めて依頼をするらしいので、俺は最初から男の格好をしていった。そこそこフォーマルな格好だけど、女子高生をやれる顔立ちなわけだから……中性的というか童顔というか。うーん、どちらにせよ若いと言われるのは仕方ないかあ。余談だけど、付け髭でもする?って聞いたらナルに「バカ」って言われたよ。
朝から打ち合わせしてて、昼頃には皆がやってくる音がした。ナルは俺が最初からこの格好でいると、話が始まらなくなりそうだから説明し終わってから呼ぶと言って資料室にリンさんと俺を置き去りにする。
ドアの向こうから話してる内容が聞こえてきた。この部屋が静かだからってのもあるけど、綾子の声がでかいし、ぼーさんとナルの声は低くてよく通る。
「うーん、やっぱり、リンさんが所長ってことにした方が良かったような気がするけど」
断ったの?とつけくわえて様子を見れば、首を振られる。
「私は主にメカニックですので」
こちとら雑用じゃい。と思ったが、リンさんは機材から離れられないから所長業は無理か。ナルならリンさんの代わりをできるだろうけど、ナルは所長と名乗らないだけで、やることはいっぱいあるし。
「リンさんの代わりを探す方が大変かもね」
ドアの外の会話に耳を傾けつつ、肩をすくめた。でも、SPRから機材触れる人か所長に見える人連れて来ればよかったのにさ。解せぬ。
「ナルは、」
モヤモヤしつつ唇を尖らせてると、リンさんが珍しく自分から口を開いた。
「あなたが思ってる以上に、あなたのことを信頼していますよ」
「ま、そーいうことにしとくか」
俺もナルには助けて貰ってるし、信頼してるし、頼ってくれたということは素直に喜ぼう。
「ご主人様の隠れ蓑にくらい、なってみせましょう」
寄りかかっていたドアの向こうから、「誰に所長代理を任せんだ?リンか?」なんていうぼーさんの声が聞こえたので、俺とリンさんは会話を切り上げた。


next.

麻衣さんのガチな「ふえぇ」はこの話だけ!(てきとう)
ここから原作とずれていきます。残念なことに安原さんの出番が削れます。すまない……。
ヴラド編は麻衣さんが男の子に戻ります。
Jan 2015
加筆修正 Aug 2018

PAGE TOP