I am.


.i am 29

ペンシルストライプのシャツと濃いグレーのジャケット、黒のパンツに、靴や腕時計まで男物で占めていた。髪の毛は普段より後ろに流すとわりかし男らしくなる。麻衣ちゃんやってる時は前髪をおろしたり斜めに流したり、顔まわりをふんわり覆ってるけど今はそれがない。シャープな輪郭とまでは言い難いが、丸っこくも無いので、まあ、少年らしいだろう。
資料室から出てきた俺を見て、一同固まった。いやみんなは一回俺の男装見てるだろ。カジュアルな格好だったけどさ。
男装を見たことない安原さんが一番落ち着いてる気さえする。勿論、朝から会ってるナルや森さんもそうなんだけど。
身長底上げしてるシークレットブーツで歩き、ナルの座るソファの肘置きに腰掛けて、足を組み背もたれに手をかける。
「どうも、渋谷一也です」
低めの声で落ち着いた感じを醸し出しつつ、ドヤ顔で挨拶してみると、ぼーさんやジョンのぽかんとした顔が目に入る。
「あはっ、ど?いけそ?」
格好つけ過ぎちゃったかな!恥ずかしっ!と思いながら破顔すると、皆がようやくははっと笑った。
「前々から思ってたけど、麻衣はそっちの格好がやたら似合うよな」
「おむねがないからな!」
ぼーさんの言葉に俺はふっと笑った。そしてジョンが飲み物を詰まらせて噎せた。ぼーさんは俺のフォローとジョンの心配でワタワタしてる。自虐ネタじゃないもん、男の子だもん。
ナルは呆れたようにゆっくりため息を吐いて「話を続けても良いですか?」なんて言ってから俺を普通に座らせた。

俺を渋谷一也に仕立て上げ、ナルとリンさんを調査員とするといった時は、ぼーさんと綾子がもんにょりした視線を送ってきたが、それは俺の威厳云々では無くてナルの偉そうな態度の所為だと思う。俺もなるべく堂々とするつもりだけど、おナル様には敵わないよね。
ちなみに、安原さんは森さんと諏訪市内で近辺調査のバイトをしてくれる事になってる。どうせなら所長代理を代わってほしいなって思ったけど、危険な目には遭わせられないな、ううう。
「ちょっと待って、泊まりって言ったわよね」
不意に、綾子が手で会話を止めた。それからもう片方の手で米神を撫でて、言いづらそうに俺とナルを見る。
「麻衣は誰の部屋で寝るのよ」
「あ」
ぼーさんや安原さんも口を開けた。誰もが完全に忘れてたが麻衣ちゃんは女の子である。
「どっちがいい?」
ナルに意見を仰ぐと、少し考えるように口を閉じた。
どっちってのは、ぼーさんとジョンの部屋か、リンさんとナルの部屋だ。
「あんた……それで良いわけ」
綾子は呆れて俺を見る。真砂子はなんかもう俺を軽蔑したような顔で……え?俺の所為……なのか?
「打ち合わせのしやすさだと渋谷さんの部屋だけど、護衛の負担を考えたらぼーさんの部屋かな」
ぼーさんとジョンがえっと顔を引きつらせた。あんだよ、不満か。
「えってなに、君たちお坊さんと神父様でしょ……生娘じゃあるめーし」
あ、俺が生娘だ。
二人は生娘を自分たちと同室にすることが可哀相なのか?
でも、男部屋じゃなきゃ駄目なんだって。朝、俺が真砂子と綾子の部屋から出てくる構図のが余程やべーよ。なにしにきてんだ渋谷一也ってな。
「……いや、麻衣は僕たちの部屋にする」
「えー、リンさん可哀想。二人もお守りするなんて」
「当日ぼーさんたちは協力者として紹介することになる。調査員と同室の方が怪しまれないだろう」
「たしかに」
リンさん乙。俺は資料室に向かって両手を合わせた。
「そんなにあっさりで良いんですの?」
「まあ、恥じらう相手じゃないし……着替えくらい気を使ってくれるよ二人も」
しかもその辺は俺がプロだから。真砂子と綾子にだって着替えを見せたことない。
真砂子が未だに納得してない顔をしてるけど、やっぱりナルと同室だと駄目だかねぇ、ごめんねぇ。妬きそうな状況ではあるけど、真砂子が一人きりになる可能性は減るから良いのかもな。
「とにかく、当人が良いと言ってるんだから良いだろう」
ナルはこのやり取りに時間を費やすのが嫌みたいで、手元の資料に視線を落とした。



「ようこそおいでくださいました。わたくしは大橋と申します」
依頼人の代理である大橋さんが、洋館の入り口で俺たちを出迎えた。うーん、本格的に俺の所長業がスタートする訳か。きりっとせなばな。
「わたくしを依頼主だと思っていただいて結構です」
大橋さんはそのまま少し視線を泳がせた。多分所長が誰だか分からないんだろう。
「所長の渋谷一也と申します」
目の前に立っていた俺がすぐに口を開いて微笑むと、大橋さんの視線が俺に戻って来た。そして少し目元を和らげる。所長が子供だって知って、驚いたり嫌な顔とか困惑したそぶりを見せない依頼人って初めて見たわ、俺。まああらかじめ若いという情報が行ってるだけなんだけど。
「そちらのみなさまは……」
「親しくさせていただいている霊能者の方達です。今回の件で協力をお願いしました」
俺が手のひらで指し示すと、ぼーさんと綾子とジョンはぺこりと頭を下げながら挨拶をする。それから、俺はナルとリンさんをアシスタントとして紹介した。
「鳴海一夫といいます」
「林興徐と申します」
リンさんの名前はうっすらとしか覚えてなかったけど、香港の人だってのは知ってたので俺は驚かない。一応所長ですし。ぼーさんと綾子が声をあげて驚いているのをガン無視した。
俺は真面目にやらないといけないのでナルとリンさんの傍で堂々としてるが、ぼーさんたちはひそひそと、リンさんのリンが下の名前だったらちょっと怖いなーなんて話をしてて、加わりたくて仕方なかった。
「どうぞ、こちらへ」
「はい。……っ、?」
大橋さんが案内を始めたのでついて行こうとして、彼の背中に向かって一歩踏み出した途端に鳥肌が立った。吸った息が鉄くさいような気がしたのも、多分気のせいじゃない。さっそく何か感じてしまった。俺、元は霊感とかそういうの無かった筈なのになあ。
鼻を掻くふりをしてそっと手で押さえながら、匂いをかいでみたけど、もう特に何も異臭はしてこなかった。

広間に案内されると、俺たちが最後だったらしく、皆揃っていた。髭の長いじいさんとか、上品そうなおばあさんに、件の偽デイヴィス博士を連れてる南さん、あと真砂子。名前が一発で覚えられないので諦めて聞いてるようなふりをした。
リタイアして帰るのは許可するが、それまでは屋敷を出たり入ったりしてはいけなくて泊まり込んでもらうって、なんかホラーやミステリーゲームみたいでやだな。一人一人死んでく感じの。
ここまでの道に吊り橋がなかったのが心の救いだなあ。

ベースにと用意してもらった部屋はとても広かった。皆で機材を運び込めば結構早いうちからセッティングが出来る。三人でやるより全然良い。
しかし偽物の正体が目的で、ナルも興味があるわけでもない調査なのに、律儀なもんだよね。まあ調査してないとここに居られないからか。ナルは怠慢も嫌いそうだし。
準備をしている時、大橋さんがベースにやって来たので俺はすぐに作業を中断した。といっても、いつもみたいにバリバリ働いてたら俺が小物だとバレるので、なるべくナルと一緒に資料の整理とかして、いかにも頭良さそうな雰囲気を装ってたんだけど。
「部屋はこちらでよろしかったでしょうか」
「はい、ありがとうございます。少し、質問をさせていただいても?」
「ええ、なんでもお聞きになってください」
仕事だからなんだろうけど、感じいいなあ。人に仕え慣れてるんだなあ。
大橋さんにこくんと頷いてから、ナルの方に振り返る。
「鳴海、頼むよ」
「はい」
「では彼に」
一夫って呼びそうになったけどさすがに馴れ馴れしすぎて駄目だなって思ったのでちゃんと鳴海って呼ぶ。大橋さんに向き直って促すと、訝しむこともなく頷いてくれた。良い人だ……。
湯浅とか緑陵のおっさん……特に松山などを見て来たから、俺の心が和む。
あとナルをこき使うのが楽しい。ヤツに水をかけられなかったので、今回思う存分顎で使っちゃうゾ!わはは!
俺はナルに言われたとおりに資料整理をしながら、大橋さんとナルの会話を盗み聞く。幽霊が出る噂があって敬遠されるところには必ず人が行くんだよねえ。それでまんまと人が消えるわけだ。
平面図もないので間取りやら部屋数やらが調べ難いしもー面倒くさそう。

大橋さんが出て行ったあと、綾子が「いかにもって感じじゃない?」と口元を抑えた。ちょっと興奮気味というか、冗談みたいな感じ。冗談じゃないんだなあーこれが。こういう仕事してるとスカもあるんだろうけど、麻衣ちゃん居る所にホラーありよ。……悲しくなってきた。
「どーした」
むっすり考え込んでるナルに首を傾げると、「気にいらないんだ」と言われる。
ぼーさんや綾子も反応して俺たちを見た。
「長い事無人だった幽霊屋敷、建物は複雑な上平面図も無い。そんなところに泊まり込むんだぞ」
「おっと結構弱気な発言」
「慎重と言ってくれ。……麻衣」
「ん」
「とりあえずこのあたり一帯に温度計をおいてみる。ぼーさんと行ってくれ。陽が暮れたら辞めていい」
「あいよ」
日没後は必ず誰かと居るように念を押された。守って一番念を押してたのは俺だったんだけど、それは皆も知らないことだ。再度頷くと、ナルは皆の方にも注意喚起した。
綾子がお札を書いてくれるのでそれを頼りにしよう。
「おいおい、用心のしすぎじゃねえの?」
「無思慮な人間が怠惰のいいわけにするセリフだな」
ぼーさんはいちいちナルにつっかかるなあ。綾子もだけど。
ナルの態度がデカいとちくちく刺すので、俺とジョンは黙ったままそのやり取りを見つめた。リンさんはもうすでにモニタの接続状況チェックを始めてるので俺たちの事は完全に世界の外だ。
綾子さん「れっきとしたゲストよね」なんて言ってますけど、今回はうちから依頼料出してますからね。そう、つまり今回諸君は馬車馬なのだ。
ナルがぞっとするほどにこにこ笑って大人二人を撃退するのをよそに、真砂子が辛そうに息を吐いていた。やっぱりなんかいるのかなあ、感じてるのかなあ。森下家のときも辛そうだったし。
「つらい?」
「……なんだか、嫌な気配がしてますの、この家に来てから……ずっと」
おまけに血の匂いもするらしい。真砂子はやっぱり俺より色々感じちゃうんだなあ可哀相に。
「ああ、したね」
「麻衣さんも?」
「最初だけ」
ちょびっとね、と付け加えると、ぼーさんに「そーいうことは早く言え」って言われてしまった。あの状況で言えるかよ。あとでナルには色々告げ口するつもりだったもーん。
「さて、そこの猿よ、所長のお供をせい」
「うぎっ」
ぼーさんの頭のしっぽを引っ張ると、みごとにがくんと上を向いた。
そこはうきって言わなきゃ……。
「なんで俺が猿なのよ麻衣ちゃん」
「深い意味はない。ジョンが犬、綾子は雉」
「真砂子は?」
「……姫?」
なんとなく考えただけなので特に当てはめるものが見当たらなくて苦し紛れに絞り出した。
真砂子は顔色が悪いままだけど少し笑ってる。
「姫はおじいさんとおばあさんと待ってなさいね」
ぽんぽん、と真砂子の肩を叩いてすれ違う。ナルも今回の調査にはあんまり乗り気じゃないし、俺も危険って言ってるから真砂子に無理はさせないだろう。
「ちょ、ちょっと待て、おじいさんとおばあさんってもしかしてナルとリン!?」
ぎゃははははと大笑いしているぼーさんの声と、綾子も一緒に笑う声でベースが賑わう。
早く仕事しようよ、ナルが鬼に変わっちゃうよ。


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全国のかずおさんにごめんなさい
Feb 2015
加筆修正 Aug 2018

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