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俺はナルに最初から、オリヴァー・デイヴィスの名を騙るやつらの調査に行くという説明をされている。ただし、ぼーさんたちはされてない。なんでだよ、教えてあげたらいいのに。ぼーさんはオリヴァー・デイヴィス(偽)をみてぽやーってしちゃってるんだよ?可哀相だ。まあ、ナルが教えないっていうなら、俺はそれに従うしかないわけ。
どうせ最後には言うのにね。
ぼーさんをつれて近くの部屋から温度を計って、迷路みたいな洋館をうろうろする。
……絶対道覚えられない。
日中だとしても一人で出歩きたくないな。
「変なとこ」
増改築を繰り返したって聞いたけど、こんなにハチャメチャになるもんなのかなあ。
ぼそっと呟くと、一緒に歩いていたぼーさんも、天井で途切れているドアとか、明らかに外に通じていない窓とかを見て、同意するように頷いた。
「ウィンチェスター館だな、これは」
「……どんなんだっけ」
「複雑怪奇な家でな……家が完成したら悪い事が起こるってんで、果てしなく増改築を繰り返したってハナシ」
「へえ……ウィンチェスターっていったらイギリス?」
「アメリカ。ちなみに、ウィンチェスター館のウィンチェスターは苗字だよ」
「ほーん」
ちなみにアメリカにもウィンチェスターはいくつかあるらしい。間怠っこしいな、それ。
ぼーさんはゲームのダンジョンみたいだなんてのんきになっていて、そんなところに南さんがやって来た。連れは二人だけで、博士は居ない。来いよ、働け。
「渋谷サイキック・リサーチの方でしたかな」
「ええ、たしか南さんでしたよね」
南さんは俺が手に持ってるデジタル温度計をみて「おや」と嬉しそうな顔をした。
「いいですねえ、心霊調査の基本ですよ。霊現象の起こる場所と言うのは温度が低くなるものなんです」
と、いいつつ、温度計をぶんぶん振ってる。それ水銀じゃないだろ…。
「お若いのになかなかものを知ってらっしゃる」
「どうも」
この人も一応、ナルの論文とか読んで勉強はしてるんだろうけど、やってることがいまいちハズレ。
俺は無知だったけどちゃんと学んだぞ……。まあご本人様の指示だからな。
南さんはドヤ顔で「人間勉強ですよ」とか言って助手の人たちと部屋を出て行った。
俺はファイルと温度計を持ったまま腕を組み、首を傾げてドアの方を見送る。ぼーさんは博士の姿がなかったからつまらなそうにしていた。
ベースに戻って温度の結果や南さんの様子を報告する。博士のことは「そうか」って一言だけで、書類から視線を上げない。そもそも偽物の様子を見てどうすんだろう。SPRから手紙でも書けば一発じゃないの?まあ勧告しても辞めないヤツは辞めないけど。
ナルが資料を見ている間に皆して博士の話に花を咲かせ始めてしまった。ふとナルの方を見ればもう資料から目を離してカメラの準備に取りかかってるので俺もそっちに歩み寄る。
「とりあえず全員が宿泊するあたりを中心に、そこから徐々に範囲を広げて行って安全圏を確保する」
ナルの指示に頷いて、ジャケットを脱いで椅子にかけておく。手首が少し出る程度に腕まくりをしてカメラを持つと、ナルも同じようにカメラを抱えた。日が暮れるまでになるべく動いておかないといけないから、これから戻って来ても歓談中だったら怒ろうと思ってベースを出た。
ナルと戻って来た時にはまだ話してたので、俺はふんと息を吐く。ナルが言う前に俺が言ってあげたほうがきっと優しいし怖くないだろう。
「こら、お前達はいつまでサボるんだ」
「どこいってたんだ?おまえら」
すっかり仕事の事を忘れていたぼーさんを冷たい目で見る。ていうか、俺の後ろでナルがもっと冷たい目で皆を見てるんだろうな。それが目に入ったらしいぼーさんと綾子の顔が引きつった。ジョンはすぐに我に返ってすみませんと声をあげているので許す。
「所長がこんなに働いているのに、協力者達がわいわいしてちゃあ、立つ瀬がないんだがな……」
捲った袖が緩んできたので直しながら、じっとりぼーさんを睨んで機材の前にしゃがんだ。
ナルはため息をついてから、もう一度機材を置く範囲を指示して、「長丁場になるが止むを得ない」と零した。えー長丁場になるの?やだあ、早く帰りたい。
「だとさ。麻衣ー、家にちゃんと連絡いれて了解とっとけよ、長くなるって」
「へ?了解とるって?」
今度は重い物は他の連中に持たせようと思って比較的軽い物をチョイスしながら、ぼーさんの心配に首を傾げた。
「だから、おとーさんとおかーさんに連絡しろっていってんの」
「ああ、うち両親いないから。一人暮らし」
コードを巻いてると、ナルと目が合ったんだけどそらされた。ナルは俺の事情知ってるもんね。
「亡くなって、るの?」
「そう、孤児だから」
綾子がぎこちなく問いかけてきて、頷くと一同がしーんとしてしまった。
俺にとっては当たり前のことなので気にしてなかったんだけど、聞かれて隠すのも変だったので言うしかない。
「おじさんとかおばさんとかは……」
「いないねぇ」
「今はどうやって生活してんだ」
「うちの学校は貧乏人に優しい学校でね。生活の為ならバイト優先してもいいんだよ」
優しくされるのは嬉しいけど、心配する必要の無いくらい、結構自由な生活になってきているのでちゃんと答えた。まあ、ナル様々だね。
「ここの報酬には期待してないけど、この仕事をすると特別手当がいつもより上がるんだよね。びしばしこき使うので皆もそのつもりで」
ぱちんとウインクすると、ぼーさんがむぎゅっと抱きしめて来た。
「おじさんの胸でお泣き」
「やーめーろーよー。所長がそっちだと思われるだろー」
「そりゃ失敬」
普段ならハグし返してやるところだけど、今俺は渋谷一也の名を背負っているわけでして、ドアも開けっ放しなわけでして。ぼーさんもすぐにぱっと手を放した。
「生活に疲れたらいつでもいうんだぞ、おじさんが嫁にもらってやるからな」
「はいはい、ありがとさん。麻衣ちゃんの旦那さんになりたくば、まずここでの仕事を終わらそうねえ」
襟元と髪の毛を正してから荷物を持ち直した。
日没までは機材の設置と調整、平面図を作るためにサイズを測ったりと色々動きまわった。
その日の夜、水がしたたる音に目が覚めた。洗面所の確認に行くと、蛇口はしまっている。それなのにまた、ぴちょんって音がした。
ああ、なんだ、お風呂の方か……と思ったら金臭い。血か?あれ、これ、……夢?
風呂のカーテンをそっとあけると、浴槽には血が溜まっていて、中には人みたいなミイラみたいなのがぷかりと浮いていた。ヒエッ、悪夢……!
漫画みたいに、びかっと目を見開いて目が覚めた。……朝だあ!朝だよお!
心臓が痛いくらい動いてて、起き上がりながら胸を抑えて俯いた。洗面所からナルが出て来てベッドのところに戻って来て、俺の様子に気づいた。
「麻衣?」
はあ、はあ、と呼吸が荒々しいから、訝しむのも仕方ない。
「ち、ちのさあ」
「血?」
「血の池……いや、浴槽に血を張るひと、なんてったっけ」
「……エルジェペット?」
「そうそれー……名前が出て来なかった……あとおはよう」
なんとか呼吸を整えてると、ようやく収まって来た。顔洗ってこよ。
洗面所怖いけど、朝っぱらから幽霊なんて出て来ないよね。
ただ、念のためそろ〜りと顔を入れて、お風呂場を確認する俺はビビりである。
着替えまで済ませて戻ってくると、ナルはベッドに腰掛けて俺を待っていた。リンさんはすでに機材の方みてるらしい。
「ドラキュラと混同されていた人物だが、なにか関係あるのか」
「同じ事をしてるんだよ」
ぴっと首を裂くジェスチャーをナルに見せる。ナルは黙って考え込む。
俺が腕時計をつけている間に考え事は終了したみたいで、「いくぞ」といって部屋のドアに手をかけた。
next.
振るのは水銀の温度計らしいですね。それも温度を下げるのではなく、昇って来た水銀を遠心力で元の場所に戻す為だかなんだか。へーへー。
Feb 2015
加筆修正 Aug 2018