I am.


.i am 31

今日も昨日に引き続き屋敷内を計測してたけど、廊下のサイズと部屋のサイズが全然合わない。埋まっちゃってる部屋とかもあるみたいだから、そうだろうなと思ってたけど。あーなんか、無駄な労力。───ううん!こんな時でも給料は発生してるっ!俺、頑張る!
今日はぼーさんとジョンもついて来てくれたので俺は偉そうに記録する係でいいのだ。
「隠し部屋でもあるのかな」
「いっそ壁をこわしちまえ!そーすりゃわかる!」
ペンをくるんと回しながら、サイズが合わないことに対して俺の意見を言えば、ぼーさんは壁を蹴飛ばしに行った。ジョンはそれを止めに行っている。
「と、とりあえずここはおいといて先に進みましょ、どこでまちごうたかわかるかもしれませんし」
「そうだね」
バインダーでふわふわと顔に風をおくりながら、ジョンの提案に頷いた。無駄だと思うけど、ナルも皆も納得できないから、やらなきゃいけないね。
ただし、計れば計る程サイズはずれていったので、窓の無いどんよりと暗い部屋で三人で項垂れた。

「もお帰りたい……」

どこか息苦しい部屋を計測し終えて外に出ると、少し空気が和らいだ。そうしたら、なんといちゃもんつけて来る髭のおじいさんに捕まってしまった。俺、ピンチ。
こ、このタイミングかー。俺には安原さんみたいにとんでもない年齢で度肝を抜いて、歴史並べ立てるなんてパフォーマンスはできない。別に、あしらえと言われたわけじゃないんだけどな。
「霊能者は経験だぞ、子供になにができる。だいたいお前いくつだ?学生みたいな顔しおって」
「───ろくな経験をして来たわけじゃなさそうですね」
ナルのふり、ナルのふり。と心がけて嫌味を答えると、髭の人は言い返されると思ってなかったらしくてはっと固まった。
「仕事をしてる人の邪魔をしたらいけないと、教わりませんでしたか?」
すれ違い様に肩に手を置いておまけにぽんぽんと叩いた。早歩きに見えない大股歩きで逃げる。ジョンとぼーさんはえ?え?みたいな感じで俺をなんとか追いかけて来た。髭の人は後ろで見るからに怒って、でも追いかけて来るなんてこともなく、文句を言ってるだけだった。きーこーえーまーせーんー。
「おとーさんは悲しい……ナル坊の所で働くからそんな口をきくようになって」
「ごめんなさいおとーさん」
速度を落として歩いてると、ぼーさんがわざとらしく情けない声をあげた。
「なんやほんまに渋谷さんみたいでしたね」
「いや……ヤツはもっと胸を抉る」
俺なんてまだまだです。
もっと、こう、こうだ!といいながらしゅっしゅっと何かを摘むジェスチャーをしたらぼーさんとジョンは笑った。でも、あんまり阿呆なことしてて見られるとヤバいから、すぐに咳払いをしてやめにした。


ナルに報告し終えてリンさんが統計をとって平面図をつくりあげると、やっぱり隙間だらけだ。真ん中なんてなんにもない。
「全然合ってないじゃないか」
「多分、隠し部屋みたいなのがあるんじゃないかなあ、埋め立てられてたり」
たしか、壁を壊さないと入れないところまであったから、もうこれはしょーがないよ。
「やっかいな話だな……。明日もう一度正確な計測をしてみよう」
「……うわあ」
めんどくさいなあと思ったけど、まあそれ以外することないし仕方ないか。
ナルは俺が嫌そうな顔をしたら咎めるような視線を送って来たので、すぐに顔を背けて眉間の皺を伸ばす。
とりあえず今日は一旦終了で夕ご飯に行って良いというので、ぼーさんたちとどかどか部屋を出て行こうとしたら俺だけ引き止められた。
なんだ、偽物の話でもすんのか。
「麻衣はどう見る」
「う?」
ちょっと腰を回していると、ナルが口を開いた。
図面に対していうので、偽博士ではなく、この洋館の話らしい。
「森さんと安原さんの調査報告はまだなの?」
「ああ」
それで?と促すような視線に、俺は腕を組む。リンさんの作った平面図を見ながら、どう答えたもんかと考えた。
「正体は知ってるけど、解決法がない」
「……正体は?」
「美山鉦幸」
「……」
「詳しくは……わかんないけど、安原さん達が調べて来たことを聞けばきっとすぐわかる」
詳しくわからない、というよりも覚えてないのが本音だ。鉦幸氏が生前から人を殺してて死後もそうやってるということくらいしか覚えてないし、そもそも、それ以上のことを知っても結局除霊の方法がない。ナルもたしか除霊は無理だっていってた。
そんなとき、ベースのドアがノックされた。ぼーさんたちだったらノックしないから、多分大橋さんとか、他の人だ。
ドアをあけると、五十嵐先生がにっこり笑って立っていた。
「ごめんなさいね、ミーティング中とお聞きしたのですが……少しお邪魔してもよろしいかしら」
「ええ、どうぞ」
部屋の中に入れると、五十嵐先生はナルたちの方にぺこりと会釈した。
「あの、実はおたくさまは怪し気な霊能者ではないと見込んでお願いするのですが……」
怪し気な霊能者ではないなあ、思いっ切り一般人だ。
心の中でふざけていたところ、なんか降霊会に誘われた。あーそういえばそんなことあったなあ。
参加するのが正解なんだよね。でも、たしか参加したあと、体を貸した人が失踪するんじゃなかったっけ?一人目のタイミングは印象的だったから覚えてる。
協力ってことは多分俺も参加させられるんだよね?行きたくないなあ。
「かまいませんよ。鳴海、君はどうする」
「……そうですね、僕も参加させていただきます。どうせ夜にはたいした作業はできませんし」
「では九時に、広間の隣の部屋でよろしゅうございますか?」
「はい」
五十嵐先生は俺とナルに疑問を抱いた様子もなく、部屋を出て行った。
「はー……今夜は眠れないかもにゃー」
閉まったドアを見つめながらため息と弱音を吐くと、ナルがは?みたいな顔をしてこっちを見てる。
「いや、怖くて」
そしておっきな溜め息を吐かれた。はいはいすいませんねえ、恐がりで!
ぼーさんとジョンと同じ部屋にしてもらおうかなあ、今日だけ。そしたら俺、一晩中べらべら喋り続けるのも辞さない。だってさー、多分今日の夜鉦幸氏が出るんだよー。鈴木さんだっけ?あの人の所に行く前に俺のところ来ちゃったらどうすんだよう。ていうか鈴木さんどうしよう。
一人で悶々としてたんだけど、そろそろ俺たちも晩ご飯を食べようということで、三人で広間に向かった。もうぼーさんたちはほとんど食べ終えていた。

九時になって隣の部屋に行くと、南さんと博士が居た。
ところがどっこい、暗視カメラを持ってないと宣うので、うちから貸すことになった。
五十嵐先生は、カメラで撮ってくれるっていうから招いたみたいだけど、そんなぞんざいな理由だったのか。まあ南さんちょっと胡散臭いもんね!
俺は丸テーブルの前に座り、五十嵐先生と南さんに手を繋がれる。あああやだよおおお。
震えないように落ち着いたふりをして、蝋燭をぼんやり見つめた。穏やかな五十嵐先生の声を聞き流していると、鈴木さんが急にマジックを動かし始めた。ひえええ来たあああ。
いっ、いたたた、痛い痛い!南さんが俺の手をぎゅっと握っちゃってる。放せバカ!別にこの人と手を繋いでる意味全くねーだろ。
南さんに掴まれてる腕をぶんぶん振ったら放してもらえた。その時ものすごいラップ音がなって、部屋の物が揺れた。蝋燭が倒れた所為で部屋は真っ暗になったので、俺は怖くて動けなかった。ぼーさんたすけてえええ。
「うわぁ!」
「動かないでください!お静かに……」
誰かの情けない声がした。まあ十中八九南さんだな。
五十嵐先生が声を張ってくれた時、誰かに背中に触られて振り向いたけど、誰も居ないというか、見えない。この状況を打破した方がいいと判断したぼーさんが退魔法をしたら静かになって、急に電気がついた。ナルってば冷静ね……それに比べて南さんはテーブルの下で丸まってるし、博士は壁に縋り付いてるし、おじさん二人は情けないなあ。俺も固まってただけですけど。
鈴木さんが書きなぐった「助けて」の中には、一枚だけ赤い字で「死ニタクナイ」というのがあった。五十嵐先生と鈴木さんだけをベースに招き入れて、ビデオの確認をすると死にたくないの文字は、紙が床に着く前に急に浮き出ていた。

降霊会はお開きとなり、部屋に戻ると言う鈴木さんを、俺はつい引き止めた。
「若い人が多く被害に遭ってると思われます。貴方はお若いですし、霊に身体をかしたのだから危険です。十分にお気をつけて。五十嵐先生も今晩は特に彼女から目を離さないようにお願いします」
「……ええ、わかりました。では、おやすみなさいませ」
鈴木さんは少し怯えたような顔をして、五十嵐先生と寄り添って部屋を出て行った。
うーん、でもあれだけじゃあ不安だなあ。綾子のお札でも渡した方がいいのかなあ。ドアの所から皆の所に戻ると、視線が俺に集まる。なに、別にナンパしてたわけじゃないよ?
「おおげさねえ」
「そうかな」
綾子が少し笑うので、俺も苦笑する。ここは危ない所だってナルはあらかじめ言ったはずなんだけど、この人たちあんまり信じないなあ。いい加減、麻衣ちゃんの勘とナルの注意はほぼ正確ということを理解してほしいもんですな!
「真砂子も具合が悪そう……もう部屋に戻った方が良いんじゃないの?綾子、一緒に行ってあげて」
「おっけー」
ふらふらで立っている真砂子が視界に入ったので、顔を覗き込んだら真っ青だった。綾子はこういう指示はわりとすぐに聞いてくれる。本当は俺も付き添いたい所だったけど、俺は女の子じゃないから同じ部屋にいられないし、戻ってくる時に一人になってしまうからしょうがない。

俺たちもそろそろ部屋へ戻ろっか、ということになり二部屋に分かれた。
背中触られた感触もじっとりのこってて嫌だし、なんか全然眠くないなあ。
シャワーを浴びているときに、なんだか背中がかゆくて掻いた。虫さされでもあるのかと思って鏡を見てみる。
「ひえ……」
思わず声がもれた。なんか、掌の後がついている。肩甲骨の辺りなんだけど、そこはさっき誰かに触られた気がしたところだ。痛みはないけど、内出血してるみたいな色だ。
とりあえず身体を拭き終わって、下着とスウェットのパンツまで履いてから、前開きのシャツを前後反対に着て背中を丸出しにする。そっと洗面所から部屋に顔を出すと、ナルとリンさんはちゃんといた。
「なんか、背中に変なのが」
「は?」
裸足のままぺたぺたと歩み寄って、背中を向けると息を飲む音がした。
「覚えは?」
「降霊会のとき、誰かに背中を触られた気がしたー、こわいー」
二人とも、手で触れることはないけどガン見してるようだ。まあいいですけど。
それからすぐに服を着直してベッドに座った。
「鈴木さんのところじゃなくて、こっちにくるのかな」
麻衣ちゃんはこんなことにはならなかったはずだけど、俺は麻衣ちゃんとは逆方向に当たったりする時もあるので、普通にそう考えてしまった。リンさんとナルは静かに俺を見たけど、何も言わない。
でも、綾子の護符はそこそこ効くはずだから夜眠っている間はきっと大丈夫だろう。やっぱり鈴木さんの方が危ない。それか、もっと他の関係ない若い人。
鈴木さんはあくまで一番最初だっただけで、後にも何人か人は消えているはずだ。
「やっぱ……誰の所に行くか、わかんないや」
ぽふっとベッドに沈み、天井を見つめた。
そうだ、とりあえず綾子のお札を枕元に置いとこ。がばっと起きて、綾子のお札をいそいそと設置する。そしてなむなむ、と拝んでから布団の中に潜った。あ、眠れそう。

───その夜、人影が行ってはいけない方向へ行く夢を見た。


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背中はただ細っこいだけなので、男っぽくはないです。麻衣さん別に筋肉つけてないから。だからといって女性的で柔らかなフォルムではないけど。
Feb 2015
加筆修正 Aug 2018

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