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次の日の朝、鈴木さんと五十嵐先生は広間で見かけたけど、厚木さんがいなくなってしまったらしい。南さんは二時間近く探しているのに見かけないと騒いでいる。「博士にサイコメトリをお願いしてみたらどうです?」
紳士風の老人をちらっと見ると、眼鏡の向こうの目と目が合う。博士よりも南さんの方が狼狽えてしまっているので、博士の自白をとるのは難しそうだ。
「し、失踪時に身につけていたものでないと駄目なんです」
「そうですか。……優秀な能力者と聞いてましたが……残念です」
肩をすくめて、南さんから離れた。
はー、やっぱり誰か消えたか。鈴木さんが居なくなるのは注意を促すだけで阻止できたけど、それだけじゃあ駄目だったんだなあ。
米神をなでながら、ため息を吐く。
朝食はあんまり積極的に食べられなかった。ナルに比べたらマシな方だけど。
その日も計測のし直しということで、ぼーさんとジョンと三人で行動した。
「どこに消えたのかねえ」
「厚木さん?」
「そ。結局ゆうべのテープには何も写ってなかったし……誰も見てないしな」
まさか隠し部屋が本当にあるなら、なんてぼーさんが色々呟きつつメモリを読んだ。
計り終わって移動しようとしたとき、ジョンが転びそうになったようで、素っ頓狂な声を上げる。
「大丈夫?」
「はい、ここ、床が沈みます」
「ドアだ……」
床にドアがあったので、三人で覗き込む。昔の俺んちにもあったなあ、床下。これは床下っていうか別室へのドアかもしれないけど。
「あけてみ?」
「おい、俺かよ」
埃が舞いそうだったので少し離れてからぼーさんに頼むと、渋々だったけどやってくれた。そういうところ好きだよ、ぼーさん。
にしても、めっちゃ黴臭い。俺は入りたくないのでぼーさんに任せた。
今度こそ嫌そうな顔をするけど、所長が煤まみれになってるなんて変だろって言いくるめた。俺の勝ちだ。
ぼーさんがざっと見て来た中は、特に変な所や新たな隠し部屋はなかったけど、『美山慈善病院付属保護施設』と書かれた白衣みたいなのがあったらしく持って帰って来た。
内ポケットを探れば昔のお金があって、何か文字が書いてある。これは覚えてるぞ。
所々穴空きの文章になってるけど、俺はネタを知ってるのである程度読めた。
「なるほどね、……とりあえずベースにもどりますか」
「なるほどって、なんか分かったのか?俺にゃサッパリ」
「よおわからはりましたね」
「はっはっはー、尊敬してくれたまえ」
得意気に笑ってやった。
ベースのナルの所に戻り、やっぱり隠し部屋があったことを報告すると、こころなし疲れた感じに頷いた。それからぼーさんが白衣とお札をナルに渡す。あのね、ナルは日本語読めるけどそんなに得意じゃないから意味ないのよ。と、言いたくても言えない。
「―――よ……げ……く……あーだめだ。麻衣は読めたのか?」
「昔は文章の読み方が逆でしょ」
チェンジのジェスチャーをすると、ぼーさんはあっと声をあげてから「なるほどな」と笑った。
俺はお札をぼーさんの手から奪って、紙に書き直す。
「虫食い的だけど、多分こう……此処に来た者は皆死んでいる―――真ん中はわからないな。最後は、逃げよ、かな」
読み上げてから皆の顔を見渡すと、ちょっと固まってる。怖いよねえ。俺も怖い。帰りたい。
浦戸という文字をくるっと丸で囲ってから紙をテーブルに置いた。
早く安原さんと森さんが来てくれればいいのになあ。
夜も食欲がわかなくて、食事の匂いもあまり良い気分じゃなかったから、俺は早めにベースに戻った。まだ食事中のジョンとぼーさんを急かすのは気が引けて、早歩きでベースに逃げ込む。
ナルとリンさんが居るだろうと思ったら、リンさんしかいない。
「あれ、一人?」
「ナルは大橋さんのところです」
「はあ?あいつ一人で行ったのかよう!」
だん、と足踏みをする。
「谷山さんも、お一人でいらしたようですが」
「うひ……」
そろ~りと目線を外して笑ってみる。リンさん目聡い。
「……ちょっとの距離だから許して」
後ずさりつつ、椅子に座って部屋の温度統計やプリントアウトした平面図を眺めてみる。数値見てもなんもいえねーわ、俺。
ここに来てから、やっぱり気分良くないし、人が死ぬって分かってるからドギマギするし、食欲もあんまりない。この数日で絶対体重が落ちてる気がする。調査終わる頃には真砂子より華奢になってそう。
ただ、隣のアオムシの食事を見てると俺ってまともだなって思えるから……麻痺してきた。
椅子の背もたれに頭をのっけてぐてーとしていると、リンさんが珍しく「具合が悪いのですか」って声を掛けて来た。ああ、なんかごめん。具合が良くないのは確かですけども。
「へーき」
垂れて来た前髪を掻き揚げて、リンさんに視線をやる。なんだか、本当に珍しいな。俺の事をちゃんと見てる。俺の能力の事を知って興味がでたのか、一年経ったからそこそこリンさんの懐に入れるようになって来たのか。後者だと嬉しいことだなあ。
緩く笑いかけると、リンさんは小さくため息を吐いた。
「ナルに、力の事を少し聞きました」
「ん」
「私の事も知ってらっしゃるんですか」
「多少は知ってるけど、その話題はあんまりおすすめしない」
少し身体を起こして、背もたれから頭を退かす。そこに肘をついて、肩に顔を預けるように首を傾げた。
「実際に、嫌いだなんて言われたくないしね」
リンさんはちょっと目を見開いた。
うーん、本当は、香港の人だったんだねって話題を振ったから言われるんだけどなあ。自分から鞘を抜いてみた。
ジーンと同じ事をいってリンさんにくすくすされるっていうのは見てみたい気もするけど、麻衣ちゃんとジーンが何て言ったかなんて覚えてない。
「……ま、いろんな考え方があるからねえ」
言われる前に言うなんてずるいかな?と笑いかけると、リンさんはなんとも言えない顔で、頷きもせず首も振らない。
「それに……そばにいてくれるんだから、いいよ」
とんと自分の胸を叩いた。リンさんは言われている意味が分からなかったのか、首を傾げた。
「心配してくれるじゃん、さっきも。───いや、もうずっと前から、危ないときは助けに来てくれてたね」
森下家で井戸に落っこちるときだってかけつけてくれたし。思い出しながらふふっと笑うと、リンさんもくすりと笑った。……ワラッター!?多分麻衣ちゃんとは違う事言ってるけど、笑えたのか。いいもんみたわ。
「そうですね、私は貴方個人のことが嫌いなわけではありません」
「うん」
こじれなくてよかったーと思ってたところで、ナルが戻って来た。
折角リンさんと仲良しになれそうな雰囲気だったのに、ちょっと残念。
「リン、測量し直したデータをだせるか?」
「はい」
お仕事一番だもんな……。
夕ご飯を食べていた他の皆も集まって来たので、平面図を見つつ空白部分について話し合いが行われる。そんな中、窓をこつん、と叩く音がした。資料をテーブルの上に置いて、俺は思い当たる人の名前を呼んだ。
「森さんと安原さんかな」
ナルは足早に窓へ近づき「まどか?」と少し驚く声をあげた。
森さんは、厚木さんがバスやタクシー等に乗って出て行った様子はないことや、依頼を受ける前に行方不明になった二人のプロフィールや消えた時の詳細を教えてくれた。それから美山鉦幸親子の簡単な経歴を纏めたものまで。
「……美山氏は、美山慈善病院という保護施設がついた病院を所有していなかったか?」
「え?なんで知ってるの?」
ナルはやっぱりなって感じでため息ひとつ。
「安原さん、鉦幸氏のことは?」
「あ、はい。───彼はすごく潔癖な人だったようです」
悪い事をした職員は首、その家族も首、住んでた家からもたたき出して、娘夫婦、親なんかも追い出されている。安原さんは「語りぐさになっているみたいです」なんて笑ってみせた。
「人付き合いも悪かったらしいですね。この山荘に全く人を近寄らせなかったようですし」
鉦幸氏やこの屋敷について、もっと色々探ってもらえるようにお願いしたその日の晩、俺は首を裂かれる夢を見た。
首を裂かれた、と思った瞬間までが夢だったから、目を覚ました途端に上手く呼吸が出来なくて咽せた。あまりにも俺が荒ぶってのたうち回ってるのでリンさんとナルが飛び起きて、俺の背中をさすってくれた。す、すまねえ。
ふーふーと息を整えてから、首を抑えた。こわかったよお、こわかったよお。こういう時泣けないのが自分の弱点だと思う。ストレスが溜まる。
リンさんが背中をさすってくれる大きな手や、ナルが入れてくれた紅茶にとても安心した。
「何があったんだ」
あったかい紅茶を手に持って湯気を顔にあてながらナルに視線をやる。
ナルは、いつもこんなのを見ているんだな。そんでもって、ここで死んだ人は、それが現実だったわけだ。何度も思ってるけど、小説ではなく事実なんだな。
今晩は誰か連れ去られてないか?鈴木さんは一度回避できたけれど、次はどうだろう?あとどのくらい人が死ぬまで帰れないんだろう……?
疑問に頭を埋め尽くされながらも、ナルに答える為に顔を上げた。
「ここで死んだ人の最期の夢だった……なんで、みせたの……?」
「なに?」
「渋谷さんがサイコメトリしたヤツなんじゃないかな、これ」
ナルはこてんと首を傾げた。表情変えねーなこいつ。サイコメトリしてるのかしてないのか、どっちなのか、そんくらい教えてよ。
「ジーンが多分、繋いでるんじゃなかったかな」
俺の背中をさすり続けてくれていたリンさんの手がぴくっと震えた。それからナルがゆっくり、組んでいた腕を解いて、俺を見る。
「調査の時ばっかり会うんだ。……遺体を引き上げても、まだ居たんだね」
「───それは、いつからだ?」
「最初から」
汗の滲んだ額を拭って、前髪をかきあげる。「リンさんありがとうね、もう平気」と断ってから、ベッドに再度寝転がる。ナルとリンさんは、俺がもう一度寝ようとしている体勢を見て、それ以上聞いて来ることなくベッドに戻った。いや、ほんと、起こしてごめんなさい。でもこれ、サイコメトリしたナルと、それを俺に送って来たジーンが悪いんです。俺被害者だから。
next.
リンさんとのこのイベント()って一応こなすべきあれだろうと思ったので……。 ていうかそろそろリンさんと打ち解けたいなって。
Feb 2015
加筆修正 Aug 2018