I am.


.i am 33

次の日も測量をしていたけど、一度ベースに戻るとまた人が消えたと知らされた。
俺がタイミングを知ってるのは鈴木さんだけで、声をかけられたのも彼女だけだ。消えた人は、また南さんとこの人で、福田さんらしい。たしか黒髪のロングヘアーのお姉さんだった。
「麻衣の言った通りだな」
「へ?」
「若い人が消えるって」
ぼーさんが苦い顔をしながら言った。真砂子と綾子、ぼーさんとジョンと俺、ナルとリンさんというグループ分けは早いうちからされていたけど、皆がその組み合わせにようやくしっくりきたらしい。
ああ、と頷き笑うしかない。死ぬ事を知って阻止できたのは一つだけで、後は知らなさすぎたので阻止できなかった。俺が責任を負う必要はないし、驕るつもりもない。ただ、人が死ぬ状況は気分が悪いし、怖いだけだ。
首を切られる夢だって、自分が体感したから気持ち悪いだけ。
博士が偽物だって自白ってくれればすぐにでも撤退できるのになあ。ナルはどういうつもりで此処に居るんだろう。ボロが出るのを待ってるのかなあ。
首をぐるぐる回して、ふーと深くため息を吐く。
「麻衣さん、なんやお疲れですね」
「え?」
「こいつ大して動いてねーだろ……肉体労働はほぼ俺たちだぜ?」
「せやかて顔色もあまりよろしくないようですし、食事もあんまりとってへんとちゃいますか」
ぎくり。ここに三日は確かに食欲が無くて、ナルよりはマシだけどアオムシ予備軍みたいな食生活だ。
だってだって、ストレス溜まっちゃったんだもん。俺だってナイーブだもん。
「……センシティブなもんだから、まいっちゃってね、麻衣ちゃんだけに」
はうん、とわざとらしくため息をついて頬をおさえた。
実際元気はないけど身体は丈夫で健康だから、やる気を出せば皆も納得してくれた。
測量の結果、家の構造がなんとなくわかったけど、空白部分が大きく残っていることは変わらなかった。多分埋め立てられて何処からも入れない構造になってるだろうとナルも言っていて、壁を壊す以外に手は無さそうだ。

夜にはまた森さんと安原さんがやって来た。
この館の煙突が、中の構造と外からみた様子とでは本数が違うことが判明した。安原さんには構造の話をしておいて正解だったなあ。
「それからですね、祖父がここの出入りの植木屋だった、というおじいちゃんがいました」
生け垣で出来た迷路があったらしく……と話をされているなか、心臓がドキドキしてきた。夢で見た通りの様子を安原さんは淡々と語る。
母屋と離れをつなぐ迷路で、離れの方は墓場みたいな嫌な臭いがしてたそうだ。

ああああやめてええええもう聞きたくないよおおおおお。こわいよおおお。
なんでこんなにざわざわするんだろう……!
寒くて、奥歯がカチカチと音を鳴らしているのに気がついて、口を抑える。

「谷山さん?」
安原さんが、俺の様子に気づいて話を止めた。
気分が悪い。空腹とかストレスとかの所為じゃなくて、ただ気持ち悪い。
真砂子が、とんと肩に手を置いてくれて、鈴みたいな声で「この人はいけませんわ」と諭した。俺に言ってるんじゃない。俺の中の人に言ってるんだ。
霊媒の人ってすげえ……言葉だけで霊を落とせるのか……マジか。助かった。
身体がふっと何かに放されたような感覚がして、寒気と気持ち悪さが飛んだ。わあん!ありがとう真砂子。ハグしたいところだったけど、多分怒られるのでやらないでおく。
「いま話していたお女中さんのようです」
「……その人だ……ゆうべの人」
なんとなくわかってしまった。
俺はゆうべの悪夢をナルたち以外には話していなかったけど、サイコメトリの結果ではなくて俺の夢としてなら伝えても支障がないはずだ。
「ゆうべ?」
傍に居た真砂子が小首を傾げる。
「首を切られて死ぬ夢を見た」
「!」
「その人の……夢じゃなくて、最期、だったんだな」
首をそっと抑えながら呟いた。俺の首はくっついてる。声帯をふるわせ、呼吸をし、血が脳と心臓を行き来できるように、くっついてる。あの人は全部できなくなった。
ぼーさんたちは神妙な顔つきをして、俺を見ていた。真砂子が慰めるように背中を撫でてくれたので、俺は平気だと示す為に笑顔を作った。
「……そうやって殺された霊が、この家をさまよっているわけか」
ナルがそう言うと、電気が消えてラップ音が襲う。叫び声みたいなのも聞こえて、凄く怖い。
俺はぷるぷるすることも出来ずに立ちすくむ。ようやく電気がついたと思ったら、壁中に助けてコールがびっちり。きゃあああホラー映画ぁ!!ってリアルホラーだったこれ!
森さんたちが退散してすぐ、大橋さんが無事を確認しに駆け込んで来た。よく考えたらこの人も命がけで此処に居るんだよなあ。実際襲われる可能性は低いけど、本人はそんな事知らないし、そう考えると可哀相。
「ドラキュラ、か」
「ドラキュラぁ?」
綾子が思い切り顔を顰めて、ナルの呟きに反応した。
「麻衣の言っていた言葉の意味がようやくわかった。浦戸は、ヴラドの事か」
それから、エルジェペットも……とナルはピースを当てはめて行く。真砂子が霊を降ろすことにならなくて本当よかった。俺は止める術がないからなあ。

次の日壁を壊して入った部屋から、遺体が発見された。警察を呼ぶかどうかは本当の依頼人に聞いてからにするとのことで大橋さんは少し青ざめた顔をしていた。
五十嵐先生と鈴木さんは、博士が予言を的中させたとか言って軽くはしゃいでる。ナルが今回失踪した人達もおそらくはそうだろうと語ると、二人は途端に顔を青ざめさせた。おせーよ反応が。
髭の人は速攻帰るって宣言して席を立つし、南さんたちも焦りつつ帰ろうとしている。
「博士はお帰りになるんですか?失踪したのはそろって南さんの所に人なのに」
嫌味をちくっと背中に刺すと、ぼーさんが小さい声で麻衣と呟いた。おい、今はその名前で呼ぶなや。
「そ、そりゃ、探して無事な姿が見つかるならそうしますがね、このままじゃ被害者が増えるだけでしょう」
「思ってたより使えないんだな、オリヴァー・デイヴィスって」
「博士を愚弄するつもりですか!」
「博士ぇ?どこにその有能な博士がいるんです?見当たりませんね」
「……!」
肩をすくめて首を振った。
「あなたに博士は荷が重いんじゃない?」
ははっと笑い飛ばすと、偽物はびくっと肩を震わせた。これ以上は不毛だったので、すぐに彼らに背中を向けて皆の元に戻った。
「はい、では、うちも撤退しますか」
ぱん、と手を叩くと、皆がぽかーんとしていた顔からはっと我に返る。ナルとリンさんは別にぽかんとしてなかったけど。
ね、とナルに視線をやれば、そうだなと頷いた。
「おいおい、マジなの?」
ぼーさんは一応良心が疼くみたいでナルにうかがう。でも、空間をねじ曲げられる程の、もはや化物となったヴラドには、誰も太刀打ちできないだろうという話をされて理解するくらいには、大人は物わかりがよろしい。
家を燃やせば簡単だな、って話をしてるけど、ミニーは燃えなかったじゃん……どう違うの……。
ミニーよりヴラドのが強そうなのに、家は燃えるんだろか……?
憑依じゃないから大丈夫なのかな。
や、考えるの辞めよう。この場で質問すると、所長らしくないし。
「それにしても、逃げ帰るわけか?ナルちゃんらしくねー」
「逃げるんじゃない、僕らの仕事は終了したんだ」
「ぱんぱかぱーん!」
俺はナルの仕事終了宣言にお祝いの声をあげた。わーい。
いや、一応まだ所長業は続くのか。
ぼーさんを初めとする協力者達はぎしっと固まって、俺たちを見ている。
「僕がここに来たのは大橋さんの依頼を受けたからじゃない」
依頼自体はあんまり興味無いとか言うけど、ナルの琴線がいまいち俺にはわからん。知りたかないけど。
ナルは、オリヴァー・デイヴィスの偽物を連れ歩いている件を見てこいって言われたことを、ようやく皆に告げた。ああ可哀相に、皆してへのへのもへじみたいな顔をしちゃってる。
「彼らが撤収したのだから僕らの仕事も今終了した。あとはまどかがどうにかするだろうし……」
ちら、と俺をみて、ナルはそっとため息を吐いた。ん?俺がちくちく刺したから?でも詐欺師の神経は図太いから、露見してない限りは続けると思うよ!森さんに期待。
「なんで最初からそれ言わないのよ!っていうかあんた知ってたのね!?」
「あはははは」
俺は綾子に肩をがっしりつかまれて、ガクガク揺さぶられた。
「最初からそれをいったら仕事に手を抜く人間が出ると思ったから」
ナルの発言に綾子はうっと言葉を詰まらせた。
「はいはい、もめなーい!じゃあ、夜になる前にけーるぞ」
綾子の両腕を掴んでぽーいと投げ、撤収準備の為にベースに戻る。
元々カメラとかはそんなに持って来てなかったので、一時間弱で纏め終わってしまった。
日が暮れる前には各々部屋の片付けにうつれたっていうのに……なんで俺が攫われてるんでしょうか。


next.

原作とちょっぴり変わります。ぱんぱかぱーんとか言ってる場合じゃなかった。
Feb 2015
加筆修正 Aug 2018

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