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女の子として育ち、中学生で天涯孤独の身となった。バイトしながら一人で生活をし、不幸はやたらと降り注いで来るけれど、人には恵まれている。そんな、生まれながらのヒロイン・俺なわけだが、なぜよりによって、こんな所でヒロインを発揮したのか教えていただきたい。これはもうヒロインというレベルじゃない。不運すぎ。
何がどうなって俺は一人で薄気味悪い手術室に居るのか。
……神よ。
ヴラドは?もしかしてこれただの夢?うん?よくわかんないんだけど。麻衣ちゃんは不幸で不運でマジヒロイン……って感じだけど、本当にヒロインなので多分命は大丈夫な筈……ハズ、ダヨ……。
もう本当意味分かんない。こういうときジーンが出て来てくれるはずだよね?……キョロキョロしてたら本当に向こうから顔と首と手だけがぼんやりと光った美少年がやって来た。待ってたよ!!!
「麻衣」
「これ夢かなー」
俺の記憶の中にはこんなのなかったのになあ、おかしいなあ。
優しく俺に語りかけたジーンに被せ気味で問う。久しぶりに会って、遺体発見とか成仏云々の話をしたいところ悪いけど、それどころじゃない。
「ヴラドは焦っていたんだ……皆が屋敷から出て行くから」
「ほほう」
「リンとナルを責めないでやってほしい……本当に、目を離した隙の出来事だったんだ」
「あ、ハイ」
一瞬の隙をついて人前で俺を攫ったってこと?
そもそもリンさんは俺とナルと二人も見てなきゃいけなかったし、まだ日は暮れてなかったし、綾子の護符もあったもんね。護符は効き目が薄れちゃってたのかなあ。
結局、ヴラドの奥義、死にたくないよふええ、が光ったわけか。
「でも、なんで今は無事なんだろ、すぐ殺すでしょ?」
「力を使いすぎて、少し身体を休めてる」
「なんだそれ……」
「僕もなんとか頑張ってみるけど、……ずっとは難しい。ナルたちが早く迎えにきてくれればいいけど」
え、お前なんとか頑張れるの?なんか凄いかすっかすの幽霊だと思ってた。
俺の記憶によると、調査中しか起きてられないはずだす。あ、でもいろんな所に現れられたりわりかしチートだったな。もう、俺の守護霊になっちゃえよ。
「……こうなるって知ってた?」
「まさか。知ってたら嫌がられてもリンさんと手ぇ繋いどくっての」
ジーンは俺の返答に小さく笑った。
「ホントは女三人部屋でさ、真砂子とちょっと揉めちゃって……一人なりたいっていうから素直にしちゃったんだ」
「うん」
「で、真砂子が攫われたの。でも真砂子と綾子を二人部屋になったからさ、大丈夫だと思ってたんだよねえ」
「……麻衣はいつも、どうやって予知を?」
「うーん、生まれる前から知ってた……のかな」
優しい目元が、少し驚いて丸まった。
「不思議な記憶に近いものがあって……それが、旧校舎の事件で現実で起こることとリンクしていったというか」
予知と認識してるわけではないけど、概ね本当の事だった。
「……僕の事、ナルにしらせてくれて、ありがとう」
「いいえ。……こちらこそ、いつも助けてくれてありがとう」
覗き込んで来る顔を見返すと、ゆったり笑った。うん、笑顔全く違うなあ。
それから他愛ない話をしていると眠くなって来た。そもそも今が夢みたいなもののはずなので、もしかしたら俺は目を覚まそうとしてるのかもしれない。うとうとした俺の頭をジーンは撫でて、微笑む。寝て良いよってことなのかわからないけど、寝たらいけないときは言ってくれるから、俺はそのままぼんやり意識を手放した。
気がついたら俺はナルたちを見下ろしてて、彼らは壁の厚さを測る機械を手にわいわいやっている。あ、安原さんと森さんまで居る。
助けに来ようとしてくれてる感じかな、と傍に立つ。
ふいに、真砂子と目が合った。え?なんで目が合うの?あ、そっか、この人霊媒か。
……ってことは俺って霊体なの?今。幽体離脱だ!しゅごい!!!!
「う、うそ……」
わなわなと手で口元を覆って、泣きそうな顔をする真砂子。
「麻衣さ……っ、そんな、嘘ですわ……いや、いやです!」
「真砂子?どうしたのよ!?」
少し後ずさりながらも、俺から視線をはずさない。綾子が真砂子の肩に手を置いて、他の皆も真砂子の様子に手を止めた。
「おいおい、まさか真砂子、麻衣がそこに居るってんじゃないだろうな」
ぼーさんの言葉に、ぽろっと真砂子が泣いて、顔を覆った。ああ、待って待って、俺死んでないから!
なんとか真砂子に呼びかけると、ちゃんと俺の意志は聞き取ってもらえたらしい。
「ほんとうですのね……わかりました」
俺頑張って待ってるよーって伝えたら、真砂子達は見えなくなった。というか、怖い手術室に逆戻りだ。
あわよくばもう少しあっちに居たいところだった。
戻ってもジーンの姿がなくて、もしかしたらそれどころじゃない感じなのかなーと一人ぼっちに耐える。
えー何か凄い心細いわ。
ていうか、こんな事になるならもっとぼーさんに色々教わっておけばよかったかな。
ジョンの退魔法はキリスト教じゃないと使えないらしいけど、なんなら俺はもう入信しようか。
そういえば仏教、神道、キリスト教、道教がいるわけで……ああなんてより取り見取り。俺、生きて帰ったら、入信すんだ……へへ……なんてな!無理無理、俺には無理。
ジーンが避けてくれてるのか、俺のヒロインパワーなのか、とりあえずヴラドが来る前にナルが部屋に入って来た。一瞬どっちだろう、なんて思ったけど、仏頂面で俺の腕をぐっと引くから多分ナル。
ナルはサイコメトリした時に手術室の場所を見てるだろうから、ここまで先導切って来られたんだろう。夢を見たとこぼした俺ならまだしもナルが真っ先に迷い無くこっちにきたら後々あれってなりそうな気がするけど……すまんね。いや、俺が詳しく話したということにもなるのかな。
腕を引かれて立ち上がった途端、ぴちゃんっと何か滴が垂れる音がした。
ジーンさんもう少し頑張ってほしかったです……。
「来た……!」
ぞっとするので間違いないだろう。退魔法と九字を撃つとヴラドは一回浴槽に逆戻りしたけど、俺は足を下男の霊の手に掴まれてすっ転んだ。
「麻衣!」
「ナル、谷山さん!」
俺を助け起こそうとしたナルの向こうに、リンさんがやってきた。ていうかナルはなんでリンさんと一緒にこなかったのさ。一緒に来いよ。リンさんもナルを追ってきなさいっての。などと、俺は助けてもらっておいて心の中で散々ケチを付けた。だって怖かったんだもん。
リンさんが指笛を吹いたら俺の足を掴んでるものや迫って来たヴラドが散ったので、ナルとリンさんに助け起こされて必死に走った。
とにかく屋敷の外に出て、合流した皆で芝生の上でひいひい息を整えていたら、真砂子がそっと俺に近づいて来た。
「あー、驚かせてごめんね」
「全くですわ……本当に、死んでしまったのかと思ったんですのよ」
俺が幽体離脱したのは本当の事だったみたいだ。へらっと笑うと真砂子は少し頬を膨らませた。
「麻衣はどんどん芸達者になってくなあ」
「はっはっはー…………これ以上は要らないです」
どさっと芝生に寝転がってぼーさんに返事をする。
ああ、空が白けてきてる。もう朝か。どんだけ時間経ってたんだよ畜生。
「もう戻っても良い頃だろう」
「へい」
今まで静かにしていたナルが立ち上がったので俺も立つ。その時ナルがぽろっと何かを落としたので綾子が拾った。
「ナル、なんか落としたわよ……って、随分可愛いペンねえ」
あ、俺のペンだ、と思いながら真砂子と一緒に覗き込む。
俺のペンケースの中身はとってもガーリーなのだよ。抜かりはないのだよ。
「貸しっぱなしだったね、忘れてたよ」
「麻衣の?」
「ん」
綾子の手からペンをとって自分の胸ポケットに入れておく。
ナルに貸した覚えはないけど、多分サイコメトリしてくれたんだろう。
「ありがと」
笑って目配せをすると、ナルはふいっと顔を背けてさっさと歩いて行ってしまった。デレないなあ、この人。
その後俺たちが外にいたことを知らなかった大橋さんに驚かれつつ屋敷に戻った。
安原さんと森さんのこともバレてしまった。まあ、お咎めはないと思う。
ぼーさんたちは奥の部屋で厚木さんと福田さんの身体も見つけたみたいだから、そのことも報告した。
最終的に書面で細かい経緯を提出するけど、この屋敷が本当に危険な事だけはしらせて、俺たちはその日のうちに東京に戻った。
next.
お給料の特別手当、ナルは何も言わずに三割増にしてくれてると思います。
Feb 2015
加筆修正 Aug 2018