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春の調査が終わったと思ったらすぐに中間考査が始まって、まあ授業をあんまり受けてなかった俺は何個か追試を受けなきゃ行けないくらいの点数をとりまして、バイトと勉強尽くしの、忙しいようで実はあんまり忙しくない日常を送った。ナルに追試になってもうた……と報告したら思いっきり馬鹿にされたけどな。
追試が終わったらのどかな日常が戻って来たわけだが、今度は期末テストがすぐに待ち構えていた。学生も暇じゃないな。
また事務所で勉強をしてたんだけど、遊びに来てたぼーさんが俺の教科書とノートを覗き込んで茶化して来たり、綾子と二人で懐かしみはじめたり、ついついジョンに日本の歴史を語ってみたりと脱線しまくった。
ナルとリンさんだけの時は思う存分勉強できてるけどさ。
期末テストが終わったら夏休みなので涼しいオフィスで夏休みの宿題をこなしつつ、涼みに来た連中にアイスコーヒーを入れて息抜きしていた。すると、事務所の電話が鳴った。俺は出なくていいと言われてるので無視してたんだけど、ぼーさんにそれを指摘されてしまった。
「電話は出ても内容がわかんないからねー出ないよー」
「マジ?」
麻衣ちゃんと違って郵便物のチェックはやってるけど、と心の中で付け足しておく。ナルは俺に素性を隠してないのだから存分に俺を使う。電話は本当に出なくていいって言われてるし、出たくないので双方の意見が合致してる。だって多分英語だもんな。
「あんたの仕事って結構ヌルいわよね……給料どれくらい貰ってるわけ?」
「生活に困らないくらい貰ってる」
「仕事の依頼だってガンガン入る訳じゃないし、そのほとんども断っちまうし、依頼料も志納ってやつだろ?」
儲かってるとは思えない、とぼーさんが顔をしかめている。
「実家が金持ちなんじゃない?」
「大学教授なんだっけか?そんなに実入りのいい商売じゃないぞ」
森さんから情報を引き出したらしいぼーさんに否定された。うーん、大きい研究機関みたいなもんなんだとは言えない。
「まあ悪い事はしてないと思うし別に良いじゃん」
「大雑把ねえ……あんたもうちょっとしっかりしなさいよ」
しっかりしてらい、と思ったけど、綾子とぼーさんにとってナルは謎で、そんな人に雇われてる俺が心配なんだろうな。良い奴らめ。
そんな時、ドアの鈴がカランと音を立てた。反射的に立ち上がってドアの方を見ると、青年と小さな女の子が居た。
「いらっしゃいませ」
「……あの、こちらは、……その、いわゆる霊能者さんですよね」
「はい、どうぞ」
普通だったらぼーさんと綾子に依頼内容を聞かせるもんじゃないんだけど、まあ首突っ込んで来るだろうし、今回の依頼人は覚えのある人だからいいや。
ソファに案内してナルを呼びに奥へ行く。読書中だったので若干不満そうに立ち上がり、ぼーさんと綾子を一瞥もせずに依頼人の向かいのソファに座った。俺はその隙に依頼人二人に飲物を入れる為の準備をしていた。
アイスコーヒーとオレンジジュースを出せば、ぺこりと軽く頭を下げられたので笑い返しておく。
「診ていただきたいのはこの子なんですが」
吉見彰文さんと名乗った青年は、姪の葉月ちゃんの肩に手を置いて暗い面持ちで話を切り出した。
「……病気の治療なら病院にいくべきだと思いますが」
「びょういんきらい」
「大丈夫、病院にはいかないからね」
病院というワードに葉月ちゃんはびくっと震えた。
まったくいつも、そんなにべもなく!俺は森さんの笑顔が恋しい。
「ナルちゃんよ、診るぐらいいいじゃねえか、そんな大した手間じゃねえんだし」
「お願いします」
「……わかりました」
彰文さんは真摯な態度を貫いた。すみませんとまで謝っていて、やだもう、すげー良い人。
まずは葉月ちゃんの首を一蹴する痣のような爛れを見せた。痛くもかゆくもないらしい。その後に背中の戒名を見せると、ぼーさんは目に見えて嫌な顔をした。
書かれた『喘月院落獄童女』の意味を聞いて、俺も思わず顔を顰めた。
依頼主の実家がある石川県まで車でとろとろと向かった俺は、ぼーさんの車の後部座席に寝転がってぐったりしてた。
シートベルトは見逃してくれ。
「お前それ……女としてどーなの」
「ぅるせぃ」
行きは人数が少ないので、綾子はぼーさんの車の助手席、ナルはリンさんの車だ。
長時間の移動に慣れてない俺は、覇気のない声でぼーさんに応じた。綾子は水をくれたので、こういうときはおかーさんみたいである。
おうちに着いた頃にはすっかり元気がなくて、俺は青い顔のまま一言も喋らなかった。
依頼人であるやえさんの話はなんとか真顔で聞ききったけど、ベースとなる大きな部屋に案内された俺はぺたりと畳みにうつ伏せた。
「どうかされました?」
「ああ、こいつはただの車酔い」
彰文さんが俺の様子を見て心配そうにしたが、ぼーさんが軽く笑い飛ばしているので一緒に笑ってる。でもひとこと、ご足労おかけしましたと言われたので俺はずりずりと這って体を起こす。
元気がとりえの麻衣ちゃんだもの。
「いえいえ、見苦しいところ見せてすみません。……さて、仕事しますかね」
正座してぺこりと頭を下げてから、重たい身体で立ち上がる。
「お前さん、意外と仕事人間だよな。無理すんなよ?」
「僕も何かお手伝いできることがあれば使ってくださいね」
二人はこういってくれたけど、ナルは荷物を持ってる俺に「落とすなよ」と注意した。お前なんか嫌いだ。
夜になって家族全員と一緒に食事をとることになった。ナルはお誕生日席である。
ナルだけじゃなくてリンさんもアオムシご飯なので、こいつら揃いも揃ってと心の中でお節介半分に呆れる。逆にぼーさんと綾子はお酒に手をだしてて両極端すぎた。
料亭というだけあってご飯はとても美味しいけど慣れないし、場の雰囲気がどうにも暗いし、そもそも俺は車酔いの所為であまり食欲がないからなんとも言えない晩餐だった。
「お身体はもう大丈夫ですか?」
「はい、もう元気ですよ」
食後はベースでカメラをみたり地図をみたりしていたんだけど、彰文さんがお茶をもって来てくれたのでわーいとはしゃいでポットを貰いにいく。
あんまり食べられなかったけど、すっかり気持ち悪さは抜けているので、美味しいお茶をのみながら彰文さんと談笑する。
「ご飯はいつもあんなに静かなんですか?」
この時点でもう霊に憑かれている人たちが沢山居たと思うけど、俺には判断が出来ないのでそれとなく話をふってみる。
「すみません……いつもは兄達だけでももっと賑やかなんですけど。どうも最近は暗くて」
「心配事があるのか……それとも、何かがあるのか、どっちでしょうねえ」
「そうですね、どうしたんでしょうか急に」
「急?」
「和兄さんも栄次郎義兄さんも店を手伝っているので元々人当たりはいいんです、客商売ですし」
そりゃそうだな、と頷く。
「栄次郎義兄さんのあんな不機嫌な顔、はじめて見ました」
しょんぼりした感じになってしまった彰文さん。
ぼーさんも綾子もその話を興味深そうに聞いている。
ナルは他の人たちはどうだと深く聞き始めたので、俺は大人しく話を聞く事に徹した。
カメラの角度の調整をしてから戻る最中、暗い廊下で子供に引き止められた。一瞬お化けかと思ったけど、多分彰文さんが言ってた克己くんと和歌子ちゃんだろう。良かった、人間だぁ!と安心できないのは、この子達に幽霊が憑いているからである。
「おねえさんたち、ぜんぶでなんにんいるの?」
「ん?」
「なんにん、いるの?」
「……五人だけど……」
何でこんな事聞いてくるんだろう、と思いながら答える。
くすくす、おおいね、なんてひそひそ話をしてる。感じ悪ーい……っていうか、まさか俺たちのことも全員殺す感じなの?マジ?
ぞっとしながら、二人が去って行った暗闇を見つめ続けた。
そんな俺を現実に引き戻したのは女の人の悲鳴だ。同じように悲鳴を聞いていたらしいぼーさんと合流し、声のする母屋へ向かった。
ぼーさんの後を追うと、部屋で栄次郎さんが獣みたいに暴れていた。ぎょえええ、怖い。
栄次郎さんを取り押さえている二人以外はあまりの事に呆然としてしまってる。
「リン」
「はい」
いつのまにかナルとリンさんも来ていたらしく、従者よろしくリンさんがナルに言われて栄次郎さんに向かって行った。
一瞬にしてリンさんに意識を落とされた栄次郎さんは、念のため縄でしばられて転がされてる。
俺たちはその間に怪我をした人達の手当と、事情聴取だ。なんでも光可さんが栄次郎さんの夕食時の態度を咎めたら包丁を持ち出したらしい。
ナルたちの方は、おそらく憑依霊だろうということで、ジョンを呼ぶか綾子にやらせるかで話し合ってる。ぼーさんは法力を人に当てたらいけないとかなんとか話をしてて、ああそういえば俺九字撃って子供に火傷させちゃうんだっけと思い出す。いや、そんな状況にならないようにしよう。うん。
と、自分のことばっかり考えていた俺は失念していた。ナルが霊に憑かれるという、とてつもなく大きな問題を。
許せナル……おめーの骨は俺が拾う……。
綾子が渋々栄次郎さんについた憑依霊を落としにかかったが、大きな動物の霊が飛び出した。対峙した俺たちを嘲笑うように飛び、ナルをすり抜けて消えてしまう。
壁に叩きつけられたナルは一瞬気を失いかけたようだったけどすぐに持ち直したように見えた。ところがやっぱり具合が悪いらしく部屋でしばらく休むと言ってベースから出て行こうとした。綾子はちょうど巫女装束を着替える用もあったため、ナルを心配して付添い部屋を出た。
そして、人気のない廊下で綾子がナルに首を締められているところを、俺たちの設置したカメラが捉えており、気づいたリンさんとぼーさんが駆けつけた。
綾子の命は助かり、ナルは気絶させられ布団に寝かされている。
「さて、これからどうするか……」
ナルの眠る隣の部屋で、四人で話し合う。
「栄次郎さんみたいに縛っておいたほうが良いんじゃないの?」
「ナルをか?あとで何言われっかわかんねえぞ」
綾子とぼーさんの会話を聞いて、俺はリンさんと顔を見合わせる。俺がナルについて知ってる事は少ないから、リンさんに任せよう。
「……縛ったくらいでナルを止める事は出来ないと思います」
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味です。松崎さんは運が良かったのだと思いますね」
俺ついていかなくて良かった……。
リンさんはナルがいかに危険な奴なのかを淡々と語る。ナルが気功を使えるかもっていずれ気づかれそうではあるけど、まあそんくらい良いだろう。俺は悪くないし。
ナルから霊を引き出す方法はないので、リンさんがナルに金縛りをかけるということになった。
ん?もしかして綾子が一気に霊を浄化するまでナルって起きないの?それは……面倒くさいぞ。寝かせとけば寝かせとくだけナルが起きた時に不機嫌になっていそうだし。いや、もはやこうなった時点で大分機嫌は悪いんだろう。
起こすの怖い、起こすの怖い、起こすの怖い。
next.
リンさんと目配せしあっちゃう仲。
Feb 2015
加筆修正 Aug 2018