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着替えた綾子と神社に行くと、ぼーさんとジョンは付き添いでやってきた。綾子は神社の近くの木にお酒を捧げて、鈴のついた榊を地に刺した。それから神々しい雰囲気の中で浄霊は行われた。土左衛門みたいなのがでろでろ歩いて来て、鈴の音とともにふんわり消えて行く。綾子先輩パねえっす。
これの中にはナルに入ってたのも居るだろう。
リンさんは金縛りをしてるあいだは霊も出られないって言ってたけど、大丈夫なのかね。その辺詳しく知らないから実は一か八かだったりするけど、俺が悲観する程の難しいことにはならないだろ、多分。
十八塚にもビキッとひびが入って、綾子様が神々しく振り向かれた。うおお、今あんたナルより輝いてるよ!
「これで片がついたのか……?」
「あら、まだよ……霊しか浄化できてないもの。麻衣の言うとおり、神の祟りなんだとしたら厄介ね」
どへぇ、とぼーさんはあからさまにため息を吐いた。いやそんなに働いてないでしょーが。
ベースに戻ったらナルが居て、機嫌は結構悪かった。ああ、でも最悪ってほどでもない、かなあ?綾子が首を絞められた嫌味をぶちかましたので、更に機嫌が下がったけど……。
「僕は調べ物をしてくる。───麻衣」
安原さんを呼んでないもんだから、特に資料も無くてナルが動かなくちゃ行けないのは確かだ。すぐに動く所はナルらしい。
呼ばれたのでお茶を飲んでいた湯呑みから口を離して見上げると、相変わらずナルには表情がない。
……お、怒られるんだろうか……起こすのが遅いとか……。ひい。
「来い」
「……あい」
俺は可哀相なことに、ナルと一緒に調べものをすることになったよ。手分けして調べるんだって、畜生。安原さん助けてえ。
ナルは吉見家の分家本家あたりの事、俺はおこぶさまの事を調べる。たしかにナルの調べものの方が大変だろうけど……そもそも俺の得意分野は雑務だからなあ。でもまあ、目的がはっきりしてるので、小学生の時の課外学習でやった『この町の歴史をしろう』みたいな感じでがんばる。
靴を履いてお店の方から出て母屋に行く途中、停車してある車が家の陰に見えて、嫌な予感がした。
今、悪いものは居ないけど、前まで居た訳だ。殺そうと画策してたわけだ。
俺の嫌な予感は当たるし、麻衣ちゃんが子供に九字を撃つ時、なんか言ってたよね。車がどうのって。
「麻衣?」
「ちょっと、待ってて」
危ないじゃん、めっちゃ危ないじゃん、俺が早めに解決したことで、危ないことになるところだったんじゃないの?思い出さなかったらヤバかったんじゃないの?折角吉見さんちの皆が生きてるのに、俺が死なせてたかもしれない。いや俺じゃないけどさ。
ドッドッドッと心臓が鼓動する。はあ、やだ、ストレス……。
彰文さんをつかまえて、みんなに車には乗らないように注意することや、他にも何か仕組まれているかもしれないから安全確認しっかりするように念を押した。それからぼーさんたちに車を調べてもらうように言って、ようやくナルと図書館に向かった。
そして、クーラーの効いたタクシーで優々と図書館に乗り付けると俺を置いてナルはまたどっか行った。
途中で携帯に連絡が来て、その頃には俺は海関連の災いのことは調べ終わりそうだったから、ナルに指示されたことをこなしたり見事にワンワンだった。
今後はマジで安原さんを呼ぶことをお勧めする……と提案しておいた。
陽が暮れたころに合流してお店に戻ると、彰文さんが丁度外に居て、車のブレーキオイルがもれていたことを教えてくれた。マジか、本当に良かった……誰も怪我してないんだよね?
はぁぁと大きく安堵の息を吐くと、ナルがじっとりと俺を見ていた。俺の予言に関してナルは何もコメントして来ない。助かるけど視線は痛い。冷めたおめめでいらっしゃる。
困難を回避するために未来を変えてプラスになるならいいけど、例えば吉見家の誰かが図書館まで車を出そうと言ってくれて、俺たちがありがたく乗っていたとしたら、吉見家の人も俺とナルも死んでいたかもしれなくて───俺はひとりで、ぞっとしていた。
かろうじて覚えていて本当によかった。
「麻衣さん、大丈夫ですか?」
ベースの隅っこでうつ伏せに死んでると、ジョンが心配そうに尋ねて来た。
熱中症かもなんて色々心配してくれてるので、ほっぺを畳みにすりつけたままジョンを見上げる。あうぅ、神々しい。
「疲れただけ」
覇気のない声だったけど、笑って見せるとジョンもふわっと笑った。ジーンとはまた違った感じに綺麗だと思う。
「無理せんと休んでてくださいね」
「ありがとー」
「なんかあったのか?」
「だいじょーぶー」
ぼーさんまで倒れてる俺を眺めにきて、つんつん突っつくので、手をちゃいちゃいして力なく払う。
「───ぼーさん、ジョン、それは放っておいて良い」
そんな和やかな雰囲気の所に、ナルの声がかかった。
それって俺のことか?それって……。従順な麻衣ちゃんを、それだなんて……。言うことかいてそれか。もうしらん。ぷーんと顔を背けて身体を休め続けている背後では、吉見家がいつこっちに引っ越して来たのかとか、おこぶ様関連の言い伝えとかをナルが皆に解説していた。
「明日、おこぶ様の除霊を行う」
ナルの声に、俺はがばっと起き上がる。マジかよお前。
「必要あるのか?祀ってやればいいわけだろ?」
「祀りを怠ればまた同じことを繰り返す」
「それでも当面は大丈夫なんじゃねえか?……相手はえびすとはいえ、神の一種だぞ。化物よりタチが悪い」
まったくだてめーこのやろう、ナル!俺が早くお前を起こした意味がない!
「化物を狩る方法はないと言ったのはお前だろうが」
「───あいつを見過ごせって?冗談じゃない。これだけ愉快な経験をさせてもらったんだ、きちんと返礼するのが礼儀というものだろう」
ざわっと毛を逆立てるような雰囲気をさせて、ナルが不適に笑った。
取り憑かれた時点でナルはぷっつんだったんだな……。
綾子とジョンは無理だと断るし、リンさんも辞めた方が良いと言ってる。ぼーさんは、「やるだけはやってみるが……」なんて答えちゃって……優しいんだか無謀なんだか。
ていうか誰も行かなかったらお前一人で行くつもりか。
「力量のないものは必要ない」
ぴしゃりと言い放った言葉に、ぼーさんと綾子は顔を引きつらせた。
「こら、煽るな、ナル!お前は皆を危険に晒すつもりか?」
俺はぐっとナルの肩を掴んだ。不機嫌そうな顔が俺をじっと睨む。
「麻衣は黙ってろ」
「いやですー、先が見えるのに反対しないほど薄情じゃありませーん」
わざとらしく唇を尖らせたけど、言ってることは本当のことだ。ぴくりとナルの眉が動いた。
「もし、どぉぉしても行くってんなら」
「───なら?」
真剣に見つめ合っていたけど、俺はナルの両方の肩を掴んでにっこり笑った。
「ちゅーしてやる」
ブホッと誰かが噴いて、誰かが転んで、誰かがテーブルの上の書類をばさばさ落とした。俺はナルから視線を外さないので誰がどうリアクションをとってるかは見えない。でもナルの後ろに居たリンさんが珍しくぎょっとしちゃってるのは見えた。
目の前のナルは「は?」と顔をしかめてる。身じろぎをしているから身の危険を感じてはいるらしい。いや、本当にするつもりはないけどさ。
「どうせ明日人工呼吸しなきゃならないんだから、今してやるっていってんの」
顔を近づけると更にざわつくが、誰もが俺たちを引き剥がそうと体を動かせないでいた。もちろん本当にするつもりはなくて、俺の声がなるべくナルにだけ聞こえるように顔を近づけただけだ。多分近くにいたリンさんと、その次に近くにいたぼーさんくらいには聞こえてるかもしれないが。
キスされると思ったのか、俺の予知した未来にさすがにやばいと思ったのか、硬直したナルの顔をつかんだ手をはなす。
「今直ぐ唇塞いで失神させて東京に連れて帰ってもいいんだよ?……リンさんもその方が良いよね」
「そうですね」
「リン!」
正座していたリンさんがわりと真顔で頷いた。ぼーさんたちは訳が分からず、ずるっと身体を傾けている。
「……よく考えて」
ぱんぱん、と激励するように腕を叩いて部屋を出た。
next.
本当は洞窟に行くまでそうどうなるのか忘れてて、ナルを止める為にぶちかますという手もありましたが、BL脳は封印しました。
麻衣さんのテクがあれで失神というよりは、ちゅうされてる間ナルはどうせ息止めちゃうんだろうという見解です。
Mar 2015
加筆修正 Aug 2018