I am.


.i am 38

綾子の護符を全員に持たせているので、多分またおこぶ様が霊を呼び戻して家族につけることはないと思う。奇襲がないか確約できないけど。
ドキドキしつつ様子を見て、夜遅くになってもに特に何も起こらなかったことに安堵する。俺たちが祀らなければいけないことにって気づいたからかなあ。割と寛大じゃないか。
それから、普通にナルとは顔を合わせたけど結局話題を戻すことはなかった。一晩経てば少しは腹の虫もおさまるだろうとから、俺もあえて声はかけなかった。

次の日の朝早くに目を覚まし、皆が起きる前に身支度を整えてベースに顔を出したらナルが居た。今まで金縛りとはいえ眠らされていたから、夜番でもしていたんだろう。本当は眠ってリラックスしてイライラを鎮めてほしかったけど。
「おはよう」
「ああ」
書類から顔を上げない所はナルらしい。
「おはようございます」
「あ、おはようリンさん」
まだベースの襖のところに居た俺のすぐ後ろにリンさんが居て、挨拶をしてきた。最近ようやく人前でも口を開くようになったって感じがする。まあ今のは俺にいきなり退けと言えないから挨拶をしたのかもしんないけど。
「夜、なんか反応あった?」
「ない」
モニタの方をちらりとみながら、ナルは俺の問いかけに答えた。
わーよかった。早くおこぶ様を祀ってほしい。そうしないと心配で俺の胃に穴があく。
「今日はどうする?」
「僕はこの件の様相を報告に行く。麻衣たちは撤収を」
「はーい」
ナルの背中にのんびり敬礼をしてから、リンさんにちょいちょいと手招きをすると素直に寄って来た。内緒話のポーズをしたら少し屈んでくれたので、懐かない動物を手懐けたような気分になりつつ顔を寄せる。
「腹の虫おさまったの?」
「ええ」
リンさんは小さい声で答えて、ちょっと微笑しながら頷いた。
その時、こしょこしょと話している音が聞こえたのかナルが振り向いてしまって、仕事しろオーラを出しながら冷たいまなざしを向けて来たので、俺とリンさんは素知らぬ顔で離れて片付けの準備をすすめた。

ぼーさんや綾子たちは起きてご飯を食べてベースに戻ったらナルの姿がすっかりないのできょとんとしていた。あと俺がいそいそと片付けをしていたからってのもあるだろう。
「ナル坊は?」
「報告ー」
「はぇ?除霊すんじゃなかったのかにゃー」
ぼーさんがこてんと首を傾げた。可愛くはない。
「昨日あれだけ煽ったからしないにゃー」
同じ方向に首を傾けて答えると、ぼーさんは顔の位置を戻した。俺もすぐに戻した。
「出来る出来ないはともかく、そぉんなにちゅーして欲しいのぉ~~~?っていわれるのが嫌だったんだろうね……」
「ああ……たしかにな。っつかなんつう脅し文句だよそりゃ」
腕を組んで遠い目をすると、ぼーさんもまねっこして腕を組んだ。

撤収準備を終えた頃にはお昼が近くなっていたので、吉見家の人達が折角だからともてなしてくれた。
最初に来た時の静かな食卓とは違って、賑やかな昼食だった。
あー帰りも車で時間かかるんだろうなあ。
お昼ご飯食べ過ぎてはいないから大丈夫かな、酔い止めなんか持ってないし心配だなあ。定員ぎりぎりまで乗ったら俺が後ろで寝転がれないじゃんこれ。真砂子をナル達の車に乗せて、ジョンを助手席にのせて、後ろを俺と綾子にしたら、足くらい伸ばさせてくれるかな。もしくは膝枕。
うだうだ考えてる最中に「麻衣」と呼びかけられて振り向く。その涼やかかつ低音な声はナルだ。
「こっちに乗れ」
え、やだあ。
ナルとリンさんと無言の環境でしょ。いや、事務所も無言が多いから耐えられないってこたぁないけど、狭い車内か……。調査の時三人でギュっと乗ることあるけど、これはすごい……長時間……。
思い切りえ~って顔をしてるんだけど、ナルは意見を変えようとしない。何かお話でもあるんだろーか。真砂子すまん。
背中を丸めてとぼとぼリンさんの方の車に乗りこんだ。
機材がどっちゃり乗ってるからほんと圧迫感もすごいんだよな。
ああでも、辛くなったら後ろで機材の隙間に転がれるかな。ナルに怒られそうな予感もするけど。

車が発進しても別に会話はなくて、えええなんで俺この車乗ったんだろうって思いながら外の風景を眺め続けた。時々ナルとリンさんが軽いやり取りをしてたりするけど、俺に関係ない話が多くて、俺は空気になる術を学ばされている。くっ、ぼーさんの車の方が絶対煩いけど楽しかっただろうなあ!

どのくらい時間が経ったかはわからないけど、急に前方からクラクションが聞こえてきた。ぼーさんの車が若干よろよろ走っているように見える。
「あぶないなあ……綾子が車内で暴れてるのかな」
「ありえるな」
「……進行方向が違いますが」
「あーあー」
俺がため息を吐いてる横でリンさんが標識を確認してから呟いた。ナルが「近道にでもなるのか?」と首を傾げていて、絶対違うだろうけど言わないでおいた。
リンさんが失礼にならない程度のクラクションを鳴らしてみたけど、車は走り続け、日本の土地にさほど詳しい訳じゃないナルとリンさんは一応ついていって見ることにしたようだ。
しかしどんどん道が逸れて行ったので、さすがにリンさんもナルも気づいたらしく、二人揃ってため息を吐いていた。
「ねえねえ、車が停まった所で降りていい?」
二人の間に顔を出して尋ねれば、意味がわからないらしくナルが首を傾げてる。
「そこでおいて、先に東京帰っててよ」
リンさんもえっと言いながら目線を一瞬だけ寄越した。
「どういうことだ?」
「用事があんの」
「用事?」
「そー。もしかして家に帰るまでが遠足ですみたいな感じで、途中解散は駄目?」
「は?」
ああ……通じないネタだった。
「まあとにかくひと仕事してから帰るんで、その辺で降ります。ぼーさんたちも、一回車停まるでしょ」
とうとう山道にまで入ってしまったぼーさん達の車を俺たちは追っていた。ぼーさんたちにも言い訳しないとな。
俺が途中下車をするのはもちろん、小学校に行く為だ。本当は行きたくはないけど、解決しないといけないという義務はある。ついでにこれは麻衣ちゃんの仕事で、他の皆は来なくても良いくらいに思ってる。
勿論、幽霊に一人で会いにいきたくないけどさ。
まてよ、そもそも、麻衣ちゃんはできたけど、俺って浄化できるのかな。
わー……俺の人生が此処で終わるかもしれん。
「仕事?」
更に首を傾げたナルをよそに、俺は腕をさすりながら「うん、そう、説得を……」と生返事をしてから気づいた。説得っていわなくてよかった。口すべった。
「ナンデモナイ、親戚の子供達が居るから遊びに行くんだったんだあ」
「お前に親戚はいないだろう……ちゃんと話せ」
あはは、俺ってばドジっこさん、とこめかみをこっつんこしたんだけど、ナルはそういう俺のリアクションにいちいち騙されてはくれない。
「……本当はこの後ジーンを見つけるんだ」
諦めて座席に凭れかかりながら口を開いた。
俺が説得さえできれば、大したことのない事件だし、ナルの暇つぶしの調査だ。ちゃんと話してしまえば、ナルも行かせてくれるかもしれない。そもそも麻衣ちゃんに説得してみろって言ったのはナルだもんね。
「ジーンを探してる時に依頼がきて、暇だったから受けた調査がある」
「麻衣だけで行く意味がわからない」
「事足りる、はずだからだよ」
これは嘘のような、本当のような……。
前方のぼーさんたちがようやく我に返ったらしく、話しの途中で車が停まった。ナルはリンさんをぼーさんたちの方へ行かせて、俺には話を続けさせた。
「危険だ、一人でいくなんて」
ナルの言葉はもっともだ。でも、これはやらなきゃいけないことだと俺は思う。
危険は重々承知だし、怖いさ。でもきっとなんとかなるし、なるように頑張るつもりでいる。
一人で行くのは手っ取り早いっていうのもあるし、皆まで巻き添えにしたくないっていうのが本音だ。失敗したら出て来られないんだから。
「だいじょーぶ、なんとかなるさ」
ナルの言葉には笑ってみせた。きっと、多分、大丈夫。
ヴラドに予定外に襲われたけど俺生きてたし。ジーンもアドバイスくれるかもしれない。
「ナル、再出発しますが……」
ナルの説得に成功したわけじゃないけど、なんとか押し切ろうとしたところでリンさんが戻って来た。
タイミングが良いのやら悪いのやら。リンさんは俺のことをちらっと見て、ナルに指示をあおいでいる。
「秋に……たしか阿川さん、って若い女の人が来る。家を見てあげてね」
最低限の荷物を持ってドアに手を掛けて、ナルに頼んだ。
秋の件以降は知らないし、果たす義務もないだろう。
まるで俺が戻って来られないかもみたいな言い方をしてしまったけど、俺は現実の未来が見える訳じゃないんだからしょうがない。
「一人で行くな」
「でも、これは依頼じゃないから……」
「そんなところに素人を一人で行かせる程、僕は薄情じゃないが?」
「う、うーん」
「力づくで東京に連れて帰っても良いんだぞ、麻衣」
げ、なんか俺と同じこと言ってる。
つまり俺は人のこといえないっていう訳で。
力づくなんて、俺はリンさんどころかナルにだって力負けしそうだ。
「谷山さん、私も一人ではおすすめしません。貴方は退魔法しかできないはずです。万が一のことがあったらどうするんですか」
「うー……でもさ、皆にまで来られたら説得どころじゃないっていうか、胃に穴が開くっていうか」
「僕とリンだけで良いだろう」
「皆が素直に帰るかな」
「麻衣が車に酔ったから、休んでから遅れて帰ると言えば?」
「頭良いなあお前」
いつもぶっきらぼうで言葉足らずだったけど、嘘は上手いらしい。


next.

次の章にまで流れ込みました。
リンさんと、ナルについて内緒話させたい。(あいつ、機嫌わるくね?)(朝からそうでしたよ……)とか
Mar 2015
加筆修正 Aug 2018

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