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ぼーさんたちはちょっと心配そうにして一言二言声をかけ、水を与え、おまけに頭まで撫でて帰って行った。犬かな?あっけなかったなと思ったけど、オフィスを閉鎖するって言ったわけでもないし、時間をおいてから帰るだけだから当たり前か。
「そもそも、自力でトランスに入れるのか?」
「いやあ、ジーンが手伝ってくれると踏んでた、勝手に」
ジーンには甘える気満々だったので、深く考えてなかったやーと思って頭を掻いて笑うと、ナルは呆れたようにため息を吐いた。いーの!あの人もはや俺のお助けキャラだから。
あでも、ジーンってナルが近くにいないと会えないのかな。あぶなかった。
霊が活性化するであろう夜を待って、学校の校庭に車を停めた。
中に入るのは危険だから、遠いけれど車内で暗示をかけてくれるらしい。まあ、子供達は人を求めてるので、入れそうな気はする。
「準備はいいか」
「ん?うん」
神妙な顔つきをしたナルに問われて頷く。いや、いつもこんな顔してたな、こいつ。
暗示をかけられているときに、何を言われているのかはあんまり認識できてない。いや、目を瞑れとか息を吸ってとかそんな感じだったけど、考えることなく勝手に従っていく。それから徐々に、眠りに落ちるのとは違う、意識が遠のく気配がする。
ふっと何かが抜けるような気分がしたときに意識はクリアになった。本当は意識を失ったんだろう。
俺はいつの間にか車の外に出ていた。窓ガラスから中をのぞいても何も見えない。
まあいいや、行ってきます。
校舎の方を見ると、玄関のところにジーンが立っていた。あらら、やっぱりお助けキャラだわこの人。
駆け寄ると手を差し伸べてくるので、自然に俺も手を伸ばす。
ジーンがドアを開けてくれて、中に入ると背後でドアが閉まった。ひええ、怖い。
俺が振り向いてドアの様子を見ていると、ジーンは「大丈夫だよ」と小さく笑って手を引いた。頼もしい奴め。
「ねえ、いつもどんな風にやってんの?」
少し手に力を込めると、ジーンは先にやっていた視線を俺に戻す。
考えるように「そうだな……」と呟いてから俺に、トランス状態になる方法から教えた。ナルが暗示をかけてくれるかジーンが引っ張り出してくれないと出来ないから、教えてくれるのは良い、けど……、俺、今後自分からやるつもりは無いよ?浄霊なんてこれっきりだよ?
「霊は、どうやったら昇っていける?」
目覚め方まで教えてもらったところで、本題にうつる。
ジーン先生の浄霊講習をちょっと受けただけで俺が説得に成功する気はしないんだけどな……。
とにかく始まってしまったもんはしょうがない。男、谷山、腹を括ります。
「光を、ふきこんであげること」
「光?」
ふーってするの?俺の吐息から光はでませんけど。
そのまんま受け取った俺は思いっきり勘違いして首を傾げた。うん、もちろんちがかったですね。
「この世にあった喜びは、二度と手に入らない」
ジーンの落ち着いた声がそう締めくくったとき、ちょっと悲しくなった。
それはお前もだろって。
俺は死んだときのことを覚えてなかったけど、こうして生まれ直したことや、前に生きていたときの記憶を持ってるから多分死んだんだと思ってる。
つまり、この世にあった喜びを二度も手にしている。悪いな、とは思わない。そもそも覚えてない時点で死の実感はあまりないんだ。まあ、二度と会えない人はいるんだけど。
「彼らを救う為に必要なことは、プラスの気持ちをふきこんであげることだ」
「えー……どうやるの……」
「まず第一に、麻衣自身が光になることだな」
ん、んん?それが難しいんだって。麻衣ちゃんは皆の光だけどもね、俺は普通の人なの。麻衣ちゃんほどのまっすぐさはないよ……。
「むずかしいな」
「少しもむずかしくない」
出来る人は皆そういうんだ!ねっ簡単でしょって。
俺はむっとしつつジーンを見る。
「凄く素直に優しい気分やあたたかく思ったときのことを、思い出せば良いんだ。そう言う気分になれない人もいるけど、麻衣は違う───だろう?」
「そーかなぁ……」
唇を尖らせると、ジーンは「そうだよ」って笑った。ありがとうございます。
まあ、今までなんとかなる精神でやってきたしな。
俺は尻込みするタイプなので、やる前にうーうー言うんだ。
「ぜったいにできる」
「……ありがと」
ぽん、と背中を押されたと思ったら、ジーンの姿は消えていて、校舎の中に一人で居た。
俺は麻衣ちゃん。この世で一番のヒロイン。
大丈夫、大丈夫、今までもそうやってやってきた。
とんとん、と自分の胸を叩いて、呼吸する。
誰も、俺に無理だって言わなかった。これって結構凄いことだよね。
ナルもリンさんも、少しでも危険なら行かせてくれないはずだ。
ジーンだって、出来ない人に出来るって言わない。
「うし」
俺は本当は麻衣ちゃんじゃないけど……俺のことを信じてくれた人がいるから、きっと帰って来られる。
───って、俺は思ってたけどね。
事故現場にまず連れて行かれるとか予想外です、気分も身体も重いです、こんにちは。
……あったかい気持ちに、なれるとでも?
子供達が泣いて、先生、と呼ぶ声が聞こえる。これは、バスの事故だ。うひぇ……。
「マリコ、ツグミ、タカト、アイ……みんな大丈夫か?」
桐島先生の声が聞こえた。
それから「たすけて」とか「いたいよう」とか、「こわいよう」とか。
「───帰ろうな、学校に帰って、手当して、そしたらなんにも心配することないからな」
「先生!!」
子供達と桐島先生が暗闇の方へ行こうとしてたから思わず引き止めた。
───”先生!”
「ま、って」
あれ?今、違う人の声が聞こえた。
そんなことを考えてる間に桐島先生が振り向いて、俺に手を伸ばしている。
呼びかけたきり俺はきょとんとしてしまった。
こんな時に限って、普通、死んだ理由とか思い出すかよ。
いつの間にか薄暗い小学校の教室で、子供達の前に立たされて紹介されてるのに、俺は頭の中で急激に自分の最期を理解してしまった。
今までは、前の俺の家族とか、友人とか、思い出そうと思えば思い出せた。まああんまり機会がなかったし、思い出しても良いことないなって思ったから、色々考えないようにしてた。だから俺は自分が教師だったことをたった今まで忘れていた。
いつも早起きして学校に行って、校門前に立って生徒に挨拶してて、車が突っ込んで来るのが見えて、生徒も居たから、反射的に傍に居た生徒を庇う。そのまま、俺は突っ込んで来た車に撥ねられたんだ。
幸いにも痛みまで思い出さなくてすんだけど、頭にこびりつくような、悲痛な声はしっかり思い出しちゃった……最悪───。
「先生は、何を教えてくれるの?」
「え?」
小さい子供が俺を見上げていた。
そうだ、俺は桐島先生に、新しい先生だって紹介されてたんだ。
いつから小学校の先生になったんだろうなと思いつつ、「算数かなー」なんてのんきに答える。
俺、また先生やれるんだ。
嬉しいなあ、俺、小学校の算数は教えたことないけど、皆が喜んでくれるから、頑張ろう。この学校で、また、やりなおそう。
へらっと笑って、「よろしくー」なんて言ってる脳裏で、ジーンの声が響いた。
”───麻衣、戻れ!”
next.
冒頭のぼーさんたちのあれが、まるで犬に接するみたいになったのは偶然なんです。 前世は学校の先生でした。
Mar 2015
加筆修正 Aug 2018